『LOVE PUNCH』から考察する
大塚 愛のナチュラルな表現方法

『LOVE PUNCH』('04)/大塚 愛

『LOVE PUNCH』('04)/大塚 愛

2月3日、大塚 愛のリメイクアルバム『犬塚 愛 One on One Collaboration』がリリースされた。これまでデジタルシングルで発表されてきた4曲のリメイク楽曲に6曲を加えた全10曲を収録。「さくらんぼ」や「SMILY」といったヒットチューンが、さまざまなジャンルの音楽プロデューサーやトラックメーカーとのコラボレーションによって、どのようにリメイクされたのか、ファンならずとも注目の作品と言えるだろう。当コラムでは、その「さくらんぼ」が収録された彼女の1stアルバム『LOVE PUNCH』を検証する。

17年目にして海外で再評価

大塚 愛の「さくらんぼ」が韓国でヒットしているという。昨年末の時点で、TikTokでは同曲を使用した動画が35万件以上も投稿され、YouTubeでは公式の音楽ランキングで10位にチャートインしたそうだ。そうした韓国での盛り上がりを受けて、人気は東南アジア圏にも広がっているようで、“世界的ブームに発展か!?”とする報道もある。この韓国でのヒットの要因は、日本のお笑いコンビ、にゃんこスターの同曲を使用したネタが韓国でも流行ったことに端を発するとか、JYJのジュンスがカバー動画をYouTubeに上げたことで一気に広まったとか、そもそも長い間、規制されていた日本の音楽が韓国国内で開放されたのが2004年で、「さくらんぼ」がその時にヒットしていたナンバーであったことに因果関係があるとか、いろいろと分析をされているようだが、事の真偽はともかくとして、この事象に対する大塚愛本人のツイートがなかなか興味深いものであった。
[さくらんぼを発売してからちょうど17年たったとこで、「今韓国でさくらんぼが流行ってるよ!」と連日色んな人から教えていただき、감사합니다 https://vt.tiktok.com/ZSttnCA2/ AIO](大塚愛公式Twitterより)。
このツイートは2020年の12月18日に投稿されたもので、「さくらんぼ」の発売は2003年12月17日だったから、まさに“ちょうど17年”であったわけだが、韓国でのヒットが15年でも20年でもなく、17年という何とも微妙な区切りだったことが、このヒットが彼女サイドから仕掛けたようなーー最近の流行言葉で言えば“あざとい”ようなものではなかったことはうかがえる。“連日色んな人から教えていただき”なんてところもそうで、本人発信にしたところで咎められることもないだろうに、こういうツイートをしてしまうところに、大塚 愛というアーティストの人柄が出ているようにも思える。気負いのようなものがあまり感じられない人だ。それは、本稿作成にあたってアルバム『LOVE PUNCH』を聴いてみての率直な感想でもある。決してディスるとかそういうことではなく…これ以降の原稿も全てディスっているわけではないということを大前提としてほしいのだが、“がっちり作り込んでます”とか“練りに練って作りました”という印象がほとんどないのだ。それは、例えばアンプラグドでサウンドがシンプルだとかそういうことではない。デビューシングルでもあったM2「桃ノ花ビラ」では、イントロで8ビットゲーム的サウンドから始まってサビでは三線を導入して沖縄民謡を重ねている。この雑多な感じは今、他のアーティストでもなかなかお目にかかれないと思われるし、デビュー曲でこんなことをやったというのは、スタッフを含めて大塚 愛サイドは相当に意欲的だったことは想像するに難くない。ただ、それを以て “どうですかー? こんなことやってる私、すごくないですか?”みたいなところが感じられない。微塵も感じられないというと語弊があるかもしれないが、少なくとも筆者はそう感じた。良くも悪くもサラッとした印象なのである。

親しみやすくキャッチーなサビ

それはまず、大塚 愛の歌唱、ヴォーカリゼーションによるところが大きいように思う。少なくともメジャー最初期において、彼女は独自のニュアンスで歌を聴かせるようなタイプのシンガーではなかったように思う。素直と言えば素直に、生真面目と言えば生真面目に、歌パートの旋律を追っている聴こえる。M5「雨の中のメロディー」やM11「Always Together」辺りにそれを垣間見ることができるだろうか。ともにミドルテンポで、とりわけ前者はR&B風味が強い上に♪ラララ〜も多いし、リフレインも多いので、十分にフェイクやアドリブをかますことができそうだが、あんまりそうなっていない。M11「Always Together」などはわりとキーも高めなので、そうしたヴォーカリゼーションをひけらかすタイプのシンガー(と言うと言葉は悪いが…)であれば、ガンガンとフェイク、アドリブを加えてきそうな雰囲気はあると思うが、そこまで行ってない。大塚 愛がデビューする前年、2002年に年間売上のベスト3を分け合ったディーバたち(※それが誰かは各自、調べてくださることを希望します)ならば放っておかないような気はする。大塚 愛が歌が下手だからそういうことができないのかと言ったらそれは違うと思う。M5「雨の中のメロディー」ではしっかりとロングトーンを聴かせているし、そこでの歌唱も安定している。その他の楽曲においても、危なっかしい歌唱はない。自分はいつだったかの『a-nation』で彼女のライヴを拝見したことがあるが、聴くに堪えないといったものでは間違いなくなかった。その辺から察するに、おそらく(少なくとも当時の)彼女はそうしたテクニカルなヴォーカリゼーションをあえてやっていなかったのだろう。もしかすると、それは彼女自身、そこは自分の本分ではないと自覚、自認していたからかもしれない。M3「さくらんぼ」のあまりにも有名なフレーズ《もういっかい!!》はそのヒントだと思う。“歌い上げる”タイプのシンガーではなく、“語るように歌う”──いや、“話しかけるように歌う”、あるいは“喋るように歌う”というのがデビュー当時の大塚愛のスタイルだったのではないかと思う。

彼女自身が作ったメロディーラインからもそれをうかがうことができる。誤解を恐れずに言うと、歌の旋律が抑揚に乏しいというか、起伏の薄い印象が多々ある。一曲丸ごとがそうだということではなく、一曲の中に必ずそういう箇所があるのである。『LOVE PUNCH』前半のM1「pretty voice」~M4「GIRLY」はまさにそうで、M5「雨の中のメロディー」をR&B風味と前述したが、それはもしかするとM1~M4に比較してM5が全体にメロディアスなのでそう感じただけかもしれない。M1「pretty voice」はR&Rを基調としているからか、Aメロ、BメロでのヴォーカルパートがーーR&Rにはそういう側面もあるから、それを平板と呼ぶのも忍びないがーー平板ではある。M2「桃ノ花ビラ」にしてもM3「さくらんぼ」にしてもAメロ、Bメロはそうで、こちらはM1に比べれば抑揚がないというわけでないものの、緩やかにアップダウンを繰り返す感じなので、起伏に富んでいるかと言われたら、全否定はしないものの、素直に肯定はできない。M4「GIRLY」は全体にフォーキーで弾き語りでもいけそうなタイプであって、文字通り“話しかけるように歌う”スタイルではあろう。その傾向はアルバム前半に限った話ではなく、M7「石川大阪友好条約」ではラップを取り入れることで歌メロからあえて離れている印象があるし、3rdシングルにもなったM10「甘えんぼ」はピアノ弾き語り風のミドルバラードで、これもまた“語るように歌う”ことを実践している。

抑揚に乏しいだの、起伏が薄いだの、あるいは平板だのと失礼にも程があるような言い方をしてしまったが、大塚愛のナンバーがそうではないことはみなさんのほうがよくご承知ではないかと思う。言うまでもなく、彼女の作るメロディーは実にキャッチーであり、多くの人たちに届く親しみやすさを湛えている。Wikipediaを見て“あぁ、そうだよな”と気付かされたのだが、[日本の高校野球では、応援歌・チャンステーマの吹奏楽として定番曲]となっている([]はWikipediaからの引用)。2003年に発売された楽曲であって、応援される方の中には同曲がヒットしていた最中にリアルタイムで聴いた人は皆無であろうから、それでも応援歌の定番となっているのはその旋律がキャッチーである客観的な証拠であろう。冒頭で述べた「さくらんぼ」の韓国でのヒットもメロディーの強度に起因していることは容易に想像できる。そう考えると、“実にキャッチー”どころではなく、“凄まじくキャッチー”と言い換えたほうがいいかもしれない。

OKMusic編集部

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