『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』

『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』
『FINALE』(’99)/PIERROT

『FINALE』(’99)/PIERROT

1990年代後半の邦楽ロック、とりわけ所謂ヴィジュアル系シーンを牽引したバンド、PIERROT。2006年に惜しまれつつ解散し、2014年に一度復活したものの、その後、音沙汰がなかったが、突如イベントライヴ『ANDROGYNOS』への出演を発表して一気に話題をさらう辺り、流石の存在感を見せつけた格好だった。実際、今年7月に行なわれたライヴには大勢の“ピエラー”(PIERROTファンの俗称)が集い、全盛期と何ら変わりのない盛り上がりを見せたことも記憶に新しいところだ。彼らのメジャーデビュー作『FINALE』からPIERROTの音楽性を探りたいと思う。

“ピエラー”の熱狂的な支持

前週の当コラムでは、去る7月7日・8日に神奈川・横浜アリーナで開催されたイベントライヴ『ANDROGYNOS』に出演したDIR EN GREYを取り上げたので、続いては、当然このライヴで共演したPIERROTの紹介となる。まず、若干『ANDROGYNOS』の感想を──。2014年のさいたまスーパーアリーナ公演以来、約3年振りの復活となったPIERROT 。バンドのライヴパフォーマンスもさることながら、“ピエラー”たちが楽曲に合わせて繰り出すヘドバンや手振りも見事に統率が取れており、その雄姿が懐かしくも清々しく映った。そもそも彼ら、彼女らのワクワク感、ソワソワ感は開演前から半端じゃなかった。はっきりそれと分かるようなもの(例えば、開演前からメンバーの名前を大声で叫んだりするようなこと)はなかったが、身体の中にマグマを溜め込んでいるかのような、静かだが確実に熱が胎動している感じ。会話の内容に変なところはないのだが、口数が多く、少しばかり早口になっていたり、相槌が多くなっている様子…といったら少しはその雰囲気を分かってもらえるだろうか。自身では気付かないが、確実に気持ちが高ぶっている様子。少なくとも自分の周囲の観客にはそんな傾向が見られたし、おそらく場内のあちらこちらで見られた光景に違いない。“みんな、PIERROTが好きで、復活を待ってたんだなぁ”との思いを新たにする空気感であった。
しかし、どうしてそんなにPIERROTは愛されているのであろうか? 詮なきことは承知しているが、この日のライヴを拝見してそんな思いも頭をもたげてきた。こればかりは実際の様子を観ていただけないと分かってもらえないとは思うが、PIERROTとピエラーとの関係はかなり濃密な印象がある。そりゃあ、どんなバンド、アーティストにも熱狂的なファンはいるものだから、正確に言えば、傍から観ると熱心なファンの割合が高い感じと言えばいいだろうか。筆者の実体験としては、以前、自分が書いたキリト(Vo)のインタビュー記事に対して随分と熱心なお便りをいただいたことがある。もう20年近く前のことだから細かい部分はさすがに忘れたが、PIERROTの魅力を記事に則して解説したような内容で、詳細に読み込んでもらったことに恐縮すると同時に、PIERROTに対する深い愛情を感じたものだ。語弊があったとしたら先に謝っておくが、母親が息子を見守る感じというか、年下の彼氏を可愛がる感じというか、他ではあまりお目にかかれない独特の関係性がそこにはあるような気もする。横アリでのライヴを観て、しばらく忘れていたそんな気持ちも浮上してきた。…と、そんな心持ちで、本稿作成のため、PIERROTのメジャーデビューアルバム『FINALE』を聴き始めたのだが、“あぁ、この内容なら、確かに熱狂もするだろうなぁ”と妙に納得させられたので、以下、その辺から作品解説をしていこうと思う。

歌詞が描く情緒的かつ劇的な世界

結論から述べるが、キリトの書く歌詞はとにかくロマンチックである。これはPIERROTが熱狂的な支持を受ける大きな要因であろうと思う。メジャー第1作で“FINALE”=“最後”と名付けるパラドキシカルな姿勢も興味深いが、そのオープニングであるタイトルチューンにこんな歌詞がある。
《君に捧げる次の舞台の物語を描こうか/二人に似せた「アダムとイヴ」をまず海に沈めてみよう》(M1「FINALE」)。
新次元を標榜しつつ、しっかりと性愛を提示。純愛ものの基本であり、いつの時代にもある普遍的な話である。洒落た言い回しだが、ピュアでアグレッシブなラブソング。少なくとも女性たちから多くの支持を集めたのは当然だったと思える内容だ。以下、気になった歌詞を列挙してみる。
《幾億の時を重ねて 無限に募る想い寄せて/絶え間なく変り続ける景色で 眠る君に会えるまで》(M2「ハルカ…」)。
《凍り付く風にふかれ震えてる 君の待つ彼方へたどり着けたら/あの時のふたりがただ信じていた/迷いのない未来がもう一度見えるのだろうか》(M4「カナタヘ…」)。
《モニター越しに出逢った君は/千年前より何倍も綺麗さ/少しは僕もあの時代より/いくらか出来ることが増えているよ》(M6「MAGNET HOLIC」)。
《監視された 箱庭の楽園で笑っていよう 出口の鍵が見つかるまで…》《隔離された 箱庭の楽園で愛し合おう次の答えが見えるまで…》(M7「MAD SKY -鋼鉄の救世主-」)。
《だからせめて貴方だけには残したい/日に焼きつくされて消えてしまう前に/だからせめて貴方だけには話したい/これでもまだ許されない僕の罪をどうか…》(M9「ICAROSS」)。
《叶うはずのない二人の願いは 夕闇の奥へと滲んでいく/君に伝えたかった僕の想いは 舞い上がる砂嵐に掻き消され》(M10「ラストレター」)。
《壊れていくこの世界で 迷わず待っていて/あの日決めた 約束のあの丘で/降り注ぐ灰の雨に打たれて抱き合って/そう 濡れたまま寄り添いながら眠ろう》(M11「クリア・スカイ」)。
《明日も何も変わらずに歩いてゆくだけだったとしても/僕は母なる海の底へとは戻りはしないよ君がまだ来ないから/腕に突き刺さる風を受けて生き延びていくよ/このホシが朽ち果てるまで》(M12「CHILD」)。
気になった歌詞…と言いながら、ほぼ大半の収録曲を上げてしまったが、いかがだろうか? SF的であったり、退廃的だったりするが、これまた語弊があれば謝るが、それゆえにどこか少女漫画的というか、想像力を掻き立てられるドラマチックさがあり、その世界に身を委ねたくなるような内容ばかりである。ロマンチックかつドラマチック。好きな人にはたまらないウケる要素満載──いや、ウケる要素だらけなのだ。また、この歌詞が乗るメロディラインは、マイナー調のものも少なくないが、ほとんどがキャッチーであり、音符に言葉を詰め込んでいることもないので、かなり聴きやすい。耳にすんなり飛び込んでくるので、さらに世界観を掴みやすくしているのだとも思う。

スタンダードなロックへの憧憬

一方、そのサウンドは…と言うと、これもなかなか興味深い。これまた結論から述べると、PIERROTサウンドはパッと聴きスタンダードなロックのそれではないが、かと言って前衛的すぎず、アバンギャルドでもあるものの、しっかりロックのスタンダードにも寄り添っているという、絶妙なバランス感覚がある。M6「MAGNET HOLIC」がもっとも分かりやすいと思う。キャッチーなギターリフから始まる、展開は明らかにパンクっぽいのだが、リズムアレンジがパンクではない。所謂8ビートにしても何ら違和感がないというか、むしろそうする方が自然な感じなのに、そうなっていない。よくよく聴けばギターサウンドはかなりドライな印象で、あえて普通のパンクにしていないことが分かる。この辺はメジャーデビューシングルでもあるM11「クリア・スカイ」でも垣間見ることができるので、バンドとしての矜持の発露でもあったようだ。
他にもある。これもかなり意識的にやっていると思うが、サイケデリックロックの取り込みだ。M9「ICAROSS」でのシタール、M10「ラストレター」での逆回転とストリングスの他、M2「ハルカ…」やM12「CHILD」でも確認できるサイケ要素だが、個人的にはM5「ECO=System」に注目した。比較的淡々とした歌メロとリズム、重くて存在感はあるものの、意外とシンプルなギターと相俟って、60年代のサイケとは完全に異なるが、独特なアシッド感を創り上げている。また、M1「FINALE」のブラス風アレンジ、M4「カナタヘ…」でのR&Rテイストなど、この他にもスタンダードなロックへの憧憬は感じられるところである。
当人たちの好むと好まざるとにおいて、その外見から所謂“ビジュアル系”にカテゴライズされてきたPIERROT。その“ビジュアル系”とは《特定の音楽ジャンルではなく、化粧やファッション等の視覚表現により世界観や様式美を構築するものである》(《》はウィキペディアから抜粋)とあるように、今も音楽面が強調されることは少ないように思うが、PIERROTのサウンドにはロックの基本が確実にあり、しかもそれを懐古的ではなく、新しい次元に導こうとするスタンスがある。この姿勢が意識的であったことは冒頭に述べた歌詞の分析からしても間違いないだろう。歌詞が新次元を標榜しつつ、しっかりと性愛を提示したものであったと同様に、そのサウンドにもベーシックなだけに止まらない前向きさがある。そう考えると、道化者と名乗ってはいるが、PIERROTは“セックス、ドラッグ、ロックンロール”を90年代の日本で忠実に再現しようとした、ロックの殉教者ではなかったかという気もしてくる。PIERROTの再復活はないともあるとも言えないようだが、こんなバンドが活動しないのはどこかもったいない気はする。できれば復活して、新しい音源の制作を期待したいところである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『FINALE』1999年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.FINALE
    • 2.ハルカ…
    • 3.CREATIVE MASTER
    • 4.カナタヘ…
    • 5.ECO=System
    • 6.MAGNET HOLIC
    • 7.MAD SKY -鋼鉄の救世主-
    • 8.SACRED
    • 9.ICAROSS
    • 10.ラストレター
    • 11.クリア・スカイ (Album Version)
    • 12.CHILD
    • 13.Newborn Baby
『FINALE』(’99)/PIERROT

OKMusic編集部

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