五輪真弓のデビュー作
『少女』に今更ながら驚愕
さらに評価されて然るべき
邦楽アルバムのひとつ
「恋人よ」も素晴らしい楽曲だが…
「さよならだけは言わないで」はそうでもないけれど、「恋人よ」は子供ながらに地味であることを実感していた。歌詞もさることながら、その主旋律には、当時はそこまで明確に分かっていたわけではなかっただろうけど、どこか怖さを感じていたようにも思う。特にピアノのイントロ。『葬送行進曲』に似た匂いがする。それを嗅ぎ取っていたのだろう。のちに「恋人よ」の歌詞は彼女が葬儀に出席したことをきっかけで生まれたものであると聞いて、自身の察知能力はそう間違いではなかったことを知るのだが、仮に当時、中学生の筆者がそのモチーフを聞いたとして、「恋人よ」を積極的に聴く動機付けにはならなかったこともまた間違いなかっただろう。それはそれで仕方がなかったのだ。
あと、「恋人よ」に関して言えば、その後に美空ひばりや淡谷のり子がカバーして、彼女たちの持ち歌になってしまったことも、少なからず五輪真弓に興味を持てなくなった要因であったと思う。あの辺から五輪真弓は演歌寄りの歌謡曲のシンガーという勝手なレッテルを貼っていた。日本の音楽シーンのメインストリームに、フォークもロックも綯い交ぜになったニューミュージックというカテゴリーが席巻し出した頃。子供ながらにもそれを感じていて、子供は子供らしく、“もう歌謡曲でもないし、ましてや演歌ではない”と足りない脳みそで考えていたのだろう。演歌、歌謡曲はオワコンと思っていたわけだ。勝手な話だ。
聞けば、「恋人よ」以降、[歌謡曲ファンを取り込むことになった反面、それまでのファンは抵抗を感じた向きもある]そうだから、筆者のような子供以外にも否定派は存在したらしい([]はWikipediaからの引用)。そうであるのなら、(これは今さら言っても栓なきことではあるのだが)あえて言わせてほしい。“「恋人よ」以前の作品を聴かずして五輪真弓を語るなかれ”と努めて諫めようとしたファンはいなかったのだろうか。そういう声があれば、子供は子供なりに何か考える余地はあったように思う。引き続き勝手な話であることは承知。昔、諸先輩から“ユーミンで聴く価値があるのは荒井由実まで”とか、“『Let's Dance』以降のDavid BowieはBowieじゃない”という言説を耳にすることがあった。それらは何ら根拠のない懐古趣味であって今も老害以外の何ものでもないことだと思うが、反面、その偏見はともかくとして、歴史の連続性を蔑ろにしてはならないという教訓めいたものは受け取ることができたような気がする。その意味では、当時、生粋の五輪真弓ファンはもっと「恋人よ」を糾弾すべきだったと思う。その声が大きければ、子供の頃の筆者が「恋人よ」を演歌のフォルダに入れっ放しにしてしまうこともなく、ここまで『少女』を聴かないで過ごすこともなかったはずだ(ホント勝手な話だな…すみません。半分冗談です)。