『I.B.W.』は過渡期の日本ロックシー
ンを支えた、爆風スランプの懐の深さ
を感じさせる佳作

“暑さ寒さも彼岸まで”とはよく言ったもので、秋分の頃になると夏の暑さも随分と和らぎ、連日ジリジリと照り付けてきた太陽光の厳しさもすっかり思い出せないほど。しかし、“身体の傷は癒えても、心に刻まれた傷は消せない”とも言う通り(そんな慣用句はないよ、念のため)、夏に哀しい体験があったり、辛い思い出があったりすると、彼岸を迎えて日焼けの痕は消えたとしても、心の平穏は訪れない。爆風スランプが1989年に発表したシングル「リゾ・ラバ -Resort Lovers-」は、そんな愛憎入り混じった少年の感情を綴ったバンドを代表する楽曲のひとつであり、おそらく邦楽ロックでは唯一無二の世界観を持つナンバーであろう。無論、爆風スランプが邦楽シーンに及ぼした影響は数あれど、個人的には、人気絶頂期にこんな恨み節全開の歌詞を仕掛けてきた事実だけでもこのバンドの歴史的意義を見出したいほどだ。というわけで、数ある彼らのアルバムの中から「リゾ・ラバ -Resort Lovers-」が収録された『I.B.W -IT'S A BEAUTIFUL WOLRD』を取り上げる。

しぶとくヒット曲を出し続けたバンド

1984年にメジャーデビューした爆風スランプ(以下、爆風)は、まだまだ世間一般にロックバンドが認知されていたとは言い難かった80年代半ば、邦楽ロックを底上げしたバンドのひとつである。80年代邦楽ロックの立役者としては、まずBOØWY、レベッカの名前が挙がるだろうが、爆風もその両巨頭に何ら劣ることのない実績を誇る。そりゃあセールス面ではその双璧に及ばないかもしれないが、彼らの代表曲のひとつ「Runner」(88年10月発売)は、今もなお高校野球の応援歌として使われることがある。発売から30年近く経ち、彼らをリアルタイムで体験していない世代も「Runner」に親しんでいるというのは、爆風が残したものが確かだった何よりの証拠。数字には表れない偉業と言ってよい。また、俗に言うビジュアル系バンドが台頭してきた90年代の第三次バンドブーム時に、シングル「旅人よ 〜The Longest Journey」をヒットさせたことも忘れてはならない。同曲は、当時、大人気だったバラエティー番組『進め!電波少年』内の企画“猿岩石ユーラシア大陸横断ヒッチハイク”の応援歌というタイアップであったとはいえ(註:猿岩石は有吉弘行がやっていたお笑いコンビ)、80年代の第二次バンドブームを彩った同期のバンドたちがほぼ解散したあとに、再びヒット曲を送り出したというのはバンドのポテンシャルがあってこそ、であろう。さらに付け加えるならば、「Runner」と「旅人よ 〜The Longest Journey」との間、92年には彼ら最大の売上を記録したシングル「涙2 (LOVEヴァージョン)」を発表している。こうして歴史を振り返ると、改めて爆風はしぶといバンドであったことが分かる。この粘り強い活動歴は彼ららしい。

コミックバンド的見方をされた初期

そんな爆風のデビュー時を振り返ると、邦楽ロックシーンそのものが過渡期であったことをしみじみと感じさせる。当時のシーンには多様性がなかったのか、寛容性がなかったのか、あるいはどっちもなかったのか分からないが、爆風は概ねコミックバンドといった見方をされていた。渋谷陽一氏が自身のラジオ番組『サウンドストリート』にて爆風を推していたが、そのこと自体を指して「渋谷陽一が推すバンドは売れた例がない」と揶揄されていたような記憶もあり(筆者の思い違いだったら御免)、バンドとしては捉えどころのない存在ではあったと思う。当時のプロデビューの登竜門的なコンテスト『EastWest』で最優秀グランプリを受賞した爆風銃(バップガン)のリズム隊、ファンキー末吉(Dr)と江川ほーじん(Ba)(註:江川は後に爆風スランプを脱退)という強力なリズム隊を有していたバンドであり、その演奏力は多くの人が認めるところだったが、その歌詞が良くも悪くも80年代には突飛過ぎたのかもしれない。デビューシングル「週刊東京『少女A』」の歌詞はこうだ。
《なんだ坂 こんだ坂 表参道/東京 東京 東京タワー/東京 東京 空はないけど/東京名物 雷 おこしは うまい~!》。
サビはキャッチーで親しみやすいし、歌詞全体としては東京至上主義を皮肉ったような内容であって、ロックらしいナンバーなのだが、如何せん《東京名物 雷 おこしは うまい~!》はインパクトが強すぎたのだろう。3rdシングル「無理だ!決定盤(YOU CAN NOT DO THAT)」も強烈だった。メロディーはポップながら、3ピースのアンサンブルがスリリングで、今聴いてもバンドサウンドはカッコ良いのだが、歌詞は以下の通り。
《うでたて うでたて/無理だワニのうでたて伏せ》《ふっきん ふっきん/無理だ カメのふっきん》《けんすい けんすい/無理だ キリンのけんすい》《滝昇り 滝昇り/無理だ クジラの滝昇り》。
まぁ、こうして字面だけ見ると、コミックバンドと見られるのもやむなしといった感じではある。しかも、ライブではサンプラザ中野(Vo、現:サンプラザ中野くん)を始めとするメンバーが着ぐるみを着たり、客席に向けて消火器を放射したり、火の付いた花火を口にくわえたり、結構過激なパフォーマンスをしていたのだから、そう考えると爆風に対する当時の世評も仕方がなかったような気もしてきた。ゴールデンボンバーがエアバンドとはいえ、バンドとして認められている現在からすると、まさに隔世の感だが──。
だが──話を戻すと、爆風はもちろんコミックバンドではなかった。85年に発表された2ndアルバム『しあわせ』に、後にシングル作品にもなり、NHK紅白歌合戦でも演奏された彼らの代表曲「大きな玉ねぎの下で」が収録されているのがそれを証明していると思う。逆に言えば、この楽曲が正当に評価されるまで4年間の歳月を要したわけで、時代が早すぎたと言えばそこまでだが、爆風にとっては不遇と言えなくもない時代であったようにも思う。ただ、それでも85年に日本武道館で初ライヴを行なっているのだから(「大きな玉ねぎの下で」はこのライヴ用に設えたと言われている)、分かる人にはわかるロックシーンではあったのだろう。まさに過渡期だったと言える。

ブラスアレンジも絶妙なアルバム

さて、そんな爆風のアルバムから1作品を選ぶとすると、1st『よい』や2nd『しあわせ』を推す人、あるいは「Runner」を収録した5th『HIGH LANDER』(88年)を推す人がいると思うが、個人的には6th『I.B.W.』を推したい。この作品、伝説的ブラスロックバンド、スペクトラムの中心メンバーだった新田一郎氏をプロデューサーに迎えたこともあってか、全体にブラスアレンジ、ストリングスアレンジが絶妙なのだ。あくまでも個人の見解だが、サウンドメイキングの妙の一点突破で『I.B.W.』に軍配を挙げたい。M7「女なんかなんだ」、M8「KASHIWAマイ・ラブ〜ユーミンを聞きながら〜」のソウルフルなサウンドは誰もが耳を惹かれるところだろうし、M5「完敗」のサビに重なるホーンのキレの良さ、間奏の「マジカル・ミステリー・ツアー」オマージュも素敵である。M1「泳ぐ人のバラード」、さらにはリアレンジされたM11「大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い」で聴かせるストリングスの重厚さからすると、サイケデリックロックへのリスペクトもあったようだ。随所随所で響く80年代的なシンセサウンドは今となってはいなたさを感じざるを得ないが(それもご愛嬌だが)、M2「I.B.W.-It's a beautiful world-」とM4「満月電車」というタイプの異なる楽曲においても、それぞれに十分なニュアンスを加えているパッパラー河合(Gu)のギターも流石と言える。また、本作からバンドに新加入したバーベQ和佐田(Ba)も随所でファンキーなプレイを聴かせてくれる。全11曲、聴き応えは十二分にある。
お笑い系が多かった歌詞は『HIGH LANDER』辺りからその比率が変化しており、『I.B.W.』ではちょうどいい塩梅になっていたと思うし、同時に全体的にいい意味で分かりやすくなっているのも本作収録曲の歌詞の特徴だろう。《隣の国の若い奴等/戦車に引きづられてた》《たいまつを掲げた女神が/お前に勇気くれたろ》と天安門事件の他、密猟や放射能汚染、地球温暖化を歌ったM2「I.B.W.-It's a beautiful world-」はストレートだし、M3「45歳の地図」では中年の悲哀を見事に描いている。その上、爆風の真骨頂と言える童貞感もM5「完敗」やM7「女なんかなんだ」、M9「リゾ・ラバ -Resort Lovers-」でしっかりと表現。白眉はM4「満月電車」、M8「KASHIWAマイ・ラブ〜ユーミンを聞きながら〜」、M10「それから」辺りの叙情性だろうか。タイトル通り、ユーミンへのオマージュから作られたというM8では、《すこしずつ すこしずつ/あなたを好きになる/春には 故郷に/帰る人なのに》とシチュエーションと心情を重ね合わせ、愛おしさと寂しさを描写。《予告どおりに別れの日はぼくらの上にやって来て/街を出ていく君と ここに残る僕とをほどいた》《十年も二十年も君のことを思うだろう/人混みにゆられながら何をだいていくのだろう》と綴られるM10は、その余韻が実に味わい深い。M6「シンデレラちからいっぱい憂さ晴らしの歌 今夜はパーティー」と同じ人が作詞したとは思えないが、このバランス感覚こそがサンプラザ中野なのだろう。こうして『I.B.W.』を聴き直してみると、改め懐の深さを感じる爆風である。再評価されてしかるべきバンドであると思う。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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