『桜の木の下』の隅々にあふれる
aikoの天賦の才

『桜の木の下』(’00)/aiko

『桜の木の下』(’00)/aiko

2018年6月6日、aikoの最新作『湿った夏の始まり』がリリースされた。6月8日からは彼女自身にとって最大規模の27会場45公演となるコンサートツアー『Love Like Pop vol.20』もスタートし、いよいよデビュー20周年イヤーが本格化してきた印象だ。今週はaikoにとって初めてのチャート1位獲得作品であると同時に初のミリオンヒットとなった2ndアルバム『桜の木の下』を聴きながら、彼女のすごさとは何であるのかを探ってみた。

メロディーは難解で複雑!?

aiko、すげぇ──。今週はもうその一言で終わらせたいくらいである。なので、失礼な物言いとなってすまないが、長年にわたる彼女のファン、リスナーはこのあとは読まなくていいと思う。読んでも“今頃、何言ってんだ、てめー!?”と罵声を浴びせるのが関の山である。悪いことを言わないのでお引き取りいただいたほうが賢明かと思われる。

そして、ここから先は極めて個人的な感想であることも予めお断りしておく。以下はあくまでも一個人が感じたことであって、それが音楽シーンにおける事実ではないこともご承認いただきたい。また、恥を承知で白状するが、aikoの楽曲をアルバム1作品を通して聴いたのはこれが初めててあったことは事前に記しておく。さすがに代表曲のいくつかはサビを口ずさめるくらいには知っているし、歌詞の恋愛観が多くのリスナーの共感を得ていることも分かる。だが、しかし──ここからが本題である。アルバム『桜の木の下』を聴いて、いかにこれまで上っ面しか見ていなかった(聴いていなかった)ことを痛感した。顔から火が出る思いだが、その時に思ったことを正直に告白しよう。何だ、このメロディーの難解さは!? 複雑な抑揚は一体!? 歌とサウンドとの絡みは一体何だ!?

ポップだが不思議な旋律

本作はオルタナ系のバンドサウンドM1「愛の病」から始まる。まぁ、00年代前半だからこういう感じはあって然るべきだろうね…なんて思いながら聴き進めていったら、その歌と楽器の旋律(コード感と言ったらいいか)との関係が何か妙な気がしてきた。ともに抑揚がないわけではないし、単調でもない。むしろ、その逆なのだが、何と言うか、あんまり他で聴いたことがない感じのだ。そのうちにストリングスが重なってくるのだが、誤解を恐れずに言うと、それらが歌と合っている感じもしない。そう思って聴き進めていくと、歌のメロディーそのものも何か不思議なもののような気がしてくる。ポップではある。十分に大衆性はあると思うのだが、諸手を挙げてウエルカムという感じがしないのだ。決して明るくはない。かといって、明らかなダウナー系とも違う。形容しがたい旋律だ。歌詞については後述するが、この「愛の病」には《不安で眠れない夜》なんて言葉もあるくらいだから、この不安定さは意図したものかとは思いつつ、それにしてもこれをオープニングにするのは大胆だなと、aiko=可愛らしい恋愛観を提示する女性シンガーソングライターという勝手な認識を少し改める。深く座っていた椅子から腰の位置を変え、やや前のめりに座り直した。

ルーツ音楽を背景にしたサウンド

続いてはM2「花火」である。彼女の出世作と言える3rdシングルであることは流石に知っているので、なるほど、M2のポップさを強調するためのM1「愛の病」の不穏な感じだったのかな…と思って聴く。ポップはポップだ。メロディーもサウンドも弾けるようである。ただ、こんなに泥臭い音で構成されているとはこれまで気付かなかった。歌メロも泥臭いと言えば泥臭い。Aメロでその音符がリズミカルに連なる様子は、J-POPとも和声R&Bとも明らかに異なる抑揚である。サウンドの中心はスライドギター。そこにオルガンも乗る。ここだけで見たら渋いおっさんたちがバーボン飲みながらやっていてもおかしくないパーツが揃っている。ニューオーリンズ調というか、サザンロック的と言うか。しかし、みなさんご承知の通り、「花火」はまさにリアルと幻想が入り交じって夏の空に昇華していくような幸福感が前面に出ている。こんなに泥臭いサウンドとメロディーがどうしてこれほどポップに響くのか? ますます不思議である。

M3「桜の時」はM2「花火」以上にはっきりとしたシャッフルビートで、Bメロ~サビで歌に絡んでくるギターは明らかにブルースのそれである。言葉の乗せ方もやはりブラックミュージック的で、ピアノはポップであるものの、全体としては決して明るい感じではないのだが、サビ後半の歌メロが半ば強引な感じで上昇に転ずる。これもかなり興味深い。

M4「お薬」も面白い。サビは結構ロック的…というよりもリズム&ブルース的で、間奏のギターソロが顕著だが、サウンドははっきりと泥臭い。歌メロもよくよく聴けばその旋律はマニアックな部類に入りそうなものだが、パッと聴き、その印象は薄い。アウトロでのスキャットは──下手なシンガーがこういうことをやると、取って付けた感じがするというか、何か洒落臭い印象を与えることもあるのだが、それもない。逆にこれ見よがし見せつけている感じもなく、丁度いい塩梅なのだ。アルバムをこの辺りまで聴いてくると、不安定でありがらもポップで親しみやすい楽曲全体のバランスは、彼女の声質によるところが大きいのかも…と思ったりもする。

比類なきメロディーメーカー

M5「二人の形」以下もここまで述べてきたように、彼女のバックボーンがルーツミュージックの流れを汲むロックであることをサウンドそのものが雄弁に語っている。M5「二人の形」ではR&B的なシャウトを聴かせたり、M6「桃色」ではさわやかなスライドギターを鳴らしている一方、ともにサイケデリックなエッセンスを加えているのが心憎い。それでいて、M6「桃色」は電子音を入れていたり、どこかニューウェイブ的な匂いもするのだから、よくこんなことを考えるなーという想いは、こうなると感心、感服へと移行していく。

M7「悪口」で(多分)一発録りのシンプルなバンドを見せたかと思えば、M8「傷跡」では何と5拍子(!)、インディーズでのアルバムにも収録されていたというM9「Power of Love」ではブラス入りのR&Rと、尻上がりに目まぐるしさを増し、バラエティーに富んだアルバムであることを決定付ける。同時に、サウンドが多岐にわたる中で決してアルバム全体にとっ散らかった印象がないことにも気付く。ここまで来ると、それがaikoの声と彼女ならではの歌のメロディーによるところは確信に変わる。

アルバムのフィナーレはM10「カブトムシ」。サビメロの独特の開放感はほとんど感動的ですらある。《甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし》では前半で抑制を効かせつつ、たおやかで伸びやかな調べを奏で、《生涯忘れることはないでしょう》では突き抜けるようなキーの高さと、どっしりと落ち着いた旋律を響かせる。メロディーメーカーとしての比類なき才能。「カブトムシ」を最後に置いたのはその圧倒的な自負であって、“aiko、ここにあり!”の高らかな宣言とも言えるだろう。今さらながらその姿勢を完全に支持する。それでいて、そのあとにノイジーなパンクチューン「恋愛ジャンキー」が隠しトラックをこれに続けているのは、間違いなく愉快犯の確信的犯行。こんなことをやられたら、完全降伏(幸福)である。

文学の匂いを感じる歌詞

そのメロディー、サウンドに乗った歌詞も、改めて言うまでもなく、素晴らしい。

《少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ/甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし/流れ星ながれる 苦しうれし胸の痛み/生涯忘れることはないでしょう》(M10「カブトムシ」)。

上記フレーズは前述した歌の旋律と相まってJポップ史上に残る見事な描写。感情の昂りが体温、呼吸、心拍と共に匂い立ってくるようだ。“かぶとむし”という意外な比喩がキャッチーさを生んでいることも間違いない。甲虫であることは、奥手であったり、身持ちが固かったりする主人公を表してもいるのだろうし、同時に芯の強さも感じられる。蝶やトンボではこうはないかなかっただろう。時間の表現も絶妙だ。

《あなたが死んでしまって あたしもどんどん年老いて/想像つかないくらいよ そう 今が何より大切で…》
《スピード落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる》
《鼻先をくすぐる春 リンと立つのは空の青い夏/袖を風が過ぎるは秋中 そう 気が付けば真横を通る冬》
《息を止めて見つめる先には長いまつげが揺れてる》(M10「カブトムシ」)。

生涯や1年といった長い時を描写する一方で、風が遠き過ぎる一瞬を捉える。生涯を捉えるからこそ一瞬が際立ち、一瞬を捉えるからこそ1年や生涯の長さを実感できる。その対照の妙には恐れ入る。独特の言葉のチョイスは名詞に限らない。

《あたしのこの余計な考えを今すぐとっぱらってよ/もう離しはしないと約束しなくてもいいから/不安で眠れない夜 隣にいて下さい/今夜そうして下さい》(M1「愛の病」)。
《夏の星座にぶらさがって上から花火を見下ろして/こんなに好きなんです 仕方ないんです/涙を落として火を消した》(M2「花火」)。

《とっぱらってよ》→《いて下さい》《して下さい》と命令が懇願に変わるように語尾が変化するものもあれば、所謂“ですます調”で統一されていないものもあって、国語の授業的に言ったら正しくないのかもしれないが、その独特の文法は文学的な匂いすらある。個人的には映像的な描写に面白さを感じる。

《「春が来るとこの川辺は桜がめいっぱい咲き乱れるんだ」/あなたは言うあたしはうなずく》(M3「桜の時」)。
《街燈の光りがあなたを射して/思わず吐息が出た「綺麗」/あなたの甘えたその手をはらって氣付かれて/そうあたし思い切って/ひっぱってひっぱって目開けて背伸びで口元奪った/「うん。幸せかも...」》(M8「傷跡」)。

ご丁寧に台詞が「」で括られていることもそうだが、場面がはっきりと切り替わっていく様子は映画を感じる。《あなたは言うあたしはうなずく》の箇所──向き合う人物同士を正面から捉えたような様はちょっと小津安二郎的だし、M8「傷跡」はそのスウィングしたサウンドと相まって『バッグス・バニー』や『ルーニー・テューンズ』といったカートゥーンアニメーションを思い起こさせる……とはかなり大袈裟な物言いになってしまったが、いずれも優れた表現であることは疑うまでもない。

豊作だった1998年デビュー組のひとり

aikoがデビューした1998年は女性アーティスの当たり年であった。この年にデビューしたアーティストたちは“1998年デビュー組”と呼ばれ、ソロにしてもグループにしても個性的な面々が揃っている。所謂アイドル的な方々は別としても、15歳でデビューを果たしたバイリンガルの帰国子女に、そのメッセージ性もファッションも10代の女子から絶大なる支持を集めたカリスマ。5オクターブの音域を持つと言われている文字通りのディーヴァ。当時の風俗も含めて赤裸々にサウンドで表現した新宿系シンガーソングライター。

そんな中、今考えてもaikoには上記のような分かりやすい形容がちょっと思い浮かばない。小柄でカジュアルなかわいらしい雰囲気とか、親しみやすい大阪弁が…とか、強いて言えばそんな感じだろうが、いずれも彼女の音楽性と直結はしないものだろう。それゆえに、その楽曲が純粋にリスナーに届いたとも想像できる(デビュー前からやっていたというラジオパーソナリティーとしての側面も決して無視できないものだろうが、ヒットとの因果関係はあるだろうが、ミリオンにまでつながったかというと、それには懐疑的にならざるを得ない)。しかも、筆者がくどくどと説明したことの全てが正解だったとは言わないが、aikoの楽曲を絶賛する玄人筋の多くは、やはり彼女のライティングセンス、とりわけそのメロディーラインとコードワークの異例さを指摘する。曰く「ここからこうつながるコードは普通考えられない」とか、「通常は○分で入るところ、彼女は●分から歌い出す」といった感じだ。筆者はその音楽理論的なことはさっぱり分からないのだが、その筋の方々が指摘するのだからそうなのだろう。だが、その異例な音楽が大衆に支持され、今年でデビューから20周年を迎えたのは革命的にすごいことだと思う。aikoはまさしく他に類を見ないアーティストであり、日本芸能史に燦然と輝く存在なのである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『桜の木の下』2000年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.愛の病
    • 2.花火
    • 3.桜の時
    • 4.お薬
    • 5.二人の形
    • 6.桃色
    • 7.悪口
    • 8.傷跡
    • 9.Power of Love
    • 10.カブトムシ
『桜の木の下』(’00)/aiko

OKMusic編集部

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