山下久美子の原点に触れられる
デビューアルバム
『バスルームから愛をこめて』

  1980年にシングル「バスルームから愛をこめて」と同タイトルのアルバムでデビューを果たした山下久美子。その2年後には「赤道小町ドキッ」で人気が大ブレイク。“総立ちの久美子”、“ライヴハウスの女王”という名を欲しいままにする。彼女自身、当時のことを朝、起きたらいきなりすごい人気者になっていた感覚だったと振り返っているが、デビューした時から山下久美子はワン・アンド・オンリーの魅力を持つぼヴォーカリストだった。その原点に触れられるのが彼女が21歳の時にリリースした1stアルバム『バスルームから愛をこめて』である。

 話は最近のことに飛ぶが、山下久美子は2013年に旧知の仲である大沢誉志幸とデュエット•アルバム『&Friends』をリリース。ふたりのコラボレーションは話題になり、2014年5月には第二弾『&FriendsII』を発売し、この夏にもコンサートが行なわれた。双方の80年代当時とイメージがまったく変わらないビジュアルに驚いた人も多いと思うが、個人的にも山下久美子と大沢誉志幸には何か共通したセンスがあるように思える。思い返してみれば大ブレイク翌年の1983 年にリリースされたヒットシングル「こっちをお向きよソフィア」の作曲者は大沢誉志幸なのだが、尖っていながら同時に洗練されたクールな感覚を持ち合わせていること、そして時代に合わせるのではなく、引き寄せてきたアーティスト独特の“孤独感”を漂わせているという意味で、このふたりはどこか似ている。ちなみに第一弾には「こっちをお向きよソフィア」が収録され、第二弾には山下久美子が80年代に発表した曲や大沢の曲が新たなバージョンで収録されていて、当時のヒット曲を今のふたりのハスキーボイスで聴ける作品に仕上がっている。こんな粋な企画が実現していることにまずは感謝したい。
 さて、山下久美子だが、彼女には昔から“自由奔放でキュートなヴォーカリスト”というイメージがあった。九州に生まれ育ち16歳の頃からソウルバンドで歌っていた女の子がスカウトされてこの世界に飛び込み、そうそうたる顔ぶれの大人のミュージシャンに囲まれてデビュー。スター街道を驀進していくヒストリーはそれまでの少女時代がひっくりかえるほどの激動の日々だったと思うが、山下久美子はいつも涼しげな顔で自分の道を切り開いていっているように見えた。のちに触れるデビュー曲「バスルームから愛をこめて」の甘酸っぱくてポップな路線も新鮮だったが、YMOの細野晴臣が曲を書きおろし、高橋幸宏がドラムを叩いた「赤道小町ドキッ」では過激な衣装とテクノ路線のポップチューンでオリコンチャートの2位を記録。今ではライヴハウスがスタンディング状態になるのは当たり前だが、女性ロックヴォーカリストがそんな現象を巻き起こすのは珍しく、“総立ちの久美子”は彼女のキャッチフレーズとなった。大ブレイクの後は似たようなスタイルの曲を求められるのが、当時の音楽シーンだったのではないかと思うが、山下久美子は現状に甘んじることなく、アルバムでさまざまな曲にチャレンジし、自身のヴォーカリストとしての可能性を追求していった。

 のちに布袋寅泰に出会い、ギターサウンドに重きを置いたアルバム『1986』、『POP』、『Baby Alone』をリリースした頃には歌詞も自ら手がけるようになり、ロックアーティスト、山下久美子としてのポジションを完全に確立するが、醸し出すムード、ありのままの発言、その存在自体が山下久美子以外の何者でもなかったという意味で、彼女は昔からジャンルの垣根を超えたパイオニア的アーティストだったと言えるだろう。同性に支持されたという意味でもーー。

アルバム『バスルームから愛をこめて』

 名曲「バスルームから愛をこめて」で幕を開ける記念すべきデビューアルバム。《男なんてシャボン玉 きつく抱いたら こわれて消えた》というサビが鮮烈なこの歌詞を書いたのはヒットメーカーの康珍化で、アレンジを手がけているのは松任谷正隆。バスルームのお湯にもぐってひとりで泣いたという情景描写も彼女のイメージにピッタリでサビの声を張った歌い方に、その後のロックヴォーカリストとしての片鱗が見え隠れする。全体的にはスロー、ミディアムの楽曲が中心で、8割ぐらいが失恋ソング。ブルーステイストの曲も収録されているが、アレンジを手がけているのが松任谷正隆とはっぴいえんどの鈴木茂だけあって、当時のシティポップス的テイストが散りばめられている。

 ファンクなAOR的ナンバー「貿易風に流されて」やラテンのリズムを取り入れた「酒とバラ」など、この頃ならではの山下久美子に出会えるアルバムだ。さまざまな別れの場面を複雑な女性心理とともに描いた歌詞は、まるで映画のショートストーリー。別れた男性が置いていった一枚のレコードを軸に物語が展開する「一枚だけのビリィ•ジョエル」など表現するのが難しい曲も多いが、山下久美子はデビューアルバムとは思えないほどの存在感でこれらの曲を堂々と歌い切っている(声や歌のスタイルの変化も感じられる)。ラストのクリスマスソングまで失恋ソング集と言ってもいいぐらいのラインナップにもかかわらず、湿り気や情念が少なめなところにも(アレンジも手伝って)彼女の個性が表れている。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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