『マニフェスト』でRHYMESTERが導い
た日本のヒップホップのネクストステ
ージ

5月14日、RHYMESTER主催による都市型野外音楽フェスティバル『人間交差点 2017』が、東京都江東区のお台場野外特設会場にて開催される。KREVAやANARCHY、田我流 feat. Stillichimiyaといったラッパー勢、ヒップホップ勢のみならず、クレイジーケンバンドやBase Ball Bear、KIRINJI、SOIL&"PIMP"SESSIONSといったバンド勢、さらには漫才コンビ、浅草キッドまで登場! RHYMESTERならではの流石のラインアップと言える。今回の邦楽名盤列伝はこのフェス開催のタイミングに合わせて、RHYMESTERの作品からチョイスしてみた。

日本のヒップホップ史と重なる軌跡

本稿作成のため、あれこれ調べていたら、“ジャパニーズHIP HOPの歴史を知りたければ、RHYMESTERの軌跡をたどるのが一番の近道”、さらには“RHYMESTERは日本のヒップホップ史を象徴するグループ”といった形容を見つけた。なるほど、と思う。RHYMESTERの結成は1989年。いとうせいこうがアルバム『Mess/Age』を発表した年である。1stアルバム『俺に言わせりゃ』のリリースが1993年で、同じ年にZeebra、K DUB SHINE、DJ OASISがキングギドラを結成。その翌年の1994年はEAST END×YURIがシングル「Da. Yo. Ne」を、スチャダラパーが小沢健二とのシングル「今夜はブギーバック」をリリースした年でもある。ともにヒットし、ヒップホップをお茶の間に浸透させたことは言わずもがな。この年は日本のヒップホップの大きな転機の年であった。ちなみに「Da. Yo. Ne」は作詞にMummy-Dが参加している。以後、EAST END×YURI(1995年)を筆頭に、KICK THE CAN CREW(2002年)、nobodyknows+(2004年)、m-flo(2005年 ※m-flo ♥ Akiko Wada(和田アキ子)として出場)、SEAMO(2006年)とヒップホップ・アーティストが『NHK紅白歌合戦』に出場することも珍しくなくなったあと、RHYMESTERは2007年に日本武道館公演を実現。この時すでにRIP SLYME(2002年が初武道館)やKICK THE CAN CREW(2002年)が武道館のステージを踏んでいるからヒップホップ勢の武道館公演自体、特筆すべき時期ではなかったが──こう言っては失礼だが、誰もが知るヒット曲があるわけではないアーティストとしては異例だったと言える。以後、活動休止期間はあったものの(そうは言っても1年間程度)、長いインターバルや表立った“(New)Accident”もなく、ここまで活動を続けているRHYMESTERの軌跡は、確かに日本のヒップホップ史と重なる。

日本のヒップホップの大衆化に腐心

では、そのRHYMESTERの音楽性はというと──。ほぼ同期と言ってもいいキングギドラとスチャダラパーとで比較して“キングギドラ未満、スチャダラパー以上”と形容したら、いずれのファンにも怒られるかもしれないが、個人的にはそこではないかと思う。社会性を帯びたメッセージがなくはない。それはしっかりとある。しかし、キングギドラほどに攻撃性が際立ってはいない。また、極めて日常的なミクロの視点もしっかり有している。が、スチャダラパーほどにはピンポイントすぎない。ていうか、彼らほどにゆるくはない。だからと言って、RHYMESTERが中途半端などではまったくなく、むしろ、そこが“ちょうどいい”感じなのである。鋭角的すぎず、まったりすぎてもいない。あくまでも個人的には、と今一度前置きするが、そこがRHYMESTERらしさであると思う。その上で、ポップに昇華させることに注力しているのがRHYMESTER最大のポイントではないかとも思う。“ポップ”とは“キャッチー”と言い換えてもいいかもしれないし、分かりやすいでもいい。馬鹿でも理解できるというか(これも相当語弊があるなぁ)、日本語ネイティブならほとんどの人がパッと聴いてパッと理解できる汎用性の高いヒップホップを送り出したことが最大の功績ではなかろうか。RHYMESTERは結成以来、極めて周到な“K.U.F.U.”で日本のヒップホップの大衆化に腐心してきたグループであろう。
具体的に言うなら、すでに日本のヒップホップのクラシックナンバーとなっている楽曲──「B-BOYイズム」「キング オブ ステージ」「耳ヲ貸スベキ」辺りを例に挙げるのがいいだろう。いずれのトラックも硬質なビートに乗せられた管楽器のリフレインが印象的だ。DJ JINのルーツにはファンク、ソウル、ジャズがあり、それらを巧みにミックスさせているわけだが、表面上はキャッチー=覚えやすい音階と音質で、まさに掴みは十分である。そして、そこに乗る宇多丸、Mummy-Dのラップもフックでリフレインを多用。ラップであるがゆえにメロディーの抑揚が際立っているというわけではないが、日本語が本来持っているアクセントを活かし、その強勢をビートに合わせていたりするので、これまた印象的に、しかも自然と耳へ飛び込んでくる。
《マイクロフォン1、マイクロフォン2/ザ キング、ザ キング、ザ キング オブ ステージ/ターンテーブル No.1・2/ザ キング、ザ キング、ザ キング オブ ステージ》(「キング オブ ステージ」)。
《耳ヲ貸スベキ 耳ヲ貸スベキ 俺達をよくチェックしとくべき/耳ヲ貸スベキ 耳ヲ貸スベキ とれたての言葉たちを目撃/耳ヲ貸スベキ 耳ヲ貸スベキ これからはじめる最後の奇跡/耳ヲ貸スベキ 耳ヲ貸スベキ それこそ生きる目的》(「耳ヲ貸スベキ」)。
韻の踏み方は芸術的に巧みで、グループ名は伊達じゃない。
《決して譲れないぜ この美学 ナニモノにも媚びず 己を磨く/素晴しき ロクデナシたちだけに 届く轟く/ベースの果てに 見た 揺るぎない 俺の美学 ナニモノにも媚びず 己を磨く/素晴しき ロクデナシたちだけに 届く 轟く ベースの如く》(「B-BOYイズム」)。
文字を眼で追うだけでもリズミカルでスームズであることが分かるリリックである。それでいて、言うべきことをちゃんと主張しているというのもRHYMESTERならではと言えるだろう。

ネクストレベルを示した作品

さて、「B-BOYイズム」「キング オブ ステージ」「耳ヲ貸スベキ」を挙げたのだから、RHYMESTERの名盤としてはこれらが収録されている3rdアルバム『リスペクト』を推すのが筋であろう。『リスペクト』は“日本語ラップ史上、最重要作”と呼ぶファンがいることにも納得できる傑作であることは間違いない。しかし、独断ではあるが、ここではメジャーでの5枚目に当たるアルバム『マニフェスト』を推したい。初登場3位とグループ史上最もチャートリアクションが良かった作品であるというのも理由のひとつだが、それだけではない。結論から言えば、これより以前から自らのスタイルを確立し、日本のヒップホップシーンに多大なる影響を与えてきたRHYMESTERがネクストレベルを目指し、しっかりと答えを出した堂々たる作品なのである。本作の発売は2010年。前作『HEAT ISLAND』から実に4年のインターバルの後に発表されたものだ。ファンならばご存知かと思うが、このインターバルは、RHYMESTERが件の武道館公演後に活動休止を宣言し、各メンバーが個々の活動に専念していた時期である。他のアーティストのライヴにゲスト出演していたこともあったというから完全休止というわけでもなかったようだが、彼らほどのキャリアがあると、実質の解散状態に陥っても何ら不思議ではない危険なインターバルである。過去そんなグループ、バンドは山のようにいた。しかし、RHYMESTERはそれとは同じにはならず、しかも、グループとして新しい姿を示した作品を携えて復活を果たしたわけで、そんな背景を考えると、個人的にはアルバム『マニフェスト』にグッとくるのである。

外部Pの招聘で多彩なトラック

まずトラックから説明すると、それまでのRHYMESTERはDJ JINとMummy-Dとでほぼ全てのトラックメイキングを司ってきたが、本作は初めて外部からプロデューサーを招聘。DJ JINもトラックを作っているが(M7「付和Ride On」、M9「K.U.F.U.」)、アルバム全体を見るトータルプロデューサーとしての仕事を主とした。それによって楽曲のバラエティー感は明らかに増したものの、決して散らかった感じはない、うまい具合にバランスが取られているのだ。M2「ONCE AGAIN」やM13「ラストヴァース」は、前述したRHYMESTERのトラックの特徴をさらに壮大に昇華させた鉄板チューン。ギターサウンドを取り込んだM3「H.E.E.L.」やM9「K.U.F.U.」がグイグイと迫る一方で、M10「ちょうどいい」では緩やかなグルーブを聴かせている。トラックの推しはM6「Under The Moon」。『スネークマン・ショー』の「盗聴エディ」からのサンプリングが確認できるので、これはサイケデリックに分類されるものであろうが、所謂サイケっぽいサウンドのみならず、シャープなビートやまさに無機質な電子音が重ねられ、他ではなかなかお目にかかれない面白さだと思う。DJ MITSU THE BEATSの見事な仕事っぷりが光るトラックである。その他、EVISBEATSが作り上げたソウルフルなM4「New Accident」、キエるマキュウのMAKI THE MAGICが手掛けた勢いあるM12「Come On!!!!!!!!」なども良く、聴きどころは満載である。

言葉の強度が増したリリック

リリックはそれまでのRHYMESTERらしさを踏襲したというか、下記のような自らのスタンスを誇示するような内容もあるにはあるが──。
《オレがB-U-N-K-E-I最凶のパイセン》《ミスター宇多丸 言わば逆ジェロ 真の意味で独自の道行くイエロー》《K.U.F.U.で超越するゲノム お届けしよう もっとスゲーの……》《確と見ときな格の違い/KIDSとKINGの箔の違い/エキストラと主役の違い/RHYMESTER is back!》(M12「Come On!!!!!!!!」)。
そうしたものよりもそこから一歩進んだというべき、力強く前向きなものが中心だ。
《風はまた吹く 気付かないならかざしな人差し指を/陽はまた昇るゆっくりと 決して立てるな己にその中指を/風はまた吹く 気付かないならかざしな人差し指を/陽はまた昇るゆっくりと その時立てろ親指を》(M2「ONCE AGAIN」)。
《武器はたゆまぬK.U.F.U. /常に研究 常に練習 知恵を結集し/君をレスキュー》《その美徳はまさに人間固有/偉大な歴史的モニュメント級/つまり ご先祖たちの探求に/一個付け足す独自のブランニュー》(M9「K.U.F.U.」)。
《もしこれが音楽じゃなくて/もしただの騒音だとしても/もし届くなら届けよう/その先の景色見届けよう/もしそれが現実じゃなくて/もしただの幻想だとしても/もし届くなら届けよう/その先の景色見届けよう》(M13「ラストヴァース」)。
“俺たちはこうだ”と完結するのではなく、“君らはどうする?”と訴えかけているような内容。本人たちがどこまでそれを意図したかどうかは分からないが、ロックやフォークがそうであるように、聴く人の気持ち、心に何らかの化学変化を起こさせるようなメッセージがそこにある。聞けば、本作で総指揮を執ったMummy-Dが、宇多丸が書いたリリックにダメ出しをするという、それまでになかった作業工程をすることで楽曲をブラッシュアップさせたというから、以前に比べて言葉の強度がアップしていることにも納得である。この一点だけでもアルバム『マニフェスト』を聴く価値があるとすら思う。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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