山下達郎の『FOR YOU』の
まるで伝統工芸品のような
丁寧に作り込まれた楽曲群に
改めて脱帽するばかり

『FOR YOU』('82)/山下達郎

『FOR YOU』('82)/山下達郎

山下達郎が1976年~1982年までに“RCA/AIR YEARS”にて発売したアナログ盤&カセットの全8アイテムを最新リマスター&ヴァイナル・カッティングにて発売する企画『TATSURO YAMASHITA RCA/AIR YEARS Vinyl Collection』が、5月3日の『FOR YOU』からスタートした。以後、『RIDE ON TIME』(6月)、『MOONGLOW』と『GO AHEAD!』(7月)、『SPACY』と『CIRCUS TOWN』(8月)、『IT'S A POPPIN' TIME』と『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』(9月)と、5カ月連続でリリースされていく。当コラム担当が山下達郎弱者であって、これまであまり山下達郎作品を取り上げておらず、昨年6月に『SOFTLY』がリリースされた時に慌てて『RIDE ON TIME』を取り上げたのだが、今回もこの“Vinyl Collection”に乗じ、筆者自身の勉強の意味でも山下達郎の過去作を取り上げてみたい。お題はもちろん『FOR YOU』である。

「SPARKLE」の
圧倒的なギターのカッティング

とても丁寧に作られたアルバムだ。それは誰もがはっきりと感じるところではなかろうか。本作『FOR YOU』には以下のような制作背景があるという。[1980年、シングル「RIDE ON TIME」がヒットし、その秋に出た同名のアルバムもソロ4年目にして初のナンバー・ワンとなり、(中略)ヒットが出たおかげでレコーディングを取り巻く環境も大きく変わり、1970年代には1枚のアルバム用に十数曲レコーディングさせてもらえるのがやっとだったのが、1981年にニュー・アルバムのためにレコーディングした曲は全部で27。予算や時間の心配をすることなく好きなだけレコーディングしたいというシュガー・ベイブの頃からの夢が、このアルバムでようやく叶った]ということ。また、[1981年はコンサート・ツアーの毎日で、なかなか次のアルバムの計画が立てられなかったがその反面、メンバーのアンサンブルはライブを重ねる中で向上し、それによって山下自身も創作意欲が刺激されて結果、合間に行われるレコーディングはその成果が大いに反映された]ともいう。これらはファンのよく知るエピソードであろうし、これ以外にも、マニアの知る本作に至るさまざまな要因があるようではある。だが、そうした話よりも何よりも、アルバムそのものを聴けば十中八九、その丁寧な仕事っぷりを十二分に感じられるに違いない。コーラスを含む歌声の美麗さは言うに及ばず、テクニカルな演奏で奏でられる楽器群の確かな音色、音圧。これ以上に何かを加えても何かを削っても成立しないであろう、まさに過不足のないアンサンブル。それでいて、しっかりと作者のエモーションが刻まれていることも分かる。その音像は職人が創り上げた工芸品に喩えてもいいかもしれない。いや、レコーディングはほとんど人力で行なわれたことを考えると、伝統工芸品というのが正しいだろうか。(ここまでの[]はすべてWikipediaからの引用)。

優れたアルバムというのはやはりオープニングから優れた楽曲が置かれているのもので、『FOR YOU』でのM1「SPARKLE」の存在感は異常なほどに(?)圧倒的だ。何と言ってもイントロから聴こえるギターのカッティングである。もはや擦りに擦られ、擦られ過ぎたネタではあるが、本作並びに同楽曲を語る上でこの点はどうしても外せないものであろう。M1の素晴らしさはイントロだけに限らないのだが(その辺はこれから述べる)、あのカッティングでこの楽曲の勝利は決まったと言っても過言ではないはずだ。5万円で買ったテレキャスターを気に入った山下自身がその音色を活かす楽曲を作ろうと考えたとか、元ネタは米国のソウルグループ、Nite Flyteの「If You Want It」だとか、コードはAM7で5、6弦はミュートするとか(筆者はギター弾けないのでこの辺は間違った引用かもしれません)、ちょっと調べただけでも、いろいろと逸話が出てくる。それだけこのイントロが印象的である証左だろう。

今回改めて聴いてみて、個人的には“こんなテンポだったっけ?”と思ったし、意外とまったりしていると感じたところはある。単にこちらが勝手に脳内でテンポアップしていただけに過ぎないわけだが、どうしてそうなったのか、聴き進めていくうちにその理由が何となく掴めた。この楽曲、リズム隊が若干食い気味なのだ。とりわけスラップで進行するベースが全体より少し前に出ているように感じられるし、それに呼応するかのようにドラムのスネアもほんの少し早い気がする。間奏で再び例のカッティングが登場し、そこでは三連のリズム隊とブラスセクションが重なるのだが、そこもその三連が食い気味であるようにも思う。だからと言って、演奏が雑だとか、ミックスが変だとか言うつもりはもちろんまったくない。これはもう意図的に躍動感をもたらすアレンジであり、聴き手にグルーブを感じさせる編曲が施されているのだと思う。リズム隊が食い気味ということではなく、キーボードやコーラス、ホーンセクションの旋律や音圧、それらの位置もたぶん関係しているのだろう。冒頭で“とても丁寧に作られたアルバムだ”と言ったが、それはこの辺からもうかがうことができる。

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着