マキシマム ザ ホルモンの
『ぶっ生き返す』は
邦楽のシーンの流れを覆した
歴史的大名盤!

『ぶっ生き返す』(’07)/マキシマム ザ ホルモン

『ぶっ生き返す』(’07)/マキシマム ザ ホルモン

11月28日、マキシマム ザ ホルモンがレコード会社移籍第一弾となる『これからの麺カタコッテリの話をしよう』をリリースした。コミック+CDという異例な仕様であったり、「拝啓VAP殿」と命名された新曲が収録されていたりと、相変わらず話題を振りまいてくれる彼らだが、当コラムではそんなマキシマム ザ ホルモンが過去に発表した名盤とともに、その人気の秘密を真っ向から探ってみたいと思う。

歴史書に記すべきブレイク

作家・川崎大助氏がその著書『日本のロック名盤ベスト100』の中で、マキシマム ザ ホルモン(以下、ホルモン)の『ぶっ生き返す』を第79位とし、以下のように解説されている。これには激しく同意するところであるので、敬意を表して引用させていただく。

[彼らが第一級の人気バンドになったこと──日本のロック音楽、00年代最大の事件とは、これだ。][いくら人気アニメーションのテーマ曲に起用されたからといって、これがお茶の間に鳴り響き、しかも好まれたということは、歴史書に記しておくべきレベルの出来事だろう。]

本当にそうだと思う。1970年代、1980年代にヘヴィメタルやパンクに触れた人で、それらの音楽ジャンルが一般的になると想像した人はどれほどいただろうか。例え愛好者だったとしても、それらがメインストリームに躍り出るとは真剣に思っている人は少なかったのではなかろうか。ヘヴィメタルはジャパメタに、パンクはメロコアや青春パンクとなって、親しみやすく進化を遂げたものもあるが、スラッシュメタルやデスメタル、ハードコアパンクといった、ジャンルの極北に近いスタイルにおいては流行とまったく無関係だったと断言してもいい。

それらのジャンルではメジャーシーンで長く活動しているバンドがいたイメージもない。デスメタルにしてもハードコアパンクにしても、一部好事家たちの圧倒的な支持を受けながら主戦場はライヴハウス。そんな印象が強い。外タレならともかく、日本のそれらのバンドがフェスでヘッドライナーを務める日が来るなんて思わなかったし(その頃は“フェス”という名称すら一般的ではなかったが)、それらの中には狂暴なバンドも少なくなかった気もするので、そもそもフェスに出演する印象がなかったと言えばそうかもしれない。昭和、いや、平成に入ってからもしばらくはそんな感じだったと思う(決定的にそのイメージを覆したのは『AIR JAM』であることは言うまでもない)。

個人的な思い出話で言うと、2008年5月にホルモンがX JAPANのhideの十周忌追悼ライヴ『hide memorial summit』に出演した際、彼らのパフォーマンスを初めて観た知り合いが“あんなモロにデスメタルなバンドが、どうして人気があるんですか!?”と、スタジアム全体がヘドバンしていたというライヴレポートを交えて興奮気味に語る場面に遭遇したことがある。ということは、シングル「恋のメガラバ」(2006年発売)がチャート初登場でベスト10入りを果たしたあとですら、ホルモンの音楽は理解できない人には理解できなかったということだから、昭和どころの話ではなく、本質的に一般層には浸透しない音楽と言えるのかもしれない。

しかし、そうした趨勢に反して今回紹介する4thアルバム『ぶっ生き返す』はチャート最高位5位、累計売上枚数が40万枚以上を記録と、簡単に言えば、ホルモンは売れた。前述の川崎大助氏によれば[元来お茶の間にそぐわないもの]であるにもかかわらず、だ([]は『日本のロック名盤ベスト100』本文より引用)。一体そんなホルモンの何が支持されたのであろうか? その『ぶっ生き返す』から検証してみよう。

聴く人を選ぶラウドなサウンド

まず、“ここはダメな人はダメだろうなぁ”という箇所をいくつか挙げていく。まぁ、聴く人によって収録曲のほとんどにそういう箇所があるのだろうが、目立ってそう思えるところ…ということでご理解いただきたい。

M2「絶望ビリー」の間奏でミドルテンポになるところはいかにもデスメタル的。ハードコアパンク的なM4「ルイジアナ・ボブ」でもそうであるが、そうしたサウンドにラップが乗ると、これまたいかにもラウドロック的というか、モダンヘヴィネス的収まりはいい感じはする(?)。また、M5「ポリスマンベンツ」の後半、アウトロに向けてカオティックに展開していく様子は決して耳障りがいいとは言えないだろうし、M10「What's up, people?!」での速いブラストビートは爆裂感すらある喧噪に拍車をかけていることは間違いない。

楽器の音もさることながら、ダメな人にとっては本能的にダメと思われるのがデスヴォイスやスクリームでの歌唱。それはさまざまな楽曲で聴くことができるが、最も印象的なのはM3「糞ブレイキン脳ブレイキン・リリィー」であろうか。後半の《ガー‥ガガ ピガガ… ガガガ…ピーガー‥‥》の箇所がそれ。実はデスヴォイスやスクリームの使い方としてはこの上なく相応しいと思われるのだが、パッと聴いてこれを心地良く感じる人は少数派であろう。

さらに──これは意見が分かれるところではあろうが、特に“ダメな人はダメだろうなぁ”と個人的に強く思うのは、言葉の乗せ方や、その発音の仕方ではないかと思う。たびたび引用させてもらって本当に申し訳ないのだが、川崎大助氏は以下のように述べている。

[(前略)歌詞はなにを歌っているかわからない。「聞き取れない」ではない。歌詞カードを見ながらですら「意味がわからない」ほどの、凝縮し変形させた日本語を、彼らは意図的に駆使する]([]は『日本のロック名盤ベスト100』本文より引用)。

これも同意できる。勝手に付け加えさせていただくのなら、歌詞カードを見ていたとしても少しぼんやりしていると、“えっ、今、どこを歌ってるの?”と、その箇所を見失うことがあるとも思う(筆者にはそういうことが何度かあった)。ラップ的な歌唱法、しかも高速ラップと言われるような早口な歌い方で言葉を詰め込んでいるようなところがあるかと思えば、英語に日本語を当てたと思われるところも、完全な造語もあったりするので、この手の音楽に慣れていたとしても、その意味はおろか、語感すら掴めないことがある。この辺りはJ-POP、J-ROCKに慣れている人はもちろんのこと、所謂ポピュラー音楽に慣れ親しんだ人たちにとっては結構な違和感になるのではないかと想像する。ノイジーなギターサウンドや性急なビート以上に、このハードルはかなり高い気はする。

ポップ職人と呼びたいメロディーセンス

以上、ホルモンの“ここはダメな人はダメだろうなぁ”という、おそらく忌み嫌う人もいるだろうと思われる箇所をザっと挙げてみたが、ここからが本題。改めて言うまでもなく、このバンドにはそれらを確実に凌駕するだけの成分があるからこそ、ホルモンは多くのリスナーから支持され、ブレイクを果たしたのである。

これまた言うまでもないことだが、とにかくその卓越したメロディーセンスが素晴らしい。ラウドなサウンドを超えて耳をこじ開けてくるキャッチーさ。白眉は、やはりM13「恋のメガラバ」であろう。サビは弾むようなリズムと相俟って、問答無用に聴く人の気持ちをアゲてくれるアッパーな旋律だ。それだけでなく、BメロではアメリカンHRのような開放的なメロディーを聴かせるなど、その構造も心憎い。サビ頭だからといってそこだけが突出させるわけではない、実は巧みな作りである。

ナヲ(ドラムと女声と姉)の歌が重要であることも、これまた言うまでもないだろう。紅一点。彼ら言うところの“女声”を担当する彼女のパートは楽曲全体のアクセントとなっているだけでなく、確実にその奥行きを増すことに成功している。M2「絶望ビリー」においても、M3「糞ブレイキン脳ブレイキン・リリィー」においても、スウィートでポップな面をうかがい知ることができるのだが、それがもっとも分かりやすいのはM11「チューチュー ラブリー ムニムニ ムラムラ プリンプリン ボロン ヌルル レロレロ」であろう。ふざけた曲名と、その背後に隠された一部の中年に向けた赤裸々な批判、その両方を糊塗するかのような(あるいはそれらを増幅させるかのような)浮世離れ感がとても素敵だ。

何よりもすごいのは、キャッチーなメロディーであれ、“女声”でのスウィートな旋律であれ、それをヘヴィメタル、ハードコアパンクに乗せることに躊躇していない点だろう。逆に言えば、メタルであり、ハードコアであることからまったく逃げていないのである。 “これがやりたいんですけど、何か?”と言わんばかりに堂々と鳴らし、奏でている。

また、M4「ルイジアナ・ボブ」のCメロではエキゾチックな感じ。M5「ポリスマンベンツ」のサビではThe Toy Dollsのような軽快さ。M8「恐喝〜Kyokatsu〜」のBメロではメロウに。そして、M12「シミ」のBメロでは和風テイストと、随所でバラエティーに富んだメロディーが聴けることも決して忘れてはならない。

総合すると、コンポーザーであるマキシマムザ亮君(歌と6弦と弟)はポップ職人と呼びたいほどの手練れであることがよく分かるし、大衆と手を結ぶべく、自身が持っている様々な要素を出し惜しみしていないと想像できる。いいメロディーもラウドなサウンドも彼にとっては等価値であり、胸襟を開いてそれらを同時に出しているのであろう。

確実に魂を宿した崇高なる歌詞世界

最後に『ぶっ生き返す』の歌詞について記す。先ほど引用させてもらったが、件の川崎大助氏は[歌詞カードを見ながらですら「意味がわからない」ほど]と評していたが([]は『日本のロック名盤ベスト100』本文より引用)、恐縮ながら、そこだけは唯一、反論させてもらいたいところではある。確かに、タイトルの“ぶっ生き返す”からして何て説明していいか分からない造語だし、M2「絶望ビリー」やM7「アカギ」、M10「What's up, people?!」などはアニメのタイアップであるからことから、その歌詞が意味するところをかろうじて理解できるものかもしれない。もっと言えば、筆者にしたところでその物語性やメッセージ性を100パーセント分かっているかと言えば、決してそんなことはない。それは断言できる。だが、彼らが何を伝えようとしているかを受け止めることはできるとは思う。

M1「ぶっ生き返す!!」であれば、“ぶっ殺す”の反対語であって、“生き返れ”(あるいは“生き返る”)を強めている言葉だと分かるし、極めてポジティブな意味を含んでいると想像できる。

《脳味噌 常に震わせて/荒々と 運命にそむく/もういっそ 俺に生まれたなら/君をぶっ生き返す!!》《世は悲惨WORLD「見捨てれん!」》《損LIFEから舞い上がれ迷子/惨敗から燃えたれマイソウル/さあ せかすぜ ボンクラキッズ!/心臓に流し込む ロッケンBOMB!!》(M1「ぶっ生き返す!!」)。

 M8「恐喝〜Kyokatsu〜」も同様。タイトルは物騒だが、サブタイトルの “Kyokatsu”とは“今日勝つ”の意味がかけてあるとのことで、これもまた前向きに捉えることができる。

《ロッキンポどもの妄想 切り裂け!》《リズムチェンジ チェンジ 待望の/今 リベンジ! リベンジ!/自分にレイジ リイジ さあ怒ろう/今 リベンジ! リベンジ!》《let'sブッイキス!全部!!/息詰め 余命伸ばすぞ おめえ!/我らに糞降らす天 ドラマスティック御礼!!》(M8「恐喝〜Kyokatsu〜」)。

ホルモンのファンには説明不要だろうが、“ロッキンポ”とはマキシマムザ亮君曰く“ロックでは勃起しなくなってしまったロックインポ野郎”のことだという。M8「恐喝〜Kyokatsu〜」の歌詞もまたはっきりと分かる代物ではないが、“ロックを簡単に見限るな”といったニュアンスは確実に読み取れる。深読みすれば、自分たちの音楽こそがロックにおけるルネッサンスであると自らを鼓舞しているかのようでもある。そう考えると、先ほど述べたヘヴィメタル、ハードコアパンクと、キャッチーなメロディーとを融合させたホルモンのサウンドは、単なるミクスチャーと簡単には片付けられない、崇高な何かを感じてしまう。

その他、ロボットを題材にしたM3「糞ブレイキン脳ブレイキン・リリィー」は“手塚治虫トリビュートか!?”と思ってしまうほど、ヒューマニズムを感じさせるものだし(この曲を聴いてダイスケはん(キャーキャーうるさい方)は泣いたそうだが、その反応は正しいと思う)、反権力と思われるM5「ポリスマンベンツ」は伝統的なロックの文脈が感じられる。これらも含めて、歌詞も決してハードルが低いものばかりではないが、そこにしっかりと魂が宿っているからこそ、ホルモンの音楽は大衆にも浸透したのだろう。筆者はそう確信している。

TEXT:帆苅智之

『ぶっ生き返す』2007年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. ぶっ生き返す!!
    • 2. 絶望ビリー
    • 3. 糞ブレイキン脳ブレイキン・リリィー
    • 4. ルイジアナ・ボブ
    • 5. ポリスマンベンツ
    • 6. ブラック¥パワーGメンスパイ
    • 7. アカギ
    • 8. 恐喝〜Kyokatsu〜
    • 9. ビキニ・スポーツ・ポンチン
    • 10. What's up, people?!
    • 11. チューチュー ラブリー ムニムニ ムラムラ プリンプリン ボロン ヌル
    • 12. シミ
    • 13. 恋のメガラバ
『ぶっ生き返す』(’07)/マキシマム ザ ホルモン

OKMusic編集部

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