ホフディランから先達への
迸る敬愛が感じられる
充実しきったデビューアルバム
『多摩川レコード』

『多摩川レコード』('96)/ホフディラン

『多摩川レコード』('96)/ホフディラン

9月14日、ホフディランが通算10枚目となるニューアルバムを発表した。タイトルは『Island CD』。“無人島へ持っていきたくなるほどの作品”という意味合いが込められているという。音楽好きの間で昔から交わされる“無人島に○枚しかレコードを持っていけないとしたら何を選ぶ?”というアレのことだろう。つまり、それほどの傑作ができたという自負に他ならない。当コラムではそんなホフディランのデビュー作を紹介。こちらも傑作の誉れ高いアルバムである。

時代を超えて愛される「スマイル」

ホフディランの新作『Island CD』とほぼ時を同じくして、8月31日に森七菜初のフルアルバム、その名も『アルバム』が発売されている。その『アルバム』の1曲目を飾っているのが、ホフディランのカバー曲「スマイル」である。彼女が歌う『オロナミンC』のCMで多くの方が耳にしていることだろう。森七菜のカバーバージョンは配信シングルとして2020年7月にリリースされ、翌2021年1月にはホフディランのプロデュースで「スマイル -WINTER MIX-」も配信されている。「スマイル」はもはや森七菜を代表する楽曲になったと言っても差し支えないようにも思う。ホフディラン版のリリースは1996年。彼らのメジャーデビューシングルでもある。アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の初代エンディングテーマに起用されたことを覚えている方も少なくないのではなかろうか。ホフディランのシングル曲としてユニット史上2位の売上を誇るナンバーでもあって、そう思うと、こちらも依然ホフディランを代表する楽曲とも言える。ミリオン突破とかチャート1位獲得とか、大ヒットを記録したという楽曲ではないけれど、初出から凡そ25年。四半世紀を経て2組の演者によって披露され、世代を超えてリスナーに認知されるとは、「スマイル」というヤツはなかなか幸せな楽曲である。

なぜ「スマイル」は時代を超えて多くのリスナーに届いたのか。その要因は、歌のメロディーの良さに尽きると言ってよかろう。とにかく旋律が親しみやすい。子供でも一、二度聴けば口ずさめるくらいのキャッチーさがある。子供向け教育番組『けんたろうとミクのワイワイキッズ』において、速水けんたろうと羽生未来によって歌われたというのも十分にうなずける。唱歌や童謡に近い印象すらある。ホフディラン版、すなわち今回紹介する『多摩川レコード』収録バージョンは、派手さこそないものの、しっかりとしたバンドサウンドで彩られ、コーラスは趣味性と言ってもいいほどのこだわりを見せているし、ギターとエレピのアンサンブルにはホフディランというユニットが、ヴォーカル&ギターとヴォーカル&キーボードとで構成されていることを示している。サウンド面も決して無視できないものある。しかし、歌の旋律を越さないというか、そういうアレンジがなされているように思う。歌の個性を最大限に引き出しているという言い方でもいいかもしれない。件の『オロナミンC』にしても伴奏なしで森七菜がアカペラや鼻歌で歌っているものが多かったように思う(CMにはいくつかバージョンがあり、そのすべてに伴奏がないわけでもないが、伴奏があまり目立たないのは確かだろう)。

歌詞の乗せ方もいい。冒頭から《いつでもスマイルしようね》である。厳密に言えば、日本語として正しくないことは言うまでもない。文章を抜き出すとそれがはっきり分かる。“スマイル”はもはやほぼ日本語になっているので、その意味は誰もが知っているだろうが、動詞ではなく、名詞として用いられることが多いとは思う。その観点で言えば、上記フレーズは“いつでも〈微笑み〉をしようね”とか“いつでも〈にっこり〉をしようね”となる。笑ってほしい時は“笑って”と伝えるのが、2020年代の日本ではまだ普通であって、本来は“いつでも微笑んでいようね”、もしくは“いつでもにっこりしてようね”が正しい。スマイルを活かすのであれば、《しようね》は要らないし、何なら《always smile》にすればよい。はい、難癖はここまで──。この《いつでもスマイルしようね》や《いつでもスマイルしててね》での“スマイル”の使い方が素晴らしいのである。どんな屁理屈にも負けない、圧倒的な説得力がある。“スマイル”は意味が曖昧で(それ故に…かもしれないが)、それぞれが思い描く“スマイル”があると思う。その各々の“スマイル”を喚起させるには、やっぱり“微笑み”や“にっこり”ではなく、“スマイル”がベストであったのだろう。これは日本のポップス、ロックに新発見、新発明であったと言えるかもしれない。案外真面目にそう思う。

OKMusic編集部

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