『to LOVE』収録曲と
シンガーとしての特徴から
ポップアーティスト、
西野カナを考察してみた
ヴォーカリゼーションの特徴
そういうわけで、以下、その“ちょうどいい”と感じたところをいろいろと書いてみたい。…いろいろ書くが、あくまでも個人の感想で、少なくともそれが悪いとかダメだとかいうことではないと、予めご了承願いたい。と、事前に一応予防線を張っておく。
まずは、音楽ジャンルについて…である。『to LOVE』を聴いた限り、これはコンテポラリR&Bに分類されるものであることは分かる。M4「Hey Boy」が唯一ロック要素強めな感じではあるものの、それ以外の収録曲はどれも所謂R&Bと言っていいと思う。最も分かりやすいところはM5「もっと…」で、スクラッチを入れたサウンドからストレートにヒップホップ要素を感じるところではある。歌唱法では、とりわけM13「You are the one」冒頭でのスキャットには“R&B味”がよく出ている。しかし、そうは言っても、その“R&B味”が出過ぎていないのもまた、ほとんどの楽曲で感じられるのである。M5にしてもそうで、サウンドは如何にもヒップホップだが、歌い上げていないのである。いい意味で癖がないという言い方でもいいかもしれない。メソッドがあることはM13を待つまでもなく分かるし、随所でハイトーンも聴けるのでレンジの広さも確認出来る。しかし、極端に派手なヴォーカリゼーションはまったく見られない。
これは筆者の想像だが、彼女は(もしくは彼女のスタッフは)あえて多彩な歌唱を選んでいないのではなかろうか。そう考える理由は3つ。ひとつは、これはかなり穿った見方かもしれないが(それなりに正鵠は射ていると思うが)、他アーティストとの差別化である。所謂R&B界では、オクターブと声量を駆使して曲芸のような歌を聴かせる女性シンガーも少なくない。日本国外にまで範囲を広げたら、ブラックミュージックシーンでは迫力ある歌はもはや必須と言ってもいいほどだろう。西野カナはそこと勝負するつもりはない…というと語弊があるが、そことはタイプが別であることを認識しているのではないかと思う。というのも──これがもうひとつの理由だが、そうした曲芸のような歌唱は、そもそも彼女の声質に合わないということ。アルバム冒頭のM2「Best Friend」から、彼女の歌声には独特の揺らぎがあることは多くの人が確認するところではないかと思う。それは力強さなどではなく、言ってしまえば、どこか寄る辺ない感じである。その寄る辺なさは聴き手側に何らかの効果を及ぼしているのは間違いないし、その中にこそ強さを感じるのが彼女のアーティスト性としておもしろいところではあろう。だが、それはそれとして、彼女の声質は本質的に強めの圧が似合わないのだと思う。誤解を恐れずに言えば、彼女の声は可愛らしいし、そのアドバンテージを最大限に活かすのはバリバリのブラックミュージックではないと思うのだ。少なくとも『to LOVE』ではその判断があったのではなかろうか。もうひとつ、西野カナがあえて“R&B味”を強く出さない理由は、歌詞にもあるのではないかと思う。『to LOVE』の歌詞はその内容からして、歌い上げるタイプであったり、過剰に感情を出したりする歌唱がマッチしないのでないだろうか。その辺は後述する。