今に至るL'Arc〜en〜Cielを確立した
、奇跡のアルバム『HEART』

暖冬とは言え、冬になれば街にウインターソングが流れるもので、今年もまた歌謡曲、ポップス、ロックと様々な名曲が耳を楽しませてくれている。先日ラジオから聴こえてきたL'Arc〜en〜Cielの「winter fall」に思わず耳を奪われた。秀逸なウインターソングであることは間違いないが、彼らのバンドとしての素晴らしさを感じざるを得ない佳曲である。そこで、アルバム『HEART』を引っ張り出して久々に聴いてみたら、これがすこぶるカッコ良い。まさに名盤だ!というわけで、今回はいつもに増して独断と偏見によってL'Arc〜en〜Cielの『HEART』について書いてみた。

ラルク・サウンドの本質

いきなり結論から述べるが、L'Arc〜en〜Cielのすごさは、俗にマニアックと言われたり、拡張高いと言われたりする音楽性を隠すことなく、そこにしっかりと大衆性を注入してポップに仕上げていることだと思う。分かりやすく言えば、敷居が高そうで親しみやすい。逆に言えば、親しみやすそうで敷居が高いとも言える。このバランス感覚こそがL'Arc〜en〜Cielだと思う。例えば、M2「winter fall」。初のシングルチャート1位を獲得した8枚目のシングルであり、所謂サビ頭の歌メロが立った楽曲である。分かりやすい。だが、歌に絡むストリングスとブラスの実に流麗で、楽曲全体を見事に立体化させることに成功している。それだけでも卒倒しそうなほどきれいなのに、バックを支えているのはkenのワイルドなギターという構造。そして、これは改めて言うことでもないが、全編でhydeの奇跡的なヴォーカルパフォーマンスが連なっていく。簡単に言えば、かなり豪華で過剰とも思える音作りなのだが、決して難解なだけではないし、歌メロはキャッチーで親しみやすいのだが、ヴォーカリゼーションを含めて容易に真似られる感じがしない。《真白な時は風にさらわれて/新しい季節を運ぶ/こぼれだした手の平の雪は はかなくきらめいて》と綴られた詩的な歌詞と相俟って、大袈裟に言うなら、どこかこの世の物ならざる印象すらある。

随所で確認できるバンドマジック

その確かな音楽性と大衆感の融合は今もなおL'Arc〜en〜Cielの持ち味であるが、それがいつ頃から確立されてきたかと言うと…思えば、インディーズでの『DUNE』から独自の世界観を構築していたのは間違いないし、彼ら特有のサウンドの奥行きは「ガラス玉」や「静かの海で」を有する『heavenly』辺りでも十二分に発揮されているものの、本格化したのはやはりこの『HEART』からと見るのがよいのではなかろうか。ポップ方向へシフトしたと言われている前作『True』の反動とか何とか外郭を説明する以前に、「winter fall」に限らず、その収録曲を聴けば一目(一聴?)瞭然であろう。M1「LORELEY」からしてアルバム全体を象徴している。繊細でありつつも、スケール感のあるサウンドはまさしくL'Arc〜en〜Cielではあるが、それだけに止まらず、2番でのギターがやや不協和音気味でバンドらしさを助長。パワーコードに頼らない、複雑なアンサンブルに、バンドとしての矜持が垣間見える。hydeのサックスも聴きどころだ。ジャジーなM3「Singin' in the Rain」もそう。ジャズらしきものに逃げるのではなく、「テイク・ファイヴ」的な変則のリズムを果敢に取り入れている。メロディーはものすごくキャッチーで分かりやすいが、サウンドはそう簡単に仕上げていない。逆に言えば、サウンドが複雑だからこそ、歌のキャッチーさが際立っている印象すらある。
構築美だけではない。ロックバンドならではのドライブ感もしっかりと健在…いや、健在どころか、それまで以上に強調されている印象がある。パンクチューンM4「Shout at the Devil」のハードさ、ラウドさは初期にはあまり聴くことができなかった振り切れ方だし、ザクザクとしたギターが全体を支配しつつも、そこにクリアトーンの単音弾きギターが重なり、しっかりとベースがバックアップするといった具合にアンサンブルの妙味があるM6「birth!」など、バンドサウンドがグイグイと推進していく様子がたまらなくカッコ良い。M7「Promised land」はシャッフルで、メランコリックさとポップさとを同居させているが、こちらはギターが楽曲全体にドライブ感を与えているタイプ。歌のメロディーラインからすると、(おこがましくも)「もう少し軽いタッチのサウンドでもいいのでは?」と思わなくもないが、ここに重いギターを合わせることにマジックがあるのだろう。間奏でのLRのバランスの面白さもあり、これまたなかなか興味深いナンバーだ。

ハンド最大の苦境の彼方に

白眉は7枚目のシングルでもあるM5「虹」だろう。プログレッシブであり、サイケデリックでもある短いイントロ部からして、この楽曲の容姿=バンドの標榜するものが凝縮されていると思う。また、叙情的かつ広がりを持ったメロディーはキャッチーではあるものの、万人受けするタイプというよりは、洋楽的なアプローチが強く、hydeのヴォーカリゼーションの勝利といった印象だ。前述の通り、簡単に手が届く感じではなく、マニアックと言えばマニアックな音作りなのだが、マニアを対象に溜飲を下げさせるものではなく、十分に一般層にも分け入れるだけのポテンシャルがある(実際に分け入った)。敷居が高そうで親しみやすく、親しみやすそうで敷居が高い…このバランス感覚がこの楽曲には分かりやすく存在している。タイトルがバンド名というのは間違いなく確信的な行為だったろう。
ファンならずともご存知の方は多いと思うが、この「虹」は前メンバーの不祥事を受けてあらゆる活動の自粛を余儀なくされた彼らの復活第一弾シングルとして発表されたものだ。当時彼らを直撃したダメージは今思い起こしてもかなりの深刻だった。当時は所謂CDバブルの絶頂期であり、バンド界隈のことで言えば、その前年にLUNA SEAが活動を休止していて、シーンはネクストブレイク候補を探していた頃だ。L'Arc〜en〜CielはGLAYや黒夢と並んでその候補のひとつであり、そこで起こった前メンバーの不祥事は、大袈裟じゃなく、バンドも命運も尽きたと思われるほどの出来事だった。その真っ只中でのメンバー、関係者の心境はいかばかりだったか、簡単に推測できるものではないが、今となっても個人的にはよくぞ復活できたと思う。復活第一弾の音源はL'Arc〜en〜Cielとしても強烈な意志表明であったことは間違いないし、それはそこから続いたアルバム『HEART』にしても同様だったであろう。そこで大衆にすり寄るわけでも、バンド本位過ぎるものでもない、絶妙なバランスの音楽性を示してきたことは本当に素晴らしいことだったし、今や日本を代表するL'Arc〜en〜Cielのスタンスを決定付けたと言っていいと思う。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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