八神純子の『素顔の私』は
時代の節目に生まれた
日本ポップスの傑作

『素顔の私』('79)/八神純子

『素顔の私』('79)/八神純子

3月25日、“CITY POP BEST SELECTION”シリーズの第一弾作品のひとつとして、八神純子がMOON RECORDS時代に残した楽曲をまとめたアルバム『MOON YEARS』がリリースされた。八神純子と言えば、「みずいろの雨」で鮮烈にシーンに現われた時のことを覚えている方も多いのではないかと思う。当コラムでは、やはりその「みずいろの雨」を含む2枚目のアルバム『素顔の私』をピックアップしたい。個人的には40年以上振りに聴いたのだが、今も色褪せない作品…というよりも、新たな発見が多々ある極めて優秀なアルバムなのであった。

邦楽シーンのパラダイムシフト

シングル「みずいろの雨」のヒットによって八神純子が音楽シーンのメインストリームに踊り出たのは1978年のこと。歌番組『ザ・ベストテン』への初登場が同年10月で、その「みずいろの雨」は11月から翌1979年1月まで9週間連続でランクインした。筆者は当時まだ中学生で、その音楽性などを理解できるはずもなかったが、子供ながらに彼女の登場はシーンの潮目を変えるようなインパクトのある出来事であった──そんな印象が残っている。それというのも、その同じ年に、藤山一郎や美空ひばり、村田英雄の流行歌を手掛けた昭和を代表する作曲家、古賀政男が亡くなっている。氏の逝去が1978年7月で、史上二人目となる国民栄誉賞を贈られたのがその翌月。昭和の大作曲家と入れ替わるかのように八神純子という新星が登場したかたちであった。まぁ、そうは言っても、それが中学生に実感できたわけもなく、潮目を感じたきっかけは古賀政男の追悼番組を観たことであった。

親と一緒にその番組を観るともなしに観ていたら、そこに八神純子のインタビューコメントが差し込まれていた。その番組が放送されたのは、古賀政男の死後、「みずいろの雨」のヒット後であったわけだから、1978年の年末か、もしかすると年が明けてからのオンエアだったかもしれない。放映時期もその内容もほとんど記憶にないのだが、その中で八神純子のインタビューショットがあったことはよく覚えている。彼女が冷静かつ客観的に話している(ように思える)姿がとにかく印象的だった。何よりも印象に残っていることは、彼女以外に出演していた人たちは概ね“古賀先生”と敬称を付けていたのに対して、八神純子は古賀政男のことを“彼”と呼んでいたことである。時代が違うのは当然として、その出自や系統が昭和の流行歌とまったく異なることは、ブラウン管に映る彼女の佇まいからも伝わってきた。というか、自分はそんなふうに感じた。

また、今回調べてみて“あぁ、そうだったなぁ”としみじみ思ったところなのだが、1978年というと、その年の日本レコード大賞はピンクレディー「UFO」で、沢田研二は「LOVE (抱きしめたい)」で最優秀歌唱賞を獲得した年である(ちなみにジュリーはその前年に「勝手にしやがれ」で日本レコード大賞を受賞)。郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の所謂“新御三家”も依然人気があったし、もちろん山口百恵も現役のトップアイドルであった。その一方で、俗に言うニューミュージックが台頭したのもこの頃である。“ロック御三家”と呼ばれた(らしい)世良公則、Char、原田真二もチャートに名を連ねていたし、松山千春の「季節の中で」が大ヒットし、アリスが「チャンピオン」をリリースしたのも同年だ。何よりも大きいのは、サザンオールスターズのデビューである。シングル「勝手にシンドバッド」が与えた衝撃はここで説明する必要もなかろう(分からない人はググればすぐ分かる)。

そう考えると、1978年は日本の音楽シーンで──少なくとも流行歌の分野でパラダイムシフトが起こった年と言って差し支えないがない気はする。その中において、八神純子の存在は決して小さいものではなかった。パラダイムシフトの原動力のひとつとして作用したと言っても過言ではなかろう。この時期、松任谷由実も中島みゆきもすでに音楽シーンにおけるポジションを確立していたが、ともにテレビでの露出は極端に少なかった。『ザ・ベストテン』への出演にしても、両名ともランクインはしたものの、ユーミンの生出演は一度だけ、中島の出演は終ぞ実現することがなかった。

そうした状況下で、毎週のように人気歌番組に出続けた八神純子は、女性シンガーソングライターの存在とその勃興をお茶の間に印象付けることに寄与したのではないかと思う。件の古賀政男追悼番組には桑田佳祐や原田真二も出ていたような気がすることに今気付いたのだが、八神純子の印象だけが強く残っていたのは、その時の佇まいもさることながら、あの時、彼女が女性シンガーソングライターの頂点にいたことを無意識に理解していたからのではないかと、これも今思った。作曲家はもとより、シンガーソングライターにおいてもまだまだ男性中心であった音楽シーンに、新しい時代が到来したような気分にさせられたのだろう。これが個人的な見解であることは承知の上。でも、案外共感してくれる人は多いような気はする。

OKMusic編集部

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