ゆずの『1 〜ONE〜』は多彩なサウン
ドの中で彼ららしいメロディーとハー
モニーを響かせた快作

2016年8月8日。リオデジャネイロ・オリンピック4日目、体操男子団体決勝で日本が金メダルを獲得した! 団体での金は2004年のアテネ大会以来12年振りのこと。かつて日本のお家芸と言われた体操競技の完全復活でもあり、素直に喜ばしいニュースである。…と言っておきながら、いきなりみそをつけるようで恐縮だが、金メダルを獲った瞬間をとらえた映像はアテネ大会のほうが数段ドラマティックであったとは思う。最終演技者であった冨田洋之選手が鉄棒でコールマンを成功させて逆転。金メダルを確定させて、完璧な着地を決めたというのは、今思うとできすぎな感もあるほどだ。併せてNHK刈屋アナウンサーによる実況も素晴らしかった。「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」。このフレーズはこれからも放送史に残り続ける名言であろう。ここで言う“栄光への架け橋”とは、NHKのアテネ五輪中継の公式テーマソングであった、ゆずの「栄光の架橋」からの引用であるわけだが、即ち、ゆずの楽曲も歴史に残ることも間違いない。すでに日本音楽史に名を残すことが確定しているとも言える。

伊勢佐木町のストリートから大飛躍

ゆずのふたりが横浜市中区伊勢佐木町の横浜松坂屋前で路上ライヴを行なっていたストリートミュージシャンであったことは我々のようなロートルにとっては基礎知識だろうが、結成が1996年、インディーズ・デビューがその翌年と、あれからおおよそ20年経っているわけで、10~20代の音楽ファンにはピンとこない人もいてもおかしくないだろうか。結成時はもちろんのこと、そこから1年くらいはふたりにリクエストするお客さんもいなかったそうで、当初は今その辺の駅前で歌っている路上ミュージシャンと何ら変わりはなかった…いや、下手をしたらそれ以下だったのかもしれない。それが97年10月の1st ミニアルバム『ゆずの素』のリリース前後だったろうか、あれよあれよという間に彼らの活躍が全国に広がり、98年6月のデビューシングル「夏色」で一気にブレイク。その頃も彼らは路上ライヴを続けていたが、あまりにもオーディエンスが集まるので、路上ライヴの続行を断念。最終日の98年8月30日には、台風直撃という悪天候にもかかわらず、約7,500人が集まったというから、その盛り上がりは凄まじかった。
個人的には、ゆずにはこんな記憶がある。彼らの最初のコンサートツアーでのことだから98年秋のことだ。そのツアー直前にアルバム『ゆず一家』がチャート上位に顔を出し、完全にブレイクを果たしていたとはいえ、1stツアーであるからして地方公演はライヴハウスであった。これは何も当時のゆずの人気を過小評価していたとかそういうことではなく、デビュー間もないアーティストとしては当然のことだったと言える。しかし、本公演は300人キャパ程度のライヴハウスだったので、チケットは瞬間的にソールドアウト。ほどなく追加公演が発表されたのだが、今度は700~800人キャパの小屋であった。そもそも地方では当時も追加公演自体が珍しくはあったのだが、それに倍のサイズの会場が用意されるのを見たのは後にも先にもこの時だけだ。

メロディーとハーモニーで掴んだ成功

ゆずのコンサートについて思うことはもうひとつある。ここ20数年間、デビューしたアーティストがブレイクを果たして昇り詰めていく様子をいくつも見てきたが、ゆずの上昇カーブは尋常ではなかった。大体どんなアーティストも小さなライヴハウスからスタートして、そこから1,000人前後の大きなライヴハウス→1,000人前後のホール→2,000人前後のホール→5,000人オーバーのアリーナ→スタジアム、ドームと歩んでいくのが通常である。あえてホール進出しない人たちもいるし、何度かホールを繰り返してアリーナへ進出する人たちもいる。もちろんホール進出後もなかなかアリーナ公演を実現させることができないアーティストも少なくないし、スタジアム、ドームとなるとほんのひと握りだ。しかし、スタジアム、ドーム公演を実現させたアーティストでもほとんど上記のステップを踏んでいる中、ゆずは違った。スタートは先の説明の通りライヴハウスツアーであったが、その次のツアーは1,500~2,000人のホール、そしてその次がアリーナ。その翌年の2000年には早くも『夏の野球場ツアー2000「満員音(楽)礼 〜熱闘!Bomb踊り〜」』を実現させている。一足飛びというか、ショートカットというか、こんな歩み方もまた、(少なくともロック、ポップス系アーティストでは)ゆず以外には見たことがない。
以来ここまで数々の大規模なコンサートを実現させ、多くのヒット曲を世に送り出してきたゆずの音楽性について今さら語るのも野暮な話だが、彼らの武器と言えば、親しみやすいメロディーと、北川悠仁と岩沢厚治によるハーモニー…これに尽きるだろう。デビュー当初はアコギを抱えて歌うふたりの姿から“ネオ・フォーク”といった捉えられ方もしていたが、スタイルが(特に路上での弾き語りが)似ているだけで音楽性は所謂フォークソングとは異なっている。早い段階からバンドスタイルでのコンサートを行なっていたり、積極的にストリングスを取り入れていたりすることから、変にアコースティックギターに特化するようなところがないのは明白だし、誤解を恐れずに言えば、バンドもストリングスもあくまでもメロディーとハーモニーをさらによく魅せるためのデコレーションであることも分かる。サウンドメイキングにこだわりがないというのではなく、歌をサウンドでごまかしたり薄めたりすることがないという意味だ。この辺は後述するが、純度の高いメロディーとふたりの魅力的な歌声をさらによく聴かせるため、音響を最も適切なものを施していると思われる。

ゆずの魅力を最大限に引き出す工夫

さて、そんなゆずの作品から1枚を選ぶのは、当然のことながらなかなか難しい。『ゆず一家』での1stアルバムならではの若さ漲る感じもいいし、個人的には意図的に楽しさを注入した『ユズモア』の意欲を買いたい気もするのだが、ここは時節柄…というところもあるし、04年の『1 〜ONE〜』を取り上げてみたい。日本音楽史上に残るであろう名曲「栄光の架橋」が収録されているので、この作品自体、後世まで末永く語り継がれること確実なアルバムでもあるのだが、先に述べたゆずの特徴がよく表れているとも思うからだ。全13曲収録。サウンドはバラエティー豊かだ。
M1「わだち」、M6「ウソッぱち」、M10「夏祭り」はアコギ基調で、それぞれタイプは異なるがフォーク系のナンバー。M2「1」、M3「シュミのハバ」、M8「命果てるまで」辺りはアップテンポのロックチューンで、M8は宮田和弥(Vo、JUN SKY WALKER(S))と川西幸一(Dr、ユニコーン)がメンバーだったバンド、ジェット機が演奏に加わっている。また、M7「積み木ゲーム」はファンク、M12「夢の地図」はモロにモータウンと、パッと聴きアクの強いナンバーもある。しかし、歌が始まると、これがどう仕様もなく、ゆず色になってしまうのだ。
M5「白鳥」を例に挙げよう。イントロから中国の楽器、胡弓やヤンチンを取り入れている他、後半がピアノもフィーチャーされジャジーな雰囲気もあるナンバーだ。メロディーも大陸風で、このように分解すると、まったくゆずらしくないと断言したくなる楽曲なのだが、歌が入ると、不思議とサウンド面が気にならないほどに歌に耳が行くのだ。これは明らかに歌に沿ったアレンジがされているからであろう。その証拠はM2「1」にある。これもまたジャングルビートが印象的なナンバーで、パッと聴きはゆずっぽさがない。しかし、サビメロでの♪Wow Wow♪のシャウトはこのビートと実に馴染みがよく、♪Wow Wow♪があるからジャングルビートにしたのだと思われる(確証なし)。ゆずのふたりとプロデューサーである寺岡呼人氏はその辺のことよく分かっており、バラエティーさとゆずらしさを違和感なく融合させたのだと思う。
この『1 〜ONE〜』、収録曲の歌詞もいい。良い意味で過度なメッセージ性がないのもゆずの楽曲の特徴であり、その辺が老若男女、幅広いリスナーに支持される大衆性につながっていると思われるのだが、本作はそんなに無味無臭でもない。とりわけM2「1」やM5「白鳥」、M8「命果てるまで」で見せる生命との向き合い方が印象的だ。《生きられるのに死んだ人がいる/死にたくないのに死んだ人がいる/生きているのに死んでる 死んでる人がいる》と綴られるM8が最も鮮烈だが、そこも過度にならず《命果てるまで 灯火が消えるまで/強く もっと強く 魂を焦がしたい》とポジティブに着地しているのはゆずらしい。明らかに死を歌っているM5も、《僕等はどこから来て どこに帰るのでしょう/それはきっと神様だけが知っているのかな?/とっても寂しい だけど/目を閉じればいつも君はここにいるから》《きっとまた会えるよね 約束したものね/そしてまた生命(いのち)は繰り返されてゆく》と、変に辛気臭くはならず、どこか前向きである。これは私見だが、このアルバムはM12「夢の地図」がラストでもバランスは悪くないと思う。M13「栄光の架橋」は制作背景の違いだろうか、どことなくボーナストラック的な雰囲気でもあるのだが、そこまでの歌詞が根源的な内容なものがあるからこそ、M13の歌詞が深みを増しているようなところもある。だからこそ、ベタなことはわかっているが、聴く度に感動してしまうのである。

著者:帆苅智之

OKMusic編集部

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