聴き継がれてほしいバンド、ザ・スト
リート・スライダーズのヒット作『天
使たち』

ザ・ストリート・スライダーズはロックンロールの虜になった人たちに語り継がれるべきバンドだと思う。もしも、彼らが再結成して夏フェスなどに出演したら…と想像すると、若い世代は「こんなにキテるロックンロールバンドがいたのか」と両手放しで受け入れるのではないだろうか。アイドル全盛期の80年代初頭にデビューしたスライダーズは、当時のシーンの中で浮いた存在だった。あれから時は移り変わり、35年近く経って、今もまた違う意味でのアイドルブームである。生のグルーブ命のロックバンドは片隅に追いやられている感が否めない。こういう時に復活するのがいかにもスライダーズらしい。無責任で勝手な意見だということは分かっちゃいるけれど、単純にまた彼らのライヴを観てみたいし、不安定で突破口が見出せない時代に彼らの曲はすっぽりハマる気がするのだ。名盤は数々あれど、スライダーズ未体験者にまず、聴いてみてほしいのが彼らの名前をメジャーにした1986年に発表された5枚目のオリジナルアルバム『天使たち』だ。この翌年の1987年にスライダーズは初の日本武道館ワンマンを敢行する。まずは、彼らがどんな存在だったのか振り返ってみたい。

日本が生んだ湿気を孕んだ最高のロック
ンロールバンド

スライダーズのメンバーはHARRY(Vo&G)、蘭丸(G&Vo)、JAMES(B&Vo)、ZUZU(Dr)の4人。大学在学中にバンドを組んでいたHARRYとJAMESがイベントで知り合った蘭丸とZUZUを誘って1980年に結成したのが始まりである。ちなみに大学の軽音楽部の後輩だったのが浦沢直樹で、『20世紀少年』の第1巻にケンヂの先輩として登場する“スパイダーさん”はHARRYがモデルではないかと言われている。ローリングストーンズの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」を弾いているケンヂが武道館の夢を語ると、気怠そうに「武道館一杯か…それもありだな…」と答え、実際にその3年後にスパイダーさんは武道館を満員にしたという下りが出てくるからだ。その逸話はさて置き、スライダーズは1983年にシングル「BLOW THE NIGHT!」とアルバム『SLIDER JOINT』でデビューを飾ることになる。世の中的に景気が上向きになり、明るいムードが漂ってきている中、退廃的でダルそうなムードをプンプン巻き散らしているストリート・スライダーズの存在は衝撃的であった。ジャケットやアーティスト写真を見ただけで、誰もが“これは不良だろう”と思ったに違いない。個人的には新しいタイプのバンドが出てきたというよりも、70年代に雑誌やテレビで観たようなヤバい匂いのするバンドを思い出した。
そして、想像通り、彼らは1度、ハマったら抜け出せなくなるような中毒性のあるロックンロールを鳴らしていた。そのビート感から、スライダーズはローリングストーンズに強く影響を受けたバンドと位置付けられていたが、当時、感じていたのは彼らが紛れもなく“日本”という土壌から生まれたバンドであるということだった。1stアルバム『SLIDER JOINT』や2ndアルバム『がんじがらめ』の頃の印象が強いのかもしれないが、彼らの曲を聴くと地下のスタジオやライヴハウスの独特の空気や、雨の日を思い出した。ストーンズも曇り空が多い英国で生まれたバンドではあるが、スライダーズのロックンロールはもっと湿気を孕んでいた。
そして、彼らのライヴは文句なくカッコ良かった。腰を落としたスタイルでHARRYと蘭丸のギターが粘っこく絡み合っていくステージはスリリングで、その時の気分で構成が変わっていくジャムセッションを観ているような生の刺激が充満していた。結成当時から福生や横田基地のキャンプで外人相手にライヴを重ねてきたバンドならではの肝の座ったパフォーマンスやフロントの2人のカリスマ性が世の中に浸透していくのは時間の問題だった。とはいえ、バンドブーム前夜の時代に愛想ゼロのスライダーズが日本武道館にまで昇りつめるとは想像もしていなかったのだけれどーー。
エピソードとしてもうひとつ強烈に覚えていることは彼らが日本で1、2を争うんじゃないかと思うぐらいに寡黙なバンドだったことだ。雑誌にはよくインタビューが掲載されていたが、あまりに無口なため、コメントの半分ぐらいが「…………」だった記事をよく見た。発言だけではどうにもページが埋められないから、そうなっていたのだと思うが、それを見て「どんだけ、喋らないんだ!」と軽くショックを受けていた。スライダーズがブレイクして、しばらく経った頃だったと思うが、編集の人にインタビューを依頼されたことが1度だけある。ライターとして駆け出しだったこともあるけれど、そういう記事を読んでいただけに、好きなバンドなだけに、ビビって「荷が重すぎます」とお断りしたのは忘れられない記憶だ。なんだか、とても、もったいないことをしたのかもしれないとも思う。
なお、スライダーズは1991年に活動を休止、その3年後に復活し、1996年には東京と大阪で対バン形式のライヴを行ない、エレファントカシマシやシアターブルック、イエローモンキー、東京スカパラダイスオーケストラ、斎藤和義、忌野清志郎らと共演、同年にはブランキージェットシティ、ザ・ハイロウズとの3バンドによるイベント『Rock’n Roll Japan』に出演している。ラストステージは2000年の日本武道館。最初から最後までスライダーズの美学は貫かれた。

アルバム『天使たち』

のちにシングルカットされ、代表曲のひとつとなった「Boys Jump The Midnight」で幕を開けるアルバムのプロデュースを手がけたのは今は亡き佐久間正英氏で、過去の作品と比べてメジャー感のある仕上がりになっているのが印象的だ。HARRYのハスキーでシャウト気味のヴォーカルとシャキッとしたビートが痛快な1曲目からして勢いを物語り、くすぶっている少年の心理を描いて《警告があふれている街で自由をはなしはしないさ》、《かなしばりのday by day ベッドをぬけだそうぜ》とメッセージする歌詞は今、聴いても刺さってくる。JAMESとZUZUのリズムセクションから始まる「Special Women」も新たなスライダーズを感じさせる曲でホーンを取り入れたアレンジも含め、ルーズなノリが特徴だった過去の楽曲とは毛色の違うハイパーでファンキーなナンバー。蘭丸のギター、HARRYのライヴ感たっぷりのヴォーカルなど聴きどころ盛りだくさんだ。そして、ステージでよく演奏されていた「Back to Back」はドライブするビートが快感のロックンロール。この最初の3曲を聴くだけでも、スライダーズのライヴバンドっぷりがダイレクトに伝わってくる。《雨はいつから降りだしたのか》という出だしで始まる「蜃気楼」にはブルージーなテイストが感じられるし、「VELVET SKY」にも彼ららしい憂鬱なムードが漂っているが、アレンジのせいか、音がパキッとしているせいか、湿り気や濡れた感触がさほど感じられないのも本作の特色だ。ベクトルが外に向かっているからこそ、聴きやすいし、次のステップへと踏み出したバンドのパワーが感じられる。また、彼らの名曲として評価が高い「Angel Duster」が収録されているのも大きなポイントだ。切ないメロディー、絡み付くようなバンドアンサンブル、《ヒザを抱えた天使 いつのまにか老いぼれていくのさ》という歌詞にもドキリとさせられる。蘭丸がリードヴォーカルをとる「Lay down the city」も4人が演奏している姿が浮かぶようなロックンロールだし、ラストを飾るザラついたアコースティックナンバー「嵐のあと」まで、バンドらしいバンドの魅力を十二分に感じさせてくれるアルバムだ。本作以外の曲でも「のら犬にさえなれない」、「So Heavy」、「カメレオン」、「風が強い日」など、クールなナンバーはまだまだあるので、気になった人はぜひ!

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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