山下達郎の『RIDE ON TIME』は
巧みなアレンジと、
あふれんばかりのアーティストの熱に
完全に脱帽
バンドに対する愛情と決別
《目を閉じれば そこに/MY SUGAR BABE/今夜も夢の道で会えたね/はるか日々を飛び越え/君は僕を酔わす/OH MY SUGAR BABE》《気が付けば 時は流れて/残された僕は ひとりですべってゆく/もう振り向きはしないから/僕を見てておくれ/OH MY SUGAR BABE》(M6「MY SUGAR BABE」)。
“SUGAR BABE”とは山下達郎がソロ活動以前に参加していたバンド名と同じであることは、ファンならずともご存知の人も多かろう。この楽曲はまさにそのバンドをテーマにしたものだという。そこにどんな想いを込めたのか、これまた本人に語っていただく以外に確かめる術はないが、上記の内容からは、深い愛情と同時に決別の気持ちが伺える。ソロアーティストとしての決意があったことは間違いなかろう。
アルバムはM7「RAINY DAY」~M8「雲のゆくえに」と続いていくが、雨→雲と繋がっていくのが洒落ている。また、雨→晴でも雨→太陽ではなく、あくまでも雲≒曇というのも、このアルバムが地味である所以なのかもしれないとちょっと思う。M7もまたミドル~スローではあるが、アルバムをここまで聴いてくると、ゆるやかなテンポでダレないアンサンブルを何曲も仕上げているところに職人仕事を感じるところだ。ピアノがキラキラとしているものの、シタールが聴こえてきたり、コーラスにリバースっぽいエフェクトがかかっていたりと、サイケデリックな味付けがされていて、単に綺麗なナンバーに終わらせていないことにも気付く。どこか不穏と言えば不穏。そう思って聴き進めていくと、《だけど幸せな日々は続かず/ただ 思い出が残されただけ》という歌詞に辿り着くので、妙に納得してしまう。なので、後半のファルセットが続くボーカルには悲しみ以外を感じられない。
M8は軽快なリズムとギターのカッティングで進むナンバー。M7よりもリズミカルだが、それほど速くもない。シカゴソウルを意識したということで、確かにBarbara Acklin「Am I The Same Girl」辺りに近い雰囲気があるが、そこまでカラッと突き抜けた感じがしないのは、やはり“雲”をモチーフとしているからだろうか。だが、このナンバーには突き抜けないからこその良さがあるような気がする。もしサビメロでドカンと盛り上がるような楽曲であったなら、このバンドアンサンブルは(とりわけ後半で長めに続く箇所は)味わえなかったであろう。
ラストはM9「おやすみ」。アルバムのフィナーレに相応しいタイトルではある。ほぼ本人によるピアノ弾き語りの一発録りのみというシンプル極まりないナンバーであり、重ねられたシンセやコーラスがやや明るめだが、全体のトーンは決して明るい感じではない。メロディーもコードも渋い。これで終わりというのは確かに地味だ。しかし、これが正解なのだろう。同じ年の5月にリリースされてチャート3位を記録したシングル「RIDE ON TIME」を受けて、その秋に発売されたアルバム『RIDE ON TIME』ではあるが、こういうスタイルであることで、発表から40数年を経た今聴いても、コマーシャルリズムに塗れなかったことをありありと感じることができる。当時の氏の反骨心のようなものが閉じ込められていると考えると、その容姿とは裏腹に実にロックな作品と言うこともできるのではないだろうか。
TEXT:帆苅智之