山下達郎の『RIDE ON TIME』は
巧みなアレンジと、
あふれんばかりのアーティストの熱に
完全に脱帽

喰わず嫌いはしちゃいかん

隠しておいても栓なきことなので告白するが、筆者は初めて『RIDE ON TIME』を聴いた。いや、山下達郎のアルバム自体、今回初めて聴いたと思う。当初、今回の邦楽名盤コラムは他のアーティストを用意していた。しかしながら、ここ数週間、さまざまな媒体で山下達郎、山下達郎と喧しい。11年振りとなる氏の最新作『SOFTLY』が発表されたわけで、それも当然だろう。界隈では祭り状態だったと言える。その祭りを横目にまったく無視はできまい。何しろ、曲がりなりにも当コラム“これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!”と題している。山下達郎を抑えずして、何が邦楽名盤であろうか――そういうわけである。よりによって筆者だけでなく担当編集者もアルバム単位で山下達郎を聴いたことがなかったようで、“山下達郎を取り上げないとマズくないですかね?”と尋ねると、“ですかねぇ…となると、『RIDE ON TIME』か『FOR YOU』ですかね? こちらにはアルバムはないのですが…”と返ってくる始末。こんなコンビで邦楽名盤コラムをお送りしているのは客観的かつ冷静に考えて我ながら不安にもなってきたが、それはともかく、そんな筆者が初めて山下達郎のアルバム、初めて『RIDE ON TIME』を聴いて(とりあえず前半だけ)解説してみたのが、件の文章である。長年のファンには“何を今さら…”と思われる箇所は多々あろうかと思うが、思ったところを素直に記してみた。個人的に最も印象に残ったのは、本文でも述べたように、クールなミュージシャンだと勝手に思っていた山下達郎の熱さである。

M1「いつか」やM4「RIDE ON TIME」で長々と分析したようなアレンジ、バンドアンブルのち密さはイメージそのまま、いや、イメージを遥かに上回る職人気質を感じさせるものであったが、その核にあるもの、音楽に向かう原動力や推進力となっている氏の情熱のようなものは熱々なのである。A面の4曲、アルバム前半でもそれが受け止められた。氏のコンサートでは観客を立たせないとか、テレビでの顔出しのインタビューをNGとしているとか、氏のミュージシャンとしてのストイックな姿勢を耳にして、冷静かつ頑固な方だと筆者が決めつけていたところはある。それ故にハードルの高さも感じていた。勝手な話であることは承知している。だが、今回、何となくのイメージで喰わず嫌いはしてはいけないという当たり前のことを改めて思い起こし、恥じ、反省しているところである。

で、『RIDE ON TIME』後半、アナログ盤でのB面である。結論から先に言えば、A面に比べてわりと落ち着いた印象ではある。耳馴染みのあるシングル曲をもう1曲くらい入れてもいいような気がしなくもないが、その辺は本人が意図しなかったのだそうだ。[このアルバムは浮き足立ったりせず玄人受けする内容にするのだという意思が強く働いた]のだといい、アルバム全体としては地味であると認めているという([]はWikipediaからの引用)。だが、そうは言っても、はっきりした派手さはないものの、単にシンプルというわけではない、B面もそれこそ職人技とも言える楽曲作りが垣間見えるものばかりだ。M5「夏への扉」はSFファンなら必ずピンと来るタイトル。Robert A. Heinleinの古典的SF小説をモチーフとして、吉田美奈子が歌詞を書いたものだ。ミドルテンポの比較的ゆったりとしたリズム。ドラムとベースも淡々としているし、サイドギターも同じフレーズ繰り返されるが、そこに確かな前のめり感があるのがおもしろい。歌もA、B(あるいはAとサビ)で構成されているので、所謂Jポップ的な展開もない。後半では若干シャウト気味なヴォーカルも聴けるが、A面ほどのアツさもないし、間奏のフリューゲルホーンもそれほど高らかに鳴らされるわけでもない。そんな中にあって、B(サビ)でベースが少し忙しくなったり、ドラムがちょっとだけ変化したり、エレキギターもの単音弾きが前に出たり、コーラスが入ったりすることで、楽曲に推進力を与えているようである。各パートがほんの僅かにさりげないフレーズを加えるだけで、楽曲全体が変化していく。そんなバンドアンサンブルの妙味が伺えるM5である。

OKMusic編集部

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