西川貴教の潜在能力の高さこそが
T.M.Revolutionの
核であることが分かる
傑作アルバム『triple joker』
J-ROCK最高のポップアイコン?
そんなわけで「HOT LIMIT」のMVを観返してみた。[赤い星形のステージが設置された海上で風を受けて踊るというもの]で、客観的に見れば至って真面目でシャープなMVである(※[]はWikipediaからの引用)。大型扇風機が映っていて、西川貴教の髪をなびかせているのはそいつの仕業であることが分かるなど、いわゆる裏方のスタッフも完全に見切れていて(※あそこまでくると、見切れるというのではなく、わざと映しているのだろうけど)、MVの撮影風景も分かる作りだが、別段、ギャグ要素はない。自分はその方面の関係者でもないので実際のところはどうだか分からないけれども、芸人さんが参考にするようなものではなかろう。それなのに、件のように今でも「HOT LIMIT」のMVがネタにされるというのは──もっと言えば、“風を受けながら歌うことがT.M.Rだ”という演者と視聴者の間での共通認識として成立するというのは(※少なくとも、その芸人さんはそう考えていたからネタにしたのだろう)、そのインパクトが相当に強かったという証左であろう。
また、それをネタにされることをT.M.Rサイドが容認したことも、今も“風を受けながら歌うことがT.M.Rだ”と認識される大きな要因だと思われる。いや、容認どころではない。それはほとんど煽りと言っていいと思う。そもそも風を受けて歌うのは「HOT LIMIT」に始まった話ではなく、5th「HIGH PRESSURE」と6th「WHITE BREATH」(共に1997年)から続いた演出で、むしろ「HOT LIMIT」はセルフパロディー的だったと言える。さらに、2016年に発表したデビュー20周年記念のオールタイムベストアルバム『2020 - T.M.Revolution ALL TIME BEST-』のジャケ写は、“HOT LIMITスーツ”を着た人物の顔を風で飛んできた新聞紙が覆っているという代物で、顔は写っていないけれど、それがT.M.Rであることが分かるデザインが施されている。悪ノリと言えばそうかもしれないが、徹底したその姿勢には感服するばかりである。
西川を支える最重要トリニティー
まずは、全楽曲で作曲、編曲を手掛ける浅倉大介のすごさである。彼はT.M.R以前に貴水博之とのユニット、accessでシーンを席巻し、1994年にはアルバムをチャート1位に叩き込んだアーティストであるからして、改めて言うまでもないのだが、『triple joker』ではそのヒットメイカーの手腕を如何なく見せつけている。“捨て曲がない”とはよく言われることだが、ほんと本作もそうで、“よくもまぁ、これだけキャッチーなメロディーを書けるなぁ”と思うほどである。M3「WHITE BREATH -MORE FREEZE MIX-」、M6「LEVEL 4 -LEVEL→V MIX-」、M11「HIGH PRESSURE -MORE HEAT MIX-」といった本作発売時点で既発のシングルナンバー以外もメロが立ったものばかりで、のちにM1「蒼い霹靂」がシングルカットされたというのも十分にうなずけるところである。アルバムのオープニングナンバーがリカットされることもなくはなかろうが、それほど多い事例ではないことであるからして、M1「蒼い霹靂」の事例からも『triple joker』収録曲のメロディーが際立っていることが分かるというものではなかろうか。
アップチューンだけでなく、M4「O.L」、M7「Slight faith」、M10「Twinkle Million Rendezvous」といったミッドナンバーもメロディアスだ。こうなると徹底している…というよりも、これは浅倉大介の資質とも言えるのだろうが、繰り返し聴いていくと、T.M.Rにおける特徴も見えて来る。その旋律にはどこか憂いを秘めた印象のものが少なくない。M9「Joker -G CODE MIX-」が顕著で最も分かりやすいと思うが、M3「WHITE BREATH -MORE FREEZE MIX-」、M6「LEVEL 4 -LEVEL→V MIX-」にしてもそうした面が垣間見える。それこそ「HOT LIMIT」のMVのイメージもあるのだろうが、T.M.Rと言えば、カラッと明るくて、誤解を恐れずに言えば、享楽的な楽曲こそが彼の魅力と勝手に思い込んでいたところがあったけれども(※そうした部分があることも事実であろうが)、そこに覆われたシリアストーンも重要なファクターであることにも気づくのである。それも『triple joker』というアルバムの特徴ではなかろうか。M11「HIGH PRESSURE -MORE HEAT MIX-」がラス前(※というか、M12「JUST A JOKE」がインストなので実質的にラスト)に置かれ、その前がM10「Twinkle Million Rendezvous」なので、M11はどこかライヴコンサートにおけるアンコール曲のような雰囲気があるが、それもそれ以前の楽曲でシリアストーンが感じられるからだろう。
続いて、井上秋緒が手掛ける歌詞について記そう。ファンならずともご存知の方は多いとは思うが、T.M.Rは個性的である。とは言っても、T.M.R以降にはさらに個性的な歌詞を持つ楽曲も生まれてきたので(※ORANGE RANGEなどがそれに当たるだろうか)、今となってはそれほど驚くものではないかもしれないけれど、口語体でかなり砕けた印象の歌詞は当時なかなか興味深くはある。気になったものを以下にいくつかピックアップしてみる。
《凍えそうな 季節に君は/愛を どーこー云うの?/そんなん どーだっていいから/冬のせいにして 暖め合おう》《こんな寒い 時代に僕が/何を どーこーできる?/そんなん どーだっていいよと/云えない君と 淋しさ舐め合うけど》(M3「WHITE BREATH -MORE FREEZE MIX-」)。
《最終電車を見送って 3割増のタクシー/寂しいのは僕より サイフの中身の方かも/「一言 今日多すぎたかな?」/パジャマでうなだれる/「もうちょっと 気を遣っておけば…」/タラレバだけ 繰り返し》《「ビデオの予約忘れてたっ!」/「ここなんで シミ付いてんの?」/「あ~っ!また ウチの犬逃げてるっ!」/真夜中はチョ~忙しい》(M5「MID-NITE WARRIORS」)。
《チカラもナイお金もナイ/ナイナイばっかでキリがない 現状はそんなんで/どうせなら街くらい 綺麗な子と歩きたい/気が付いただけだ》《まるで相手にされてない 痛みがまた刺激だよ》《快楽も 知ってしまえば/ちょっとやそっとじゃ 満たせなくなるよ/ハーレムを作りたいとか/そーいや昔 思ってたっけな》(M6「LEVEL 4 -LEVEL→V MIX-」)。
《カラダを夏にシテ カゲキに さあ行こう/夏を制する者だけが 恋を制する/もう覚悟を決めちゃって》《星の渚で ダンスをいっちょ踊るような/(笑)(カッコワライ)が、一度くらいあっても。》《ウッカリ タカノリの 期待の楽園/経験だけがものを言う 恋を制して/人生観変えちゃって》(M11「HIGH PRESSURE -MORE HEAT MIX-」)。
M5「MID-NITE WARRIORS」が顕著だが、会話文、しかもその辺にいる人が普段何気に話しているような言葉が歌詞になっている。それがラップ的なものならまだ分かるが、しっかりとメロディーに乗っているのが恐るべきところだ。井上秋緒はT.M.R以前にもaccessの楽曲などで浅倉大介とコンビを組んでいたので、この時点ではツーカーの間柄だったのだろうけれど、それにしてもお見事だ。キャッチーなメロディーに乗せた日常会話的センテンスはT.M.Rの親しみやすさに大きく寄与したことは疑うまでもない。