中村雅俊の歌手キャリアの
スタート作『ふれあい』に
アーティストとしての
懐の深さはすでに備わっていた
デビュー作から気鋭の作家を起用
やわらかなメロディーがドラマチックに展開するM1と、ファンキーなロックチューンのM4。M3は和テイストの中にオリエンタルな雰囲気も漂わせ、M8は“デンマーク”とは名ばかりのソウルフルでアメリカンな楽曲。M2では若干トーキングスタイルの入ったブルージーなナンバーを聴かせている。どちらかと言えば、フォーキーな印象ではあった「ふれあい」とはタイプが異なるものばかりである。子供の頃からGSや洋楽が好きだったという氏にとってはこちらのほうが性に合ったのかもしれない。演奏はリズムセクションを石間が加入していたトランザムが、シンセサイザーとメロトロンをミッキー吉野が担当しており、歌詞の内容はともかくとして、メロディーを活かすアレンジが取られているのは間違いがない。M2のサイケデリックな感じもいいし、M8の派手のホーンセクションも躍動感がある。
さらに注目したのは、M5「想い出のかたすみに」とM9「俺の地方の子守唄」。M5は作曲がブルース・バウアー、M9は泉つとむの作曲である。まずM9から行くと、泉つとむは1973年デビューのプログレッシブロックバンド、コスモスファクトリーのヴォーカル兼キーボードを務めていた人物。筆者は不勉強なことにこれまでコスモスファクトリーを存じ上げなかったのであるが、この度、気になって聴いてみたら、そのカッコ良いサウンドに軽くぶっ飛んだ。今も海外で評価が高いという話にもまったくうなずけるクオリティーである(コスモスファクトリーの楽曲がQuentin Tarantinoの映画『キル・ビル』で使用されたというのはホント?)。M9では作曲のみの参加だが、この時期の中村雅俊も、言わば気鋭のバンドマンを自らのチームに引っ張ってきており、ここからも、冒頭で述べた氏の挑戦的なスタンスが垣間見えるのではなかろうか。
M5のブルース・バウアーはおそらく、1973年にミッキー・カーチスのプロデュースによりアルバム『KIDS members of nature’s revival』を発売したシンガーソングライター、Bruce Bauerのことではないかと思う。“おそらく”というのはこのBruce Bauerの情報がほとんどないからで、筆者が探し得た情報は、もしかすると正確なものではないかもしれないので、お取り扱いにはご注意いただければと思う(もしくは筆者が勉強不足なだけかもしれないので、先に謝っておく、すみません)。Bruce Bauer はSilk Taylorという名前で米国でも活動していた人らしく、日本を観光で訪れた際、何故かは分からないが片言の日本語で「ブルースのメニュー」というシングルを作ったという。アルバム『KIDS~』には「I Love Rock 'n' Roll」の作者としても知られるAlan Merrillも参加しており、シングル、アルバムともに今も一部好事家の間で喜ばれる代物らしい。想像するに1973年のある時期だけ話題になったアーティストであったのだろう。M5での、ややメランコリックところからサビで劇的に開放的になる展開を聴く限り、即に言う“際物”などではなく、メロディーメーカーとしてはそれなりに才のあった人物であったようには思う。メロディー展開、歌詞に呼応した大仰なサウンドもだいぶ面白い。それよりも何よりも、アルバムとは言え、こうした米国人シンガーソングライターの書いたナンバーを収録した中村雅俊及びスタッフは、やはり懐が深くて大きかったと言わざると得ない。言うまでもなく偉大なるアーティストである。
TEXT:帆苅智之