菊池桃子のデビューアルバム
『OCEAN SIDE』は、
林 哲司のプロデュースによる
シティポップの傑作

当時のアイドルらしからぬAOR

さて、ここからは『OCEAN SIDE』の内容を見ていこう。オープニングM1「OCEAN SIDE」から、今や“シティポップを代表するメロディメーカー”と異名をとる林 哲司らしさ全開で迫る。キラキラとしたシンセサウンドに乗ったギターリフから只者ではない感じだが、そこからEarth, Wind & Fireばりの軽快なホーンセクションが入る。無条件でアガるサウンドである。ブラスアレンジは伝説的ブラスロックバンドのトランぺッター、兼崎順一が担当。これぞ本物の躍動感というべきだろう。チョッパーべースも印象的で、リズムはファンキー。アウトロでは流れるようなサックスが聴こえてくる。誰の楽曲か知らない人に聴かせたら、少なくともアイドルソングとは思わないのではないか(当時からそういう感想を抱いたリスナーもいたそうな…)。AORと言って良かろう。しかも、とても上質なAORである。そのM1のご機嫌なサックスが鳴らされるアウトロがフェードアウトして始まるM2「SHADOW SURFER」は8ビートのアップチューン。歌のメロディーラインは、M1に比べたらアイドル然とした印象ではあるものの、ウエストコースト風のさわやかさを孕んでる。やはり、当時のアイドルソングとは一線を画していたことが感じられる。

M3「BLIND CURVE」がまた絶品。エレクトロファンクというカテゴリーでいいだろうか。硬質で無機質なビートに乗せられつつ、ブラックミュージック的なノリを見せる。M1、M2とは雰囲気が異なり、マイナー調でスリリングさがあるところも実にいい。M4「SUMMER EYES」へのつながりを考えてもベターだ。で、そのM4。2ndシングルでもある、これも屈指の名曲と言ってよかろう。やや暗めのメロディー、コード感が素晴らしいのは間違いないけれど、Bメロからサビへの展開、ラスサビの転調など、聴かせどころをしっかりとわきまえている(という言い方でいいのか?)。林 哲司の職人っぷりを感じさせるに十分な傑作だろう。3rd以降もシングルはしばらくこの落ち着いた雰囲気の路線を踏襲していくけれど、それは「SUMMER EYES」で確かな感触を得たからではないかと想像するほどである。

この『OCEAN SIDE』はアナログ盤ではM1~5が“OCEAN SIDE”、M6~9が“YOUR SIDE”となっていたそうであるが、“OCEAN SIDE”の最後を飾るのがM5「FUTARI NO NIGHT DIVE」。これもちょっと切ない感じのいいメロディーを持った楽曲である。楽器が奏でるアーバンな香りもさることながら、歌の主旋律を支えるコーラスワークがとにかく気持ち良い。特にBメロ。正直言えば、この時点での菊池桃子の歌唱力はまだ危なっかしいところがあったけれども、コーラスがバックアップすることで歌ものとしてしっかりと聴けるようになっていたのではなかろうか。そんなことを思ったところではある。ちなみに、M5以外も見事なコーラスばかりだが、オメガトライブのメンバーが参加している楽曲が多いことは、ファンの間では有名な話だろう。

“YOUR SIDE”はデビューシングルでもあったM6「青春のいじわる」からスタート。サビメロやイントロ前半はわりとアイドル然としているものの、AメロからBメロにかけてはAORを意識していたと思しきアレンジではなかろうか。そのサビやイントロもノスタルジックな雰囲気であって、これはこれでまったく悪くはないとは思う。ただ、デビュー曲だっただけに、“AOR路線でいくのか、それとも、やはりアイドルらしさがあったほうがいいのか”と少しばかり逡巡があったのではなかろうか、そして、その痕跡がサビとイントロに残っているのではなかろうかと、邪推してしまうのは自分だけだろうか。多分、自分だけだろう。

M7「EVENING BREAK」は本作の中では最もアイドル然としたナンバーと言っていいかもしれない。明るいアップチューン。“OCEAN SIDE”とは大分印象が異なる。ただ、さすがにそこまでキャピキャピとした感じはなく、どなたかもおっしゃっていたけれど、ある時期の松田聖子を彷彿させるところではある。また、のちの9thシングル「Say Yes!」(1986年)に通じる気もする。そこから一転、M8「SO MANY DREAMS」は、やはり…というべきか、AORを感じさせるミドルナンバー。キラキラとしたシンセもいいけれど、ギターのアプローチがカッコ良い。間奏のソロはアーバンで、こう言っては何だが、聴く人が聴いたら“アイドルソングでそこまで力を入れんでも…”と思うようなサウンドだろう。そこだけでも、『OCEAN SIDE』、菊池桃子への力の入れようが分かろうというものだと思う。それはアルバムのフィナーレ、M9「I WILL」も同様。ピアノとストリングスがあしらわれたドラマチックなバラードで、アウトロの長さからは、この楽曲が単なる歌ものとして作られていなかったことも分かるし、そこではバンドの演奏のテンションの高さ、熱の入りようも確認できて、本作の只者ではなさを再確認するのであった。

OKMusic編集部

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