中原理恵の『KILLING ME』は
過渡期だからこそ
生まれた歌謡曲と
シティポップをつなぐ音楽的史料
歌詞にも“世代間の隔たり”が…
M3「個室」とM4「ドリーミング・ラブ」は前述の通り、若き日の山下達郎が手掛けた逸品。M3はラテンフレイバーのアップチューンで、キビキビとしたブラスアレンジはB面とは明らかに思想が異なる印象がある。こちらもギターが秀逸で、バックでのカッティングもさることながら、間奏で聴かせるソロがやたらと聴かせる。とてもカッコ良い。タイトル通り、キラキラとしたサウンドのM4は、フィラデルフィアソウルを意識したと思われる都会的なミドルテンポのナンバー。抑制の効いたサウンドで、何かが突出しているわけではないけれど、それゆえに全体に上品な雰囲気が漂う。歌メロは若干歌謡曲を感じさせるところがなくはないけれど、サビのコーラスワークは達郎節といった印象すらある。
M5「By Myself(わたし…)」もキラキラサウンドで、これもAOR、シティポップと言えるだろうが、他とは異なる小林泉美カラーが出ているように思う。随所随所で細かくさまざまな楽器が配されているところや、全体に横たわるストリングスが楽曲をドラマチックに展開させていく様子も興味深い。この辺は映画やドラマの劇伴も制作していた小林氏ならではなのかもしれない。こんなふうにA面は(そういう言い方をしていいかどうか分からないけれど)“正統派”ばかりである。
歌詞の話をしてこなかったけれど、歌詞は凡そラブソングで、男女の機微を女性目線で描いたものがほとんど。しかも、悲恋が多いようにも思う。A面、B面とで内容が分かれているようなところもなく、その辺は中原理恵のクールな見た目に合わせて一本筋を通したのかもしれない。注目したのはM8「抱きしめたい」。メロディー面、サウンド面では新進気鋭と大御所がA面、B面で分かれていることをここまでで説明してきたが、このM8の歌詞には、そうした“世代”が描かれている。もっと言えば、“世代間の隔たり”みたいなものである。
《髪をのばせば自由になれた時代もあった/壁のGuitarを横眼でさしてあなたが微笑う/ちょっと旧いわ 今の流行りはリーゼントなの/わざといじめてみたくなるほど淋しい瞳》《あなたはおもいで世代/私は夢追う世代/時の流れは激しいけれど/あなたは淋しさを抱きしめたい》(M8「抱きしめたい」)。
松本隆がこの歌詞にどんな想いを込めたのか分からないけれど、この歌詞の楽曲が収められているところもまた、本作『KILLING ME』が邦楽シーンの過渡期、端境期に作られた作品であることを強調、裏打ちしているように感じられないだろうか。
TEXT:帆苅智之