薬師丸ひろ子の
シンガーとしての出発点、
『古今集』に見る
確かな作品クオリティー
映画も歌のその品質にこだわり
音楽面では、何よりも薬師丸ひろ子の1stアルバム『古今集』に、その作品クオリティー優先の姿勢が表れていると思う。各収録曲については一旦置いておいて、その外形上の特徴から音楽作品として真摯に制作されたことが分かる。本作収録曲は全て初出のオリジナル曲なのだ。これはアイドルに限らず、すべてのシンガー、アーティストにおいて今も相当に珍しい事例である。「セーラー服と機関銃」と2ndシングル「探偵物語/すこしだけやさしく」(1983年)も収められてはいたものの、それらは初回限定盤にスペシャル盤として付属していた(つまり2枚組。2005年に『古今集+4』として再発売された時には全13曲が1枚に収められた)。今も定番となっている“先行シングルはアルバム2曲目に置く”なんてこともしていないのである。それは、本作のリリースが1984年2月であって、2ndシングルが1983年5月発売、3rd「メイン・テーマ」が1984年5月発売と、どちらのシングルも発売時期が遠かったからでもあったのだろうが、一アルバム作品としてのまとまりを意識したことは確実だ。実際に聴けばそれがよく分かる。
彼女の誕生日は1964年6月9日。本作は歌手としてのデビュー作であると同時に10代最後のアルバムでもあった。フィナーレの楽曲はこんな歌詞の楽曲で締め括られている。
《十代の最後の段階は/夢へ続く螺旋状/ときめきと予感で/目まいがするのよ》《今私 花なら香りもほのかに/咲き始めた》《部屋中に散らばる 吐息は絹ずれの音/未知の世界へ そっと羽ばたきます》(M9「アドレサンス(十代後期)」)。
『古今集』に明確なコンセプトは認められないが、強いて言えば、10代の薬師丸ひろ子をパッケージした作品と言うことはできるだろう。3rd「メイン・テーマ」の発売、あるいは映画『メイン・テーマ』の封切りにあわせて本作を発表することもできたのだろうが(セールス面を考えたらそれが普通だと思う)、そうしなかったのは彼女の年齢も関係したと想像できる。「メイン・テーマ」の歌詞に《笑っちゃう 涙の止め方も知らない/20年も生きて来たのにね》とあることも、その説を裏付けるような気がする。
作家陣はデビュー曲からの付き合いとなる作詞家の来生えつこを始め、 上記M9を手掛けた阿木燿子や湯川れい子、作曲家の方は、そののちに3rdシングルを担当する南 佳孝の他、大野克夫、井上 鑑らが参加。いずれも歌唱力が高いというだけでなく、どこか高貴な雰囲気も漂わせる“歌手・薬師丸ひろ子”という素材を最大限に活かす優れた仕事っぷりを見せつけている。大貫妙子が作詞作曲したナンバーであるM6「白い散歩道」とM8「月のオペラ」は、清水信之のアレンジの妙味と相俟って共にヨーロピアン・テイストのあるナンバーで、映画女優としての薬師丸ひろ子のイメージを損ねないというか、銀幕のスター感があってとてもいい仕上がりだ。一般的な注目は、やはり竹内まりや作詞作曲のナンバー、とりわけM1「元気を出して」に集まるだろうか。
「元気を出して」は竹内まりやがセルフカバーし、シングルとして1988年に発表。何でも[2011年に goo が行なった「竹内まりやの一番好きなシングルランキング」では得票数トップになるなど、1980年代の名曲として竹内の代表曲のひとつともなっている]といい([]はWikipediaから引用)、もはや竹内まりや版の認知度のほうが高いようだが、楽曲の初出は間違いなく『古今集』である。結果としてセルフカバーであった竹内版が認知されたこともまた、本作、ならびに当時の薬師丸ひろ子の歌手活動がクオリティー優先であったことを証明する事実と言えるであろう。個人的には『古今集』の中でもう1曲の竹内まりや楽曲であるM3「トライアングル」を相当に興味深く聴いた。こんな歌詞だ。
《本当のこと 打ち明けたら/あなたを 失うわ/長い間 親友と/呼ばれた私達 だけど/二週間も 前からなの/あなたの目を忍んで/彼とふたり デイト重ね/キスまでしたのは…》《ときめいてる 喜びより/あなたの 悲しみが/胸の中で 邪魔しては/こぼれ落ちる涙 だけど/女の子は ずるいものね/最後の最後には/友達より 恋を選ぶ/変わり身のはやさ》(M3「トライアングル」)。
女性が友達の女性に向けて文字通り“元気を出して”というM1の一方で、こういう歌詞があるとは!? 仮にM1とM3の物語の主人公が一緒だと考えると、恋愛ものだと思って見ていたものが一転、サスペンスになるような空恐ろしさがある。この辺はプロの作家としての竹内まりやの引き出しの多彩さに感服すると同時に、まだ10代にもかかわらず、作家にこの子ならそうした世界観を表現できると思わせ、実際に歌い切った薬師丸ひろ子の凄みも感じるところである。
TEXT:帆苅智之