ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!

ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!

ヴォーカリストとしての
椎名林檎を味わう5曲

“中二病”というカテゴライズも、“メンヘラ”という俗語も、セルフイメージで構築された“病み”で氾濫する海のごときSNSもなかった時代から「要は椎名林檎とか好きなんでしょ?」と言われ続けてきた自分がよく元号変わるまで生き延びたなぁ、あの自分よりもさらにどうしようもなくクソみたいな世の中なのに…と感慨深くなったので、今回は椎名林檎のことしか書きません。作詞家、職業音楽家、エンターテイナーとしての椎名林檎という女性は、これまでにさまざまな文献で語られているので、喉に天性のエフェクターを宿しているとしか思えない稀有なヴォーカリストとしての椎名林檎に焦点を絞ります。

「正しい街」(’99)/椎名林檎

「正しい街」収録アルバム『無罪モラトリアム』/椎名林檎

「正しい街」収録アルバム『無罪モラトリアム』/椎名林檎

終末観の漂う1999年を稲光のごとく貫いた1stアルバム『無罪モラトリアム』の冒頭を飾る「正しい街」。過去の男性と現在の女性、故郷へのノスタルジーという歌謡曲的な要素で構築された世界観の中、”あい”の韻を繰り返してアタックを強めることで語感の心地良さを演出する戦略性と、歪んだギターにストリングさながらの流麗さで神経を引っ掻くシンセサイザー。さらに凌駕するフェイクを極めたような声調の巧みさ。切迫感を演じるブレスで独白のように綴られる“今”、雨だれのように淡々と落とされる“昔”への未練、《道浜も君も室見川もない》と慟哭にも似たディストーションが響く”本心”。ここから《あの日飛び出した此の街と君が正しかったのにね》と終えた途端に「歌舞伎町の女王」が幕を開けるという極彩色の演劇性と作為的な虚無が最高で。

「長く短い祭」(’15)/椎名林檎

「長く短い祭」収録シングル「長く短い祭/神様、仏様」/椎名林檎

「長く短い祭」収録シングル「長く短い祭/神様、仏様」/椎名林檎

東京事変の浮雲こと長岡亮介とのデュエット曲。オートチューンのため独特の歪みや掠れが抑えられた椎名林檎の流線型の歌声に、ルーパーを踏んだようなユーモラスなコーラスが螺旋状に絡みながらも羽根のように軽やかなまま流れていくさまが痛快です。サンバのリズムと煌びやかに光るホーンの華やかさの裏側で脈打つトラッドなシャウトの骨太な演奏に、命を脅かされるほどの蒸し暑さを恐れる一方で汗ばむ体を動かさずにはいられない夏の狂騒を描いた歌詞。あれほど疎ましかった温度と湿度をそれでも永遠に留めておきたいと願わずにはいられない“日本の夏”の蠱惑的な魔力と異国情緒のタペストリーです。

「丸ノ内サディスティック」(’99)
/椎名林檎

「丸ノ内サディスティック」収録アルバム『無罪モラトリアム』/椎名林檎

「丸ノ内サディスティック」収録アルバム『無罪モラトリアム』/椎名林檎

「正しい街」から「歌舞伎町の女王」で前後して、「丸ノ内サディスティック」でビル風に巻き揉まれた排気ガスが鼻腔を突き抜けて肺に滞留する東京に引き戻されるこの並び。椎名林檎の歌詞の魅力は、箱庭サイズの内省的な表現と実在する地名を混紡させることで、心の内側が目の前の景観の境目をなくしてしまうようなトリップ感がありました。東京でサバイブする“自分に似ている誰か”の日々と脳内の触れられたくない衝動をビリビリに破いて、バラバラにして切り貼りした歌詞を雄弁なベースラインに寄り添うように溶け合うように歌い上げた直後、跳ね上がって金属のひりつきを思わせるシャウトがカットインする、大人の哀愁と厭世を気取ったジャジーな一曲です。

「二時間だけのバカンス
featuring 椎名林檎」(’17)
/宇多田ヒカル

「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」収録アルバム『Fantôme』/宇多田ヒカル

「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」収録アルバム『Fantôme』/宇多田ヒカル

日本で女性が何かをやり遂げようと思ったら“Gir”lか“Mother”に選別されることを前提しないと身を滅ぼすのか…と絶望することもしばしばだと以前もこの連載で書いた気がしますが、宇多田ヒカルと椎名林檎は少女や母としての実感を携えたままで歳を重ね、ひとりの人間として大人になることを肯定してくれる希少なアーティストです。ささやかな息抜きと日常からの遊離を“バカンス”と表現する贅沢さ、反復される音数の少ないメロディーやパーカッションでふたりぼっち同士が交感する秘めやかさ。シンプルなだけにネイキッドな声の魅力が晒け出されてしまう楽曲ですが、女性の中のいたずらな少年性とも記憶から取り出した奔放さとも取れる自由さがみなぎる歌に陶然とします。

「走れゎナンバー」(’14)
/椎名林檎

「走れゎナンバー」収録アルバム『日出処』/椎名林檎

「走れゎナンバー」収録アルバム『日出処』/椎名林檎

フルートの渇いたステップから始まるアシッドジャズが描くひとりぼっちの逃避行。iPhone、JCT、オービスといった具体性を伴うアイテムが抽象性を突き詰めた禅問答に組み込まれ、灰色の情景が象られます。独り言のように紡がれる高音と唸り声を吐き捨てる低音がテールランプさながらに伸びていく傍で、湿度のないラテンの打音とパーカッシブなベースラインが幾層にも塗り重ねられ、跳ね回るクラビネットとギターの低温火傷を想起させる硬派な音色が美しい。アンニュイな雰囲気を湛えながらもダウナーにならない、孤高の人のための楽曲です。

TEXT:町田ノイズ

町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。

OKMusic編集部

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