もっと笑っていられますように、力を抜く準備運動をするための5曲

もっと笑っていられますように、力を抜く準備運動をするための5曲

もっと笑っていられますように、
力を抜く準備運動をするための5曲

歳を重ねると悩みの濃度と硬度が増して、ただその場で霧散させたいがために宵闇に紛れても「うっせえ、分かってんだよそんなこと!」と怒声をあげたくなる的外れの説教がこめかみをかすめ、しかし自分の人生は所詮誰かにとって暇つぶしのコンテンツにすぎず、涙を拭けるのは自身の腕だけだという孤独感が唇をがたがた震えさせる今日この頃。今回は未曾有の天災と底冷えの景気と恐怖のウイルスから逃げ惑う体を少しだけ解してくれるような、毛玉みたく雁字搦めになった神経をほどいてくれるような音楽を集めました。自己肯定感には到底辿り着けないけれど、ひとまず今夜も捨て鉢にならず踏み止まれたことに乾杯。
「虎」収録アルバム『FOLK 2』/ハンバート ハンバート
「今更」収録アルバム『赤飯』/赤い公園
「AH!」収録アルバム『THE THIRD SUMMER OF LOVE』/ラブリーサマーちゃん
「横になっちゃお」収録アルバム『聖聖聖聖』/田島ハルコ
「ガス抜き記念の日」収録アルバム『ペーパー・ダイヤモンド』/カイ

「虎」(’10)
/ハンバート ハンバート

「虎」収録アルバム『FOLK 2』/ハンバート ハンバート

「虎」収録アルバム『FOLK 2』/ハンバート ハンバート

ハンバート ハンバートほどの音楽家ですら日々これほどの葛藤を抱えているのか」という衝撃と、表現の懊悩をこんなにも美しい作品として練り上げるふたりはやはり特別な存在であるという畏怖と、それよりももっとずっと早く涙が頬の体温を奪う名曲。中島敦の『山月記』の李徴のように虎と化すこともなく、納得できる創作物を完成させることもなく、ただ酒を煽って寝入る怠惰と、押韻の心地よさでポップスに落とし込まれた腹の内の仄暗い感情が、シンプルなスローテンポのピアノと直線的で力強いハーモニーで純化されるカタルシス。普遍的で個人的な箱庭サイズの事象が光る曲に結晶する現実が、どれほどのか細くもきらめいた希望を放っていることか。

「今更」(’13)/赤い公園

「今更」収録アルバム『赤飯』/赤い公園

「今更」収録アルバム『赤飯』/赤い公園

このコラムの連載開始位以来、何度か触れてきた赤い公園。「今更」はライターとして駆け出しの頃、初めて原稿料をいただけるレビューを執筆した楽曲だった。鼻歌のようにふわりとファルセットに転化する複雑巧緻でしなやかな歌唱と、弦楽のカッティングの隙間を縫うように硬質で乾いたドラミングがぴたりと重なる小気味良さが血を沸きたせ、ヴォーカルを際立たせる静とエフェクターの爆風が吹き荒れるギターの動の抑揚。そこかしこにあふれる遊び心に金属の上をすばしっこく滑る光芒にも似た才覚が走っていた。だから、この今日の歌詞のようにあんまり生き急がないでくださいよ、寂しいじゃないですか。

「AH!」(’20)
/ラブリーサマーちゃん

「AH!」収録アルバム『THE THIRD SUMMER OF LOVE』/ラブリーサマーちゃん

「AH!」収録アルバム『THE THIRD SUMMER OF LOVE』/ラブリーサマーちゃん

映画『ファイト・クラブ』に触発されたという「AH!」は、アルバム『THE THIRD SUMMER OF LOVE』に収録。無味乾燥な日常に亀裂を生じさせる冒頭のゴツゴツしたベース音とキャッチーなギターのリフ、「かくあらねばならぬ」虚飾の拘束から解き放たれるハレ感を加速させるクラップハンド、キュートネスとシニカルさが絡み合うヴォーカルには、ハードコアな曲想とポップ質感が静脈と動脈のように共生する。1990年代のUSインディーロックとその系譜に連なる2000年代のJ-POPシーンを彷彿させながらも、2020年代をサバイブしなければならない不安を払拭させる新しさに満ちたパワフルな一曲。

「横になっちゃお」(’18)
/田島ハルコ

「横になっちゃお」収録アルバム『聖聖聖聖』/田島ハルコ

「横になっちゃお」収録アルバム『聖聖聖聖』/田島ハルコ

“ニューウェイブギャル”田島ハルコのキラーチューンは秒単位でアップデートを繰り返しているのでどの曲を紹介すべきか迷いに迷ったのだが、「横になっちゃお」の究極の許しのようなタイトルに根負け。スティールパンがどこにもない夏と頭の中にしか存在しない浮遊感を誘発し、トラックの遠い鳴りが張り詰めた自意識を融解するレゲエナンバーは、どこを掬い上げてもパンチラインしかない、美しく強いリリックの宝箱。スマートフォンの明かりだけが自身の輪郭を鮮明にする闇の中で《「外国に行けば」とかいうけれど、ここまで逃げてきたそれで十分》《インターネット/インナースペース/紛れもなく私こそが宇宙》は特に響く。

「ガス抜き記念の日」(’19)/カイ

「ガス抜き記念の日」収録アルバム『ペーパー・ダイヤモンド』/カイ

「ガス抜き記念の日」収録アルバム『ペーパー・ダイヤモンド』/カイ

9月に開催されたワンマンライヴをもって活動休止したカイのEP『ペーパー・ダイヤモンド』から、鈴木慶一が作詞と作曲を手掛けた「ガス抜き記念の日」を。BELLRING少女ハート時代から異質という表現すら飄々と突き放すほど“カイ”という存在そのものであった彼女のキャラクターがそのまま落とし込まれたようなヘタウマで愛くるしい歌唱が、1980年代のアイドルシーンの幻影が揺らぐエレクトロサウンドに刹那的な立体感を生じさせる。《ガス抜けちゃって 抜けちゃって 抜いちゃって/ダウン 空を 抜け落ちる方がマシよ》という脱力感の皮をかぶった諦観の先で祝杯をあげるかの如くアウトロが、きっと明るいものでありますように。

TEXT:町田ノイズ

町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。

OKMusic編集部

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