54年前のあの夏の日に鳴り響いた
ジミ・ヘンドリックスの
「星条旗」が今も聞こえる

ジミが表現しようとしたこと

詰めかけている観客の後方に目をやるとゴミが散乱し、それが踏み固められ、津波のあとみたいな光景が広がっている。もとは牧草が生えていたはずの大地はこのフェスの、特に3日間で踏み荒らされて茶色の地表が剥き出しになり、まさに被災地の様相を呈している。当時の状況からすると、想起されるのはまるで火炎放射器で焼き払われたベトナムの農村をイメージさせる風景である。その場面にジミのギターがかぶさっていくシーンは実にシュールであり、刹那的でもあり、虚無感が漂う一方で深い感動が寄せてくる。

泥まみれで疲れ切っている人々、その頭上に響き渡るアメリカ国歌「星条旗(原題:The Star-Spangled Banner)」。ギターの音は炸裂するナパーム弾のようだ。マシンガンのようなギター、軋むフィードバックは阿鼻叫喚、逃げ惑う人々みたいだ。そんな轟音がとどろいていながら、静謐ともいえる空気が流れている。ジミの表情はライヴらしい高揚感はなく、ずっと神妙である。このナショナルアンセムは愛国心から演ったのではないだろう。露骨に戦争批判するわけでもない。ジミは地球上で起こっている惨劇、愚かな人間の所業をただギターで表現し、彼なりに訴えているのである。きっと、ロック史上というより、ポピュラー音楽史上のトップ3に入るパフォーマンスだろう(あとのふたつは何だと訊かれても困るが)。音楽的にもエレクトリックギターの表現域を一気に拡大してみせた点も大きい。50年ほど前、中学生の頃に初めて聴いた時はエレキギターでこんな表現ができるものなのかと、あっけに取られたものだ。こうして“ジミの「星条旗」”は長く語り草となり、今や伝説になった。だが、過去のものにならないのが、このパフォーマンスの凄いところだ。

『ウッドストック・フェス』は60〜70年代のカウンターカルチャーの象徴になった。けれど、フェスから5年も経てば自由であることを主張し、謳歌した若者たちも現実の波に飲まれ、ネクタイを締め、経済誌の購読者になる。音楽はビッグビジネスとなり、“産業ロック”なんて呼ばれるものまで出てくる。それをけなすわけではない。文字通りロックは産業になったのだから。

『ウッドストック・フェス』はコンサートの興行収益は赤字だったものの、ドキュメンタリー映画『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(1970年公開)の権利、収益により主催者側は莫大な富を得た。それさえも、ジミの出演シーンがなければ、まったく違った結果になっていたことが想像される。

「夢よもう一度」とばかりに、フェスは何度かリユニオン開催(79、89、94、99年)が行なわれた。1969年の開催時には見向きもしなかったボブ・ディランが出演した年もある。が、同じ夢を見ることなどできないのだ。興行的にどうだったのかは知らないが、69年に掲げられていた理念は再現されなかった。

それでも、フェスとは関係なく“ジミの「星条旗」”は今でも錆びつくことなく天空に響きわたり、その時々の風景と被るのである。

Jimi Hendrix
- The Star Spangled Banner -
Woodstock - 1969

“ジミの「星条旗」”を聴いて、2023年の夏、あなたならどんな風景を心の中に浮かべるだろうか?

TEXT:片山 明

アルバム『Live at Woodstock』2019年発表作品
    • <収録曲>
    • ■Disc:1
    • 1. イントロダクション/Introduction
    • 2. 愛のメッセージ /Message To Love
    • 3. ヒア・マイ・トレインAカミン/Hear My Train A Comin'
    • 4. スパニッシュ・キャッスル・マジック/Spanish Castle Magic
    • 5. レッド・ハウス/Red House
    • 6. ラヴァー・マン/Lover Man
    • 7. フォクシー・レディ/Foxey Lady
    • 8. ジャム・バック・アット・ザ・ハウス/Jam Back At The House
    • ■Disc:2
    • 1. イザベラ/Izabella
    • 2. ファイア/Fire
    • 3. ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)/Voodoo Child (Slight Return)
    • 4. 星条旗/Star Spangled Banner
    • 5. 紫のけむり/Purple Haze
    • 6. ウッドストック・インプロヴィゼーション/Woodstock Improvisation
    • 7. ヴィラノヴァ・ジャンクション/Villanova Junction Blues
    • 8. ヘイ・ジョー/Hey Joe
『Live at Woodstock』('19)/Jimi Hendrix

OKMusic編集部

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