これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

パワーポップの代表作と言えば必ず登
場するのがニック・ロウの傑作
『レイバー・オブ・ラスト』

『Labour of Lust』(’79)/Nick Lowe

『Labour of Lust』(’79)/Nick Lowe

通常、パワーポップと言えば、パンク〜ニューウェイヴの流れで説明されることが多い。しかし、本来パワーポップとはビートルズに影響されたグループやシンガーたちによるメロディアスでパワフルなロックのことを言う。有名どころでは、トッド・ラングレン、バッドフィンガー、ナック、ラズベリーズ、エルヴィス・コステロ、ヒューイ・ルイスらの一部の曲は間違いなくパワーポップで、時間を経ても色褪せない名曲はたくさんある。今回、紹介するアルバムはニック・ロウの『レイバー・オブ・ラスト』。本作にはみんなも知ってるパワーポップの名曲「恋するふたり」が収録されている。

パンク時代以降の世代間ギャップ

70年代中期にパンクロックとAORが登場してから、ロックの世界は大きく変わった。世代間の断絶というか、若者はパンク、レゲエ、スカなどパワフルで政治的な意志を明確にした音楽を好み(若いうちは身体的に元気だからだよ)、青年層以上の世代はAOR、ソウル、ジャズなど落ち着きのあるサウンドを好むようになった。これって大手レコード産業の営業戦略にまんまとはまってしまった結果でもあるんだけど、かつてロック好きだった大人が落ち着いたサウンドばかりでは飽きてしまうのも事実で、やっぱりロックの疾走感というかガツーン!とくるサウンドが聴きたくなるものなのだ。かといって、ハードコアパンクはしんどい…これは僕が当時のロックシーンに感じたそのままの感情で、70年代後半には悶々とした日々を送っていたのだけれど、80年にロックパイルの『セカンズ・オブ・プレジャー』がリリースされ、それまでの鬱屈感から一変、狂喜乱舞することになるのである。ロックのシャープさとポップスのメロディアスさを兼ね備えた人力サウンドこそ、その時に求めていたものであり、まさにそれがパワーポップであった。

ニック・ロウとスティッフレコード

もちろん、パンク時代の真っ只中にリリースされたエルヴィス・コステロのデビュー盤『マイ・エイム・イズ・トゥルー』(‘77)を聴いた時にも同じような雰囲気を味わっていたんだけど、まだ輪郭が曖昧な感じであった。ところが、ロックパイルのアルバムは完全に“パワーポップ”というジャンルの音楽として提示されていたと思う。日本で言えば、山下達郎が「ライド・オン・タイム」をリリースした時と似ているかもしれない。この作品から新しい時代がスタートするぞ…みたいな感覚。
コステロの『マイ・エイム・イズ・トゥルー』にも、ロックパイルの『セカンズ・オブ・プレジャー』にも関わっているのがニック・ロウだ。ニック・ロウは60年代から活動するブリティッシュロッカーで、早くからCSN&Yやザ・バンドに影響され、パブロックグループのブリンズリー・シュウォーツというグループに在籍したことで知られる。ブリンズリーは残念なことに日本ではあまり知られていないが、ロウはパンク〜ニューウェイヴの影の仕掛け人としてロック界に大きな貢献をしたアーティストである。
ブリティッシュパンクのシーンにおいて大きな足跡を残したスティッフレコードは、デイブ・ロビンソンとジェイク・リヴィエラの共同経営で、第1号リリースはニック・ロウのソロシングル「So It Goes」(‘76)であることからも、ロウが認められていたことが分かる。ブリティッシュパンクのレコード第1号はダムドのシングル「ニューローズ」(’76)だと言われているが、このレコードのプロデュースはロウが手がけており、この後、コステロ、ドクター・フィールグッド、グレアム・パーカー、ナック、プリテンダーズなど、プロデューサーとして大ヒット作を連発する。彼はフォークやカントリーからパンク、テクノまでの幅広いオタク知識を持っていて、70年代後半から80年代半ばにかけてブリティッシュロック界の裏方として大活躍している。

ソロ活動ではパワーポップを中心に

スティッフレコードの成功で、ジェイク・リヴィエラは新たなレーベル『レイダー』を77年に設立、ここでも第1弾リリースのアーティストはニック・ロウで、シングル「I Love The Sound Of Breaking Glass」(全英チャート7位)と初のソロアルバム『ジーザス・オブ・クール』(ともに‘78)をリリースする。『ジーザス・オブ・クール』は完全なパワーポップ作品で、今でもこの作品を彼の最高傑作に挙げる人が少なくないぐらい、名曲満載の素晴らしい出来であった。そもそもロウはブリンズリーの中期以降からパワーポップを披露していたのだが、ロック界がAORとパンクの極端に二分化したことへの批判もあってか、パンク全盛の頃にパワーポップ全開での勝負に出たわけである。良いメロディーをラウドなロックサウンドに乗せるというロウの新たな仕掛けによって、過去のパワーポップ作品の掘り起こしも始まり、パワーポップは完全に市民権を得ることになるのである。
ちなみに、余談であるが、僕が考えるパワーポップの名曲10曲を挙げるとしたら(順不同)、バッドフィンガー「嵐の恋」「デイ・アフター・デイ」、トッド・ラングレン「アイ・ソー・ザ・ライト」、プリテンダーズ「愛しのキッズ」、ヒューイ・ルイス「パワー・オブ・ラブ」(彼の在籍していたクローバーは、コステロのデビュー作のバックを務めている)、デイブ・エドマンズ「オールモスト・サタデイ・ナイト」、ナック「マイ・シャローナ」、ロックパイル「ナウ・アンド・オールウェイズ」、エルヴィス・コステロ「レス・ザン・ゼロ」、そしてニック・ロウ「恋するふたり(原題:Cruel To Be Kind)」あたりかな。バッドフィンガーが2曲入ってるのは自分でも驚くけど、ベストテンは日によっても気分によっても変わるので悪しからず。

本作『レイバー・オブ・ラスト』
について

挙げた稀代の名曲「恋するふたり」が収録されているのがロウのセカンドソロ作『レイバー・オブ・ラスト』(‘79)だ。前作の『ジーザス・オブ・クール』と同様、バックメンにはロックパイルのメンバーが揃っており、ロウの他に英ロック界の重鎮デイブ・エドマンズ、アルバート・リー並みの優れたギタリスト、ビリー・ブレムナー、そしてドラムのテリー・ウイリアムスがメンバーである。ゲストにはエルヴィス・コステロ、ヒューイ・ルイス、ボブ・アンドリュース(ブリンズリーのメンバー)、ピート・トーマス(コステロのバックを務めるアトラクションズのメンバー)が参加して花を添えている。
収録されたナンバーは全11曲、シンプルに、ロックンロール、ロッカバラード、カントリー、アメリカンポップスで構成されている。なんと言っても冒頭の「恋するふたり」の出来が抜きん出ているが、実はこの曲、ブリンズリー時代に書かれていたのに、なぜか未発表だったもの。ロウと盟友イアン・ゴムとの共作だ。ブリンズリー時代のロウの最高傑作「(What’s So Funny ‘Bout)Peace, Love, and Understanding」には及ばないまでも、双璧をなす名曲だろう。
演奏面ではビリー・ブレムナーのギターワークが光っている。特に本作ではパーソンズ=ホワイト・ストリングベンダーを駆使し、大いに存在を主張している。ストリングベンダーはバーズのクラレンス・ホワイトとジーン・パーソンズが開発した半自動で弦を半音上げる装置で、アメリカにはアルバート・リー、リッキー・スキャッグス、マーティ・スチュアートら使用している名ギタリストは多いが、日本では中川イサトと、椎名林檎や星野源のバックを務める浮雲で知られるぐらいであろう。名セッションギタリストの徳武弘文は、パーソンズ=ホワイトでなくヒップショットと呼ばれるベンド装置を使用している。
少し話がそれたので戻す。本作には「恋するふたり」以外もパワーポップが満載で、ロウのセンスがキラリと光る、軽いが軽薄ではないナンバーが収録されている。パワーポップ入門用としても格好の作品だと言える。本作が気に入ったら、ロックパイルやデイブ・エドマンズのアルバムもぜひ聴いてみてほしい。きっと新しい発見があると思うよ♪

TEXT:河崎直人

アルバム『Labour of Lust』1979年作品
『Labour of Lust』(’79)/Nick Lowe

OKMusic編集部

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