ニュー・オーダーが独自のサウンドを
確立した記念すべきアルバム『権力の
美学』

パンクロックが終焉を迎えた頃、ポストパンクのグループとして注目を集めたのがジョイ・ディヴィジョン。グループのリーダーでソングライターでもあったイアン・カーティスは、持病や人間関係から心を病み1980年に自死を選んだ。彼の死後にリリースされた2ndアルバムの『Closer』は高い評価を受け、残されたメンバーはグループの存続を決める。グループ名をニュー・オーダーと変え81年に始動するも、デビュー作はカーティスの死を引きずり結果が出せなかった。しかし、それまでの陰鬱なサウンドから一転、エレクトロ・ポップへのアプローチで新境地を開拓したのが本作『権力の美学(原題:Power, Corruption & Lies)』である。

ポストパンクの時代

1978年にセックス・ピストルズが解散、翌年にはザ・クラッシュがレゲエやR&Bを取り入れた『ロンドン・コーリング 』を発表し、パンクロック(あくまでも形式としてだが)と決別する。この時点で、ポストパンク(1)の時代が始まったと見ていいだろう。実際、70年代の終わりにはさまざまな新しいロックが登場している。それらを総称して便宜上“ニューウェイブ”と呼んでいるが、その範囲はそれまでのジャンル(例えばハードロックやブルースロック)とはまったく違う幅広いものだった。例えば、スペシャルズやセレクターといったグループに代表されるスカ・リバイバル(2)や、ブリティッシュレゲエをはじめ、80年代に入るとピーター・ゲイブリエルが仕掛けたワールドミュージックの祭典『WOMAD』(3)に影響を受けた新人たち、テクノ、ニューロマンティックスのアーティストが登場するなど、ポストパンクは多くのグループがしのぎを削る時代であった。

内省的なジョイ・ディヴィジョン

そんなポストパンクの時代にニュー・オーダーは結成されたのだが、彼らのことを説明する前に、まずその前身となったグループであるジョイ・ディヴィジョン(4)のことを語らなければならない。ジョイ・ディヴィジョンは1977年にマンチェスターで結成(ウィキペディアでは76年になっているが、僕はドラマーのスティーヴン・モリスが加入し、メンバーが確定した77年こそが結成年だと考えている)された4人組のグループ。79年にはインディーズレーベルのファクトリー・レコードから『Unknown Pleasures』でデビュー。イアン・カーティスの陰鬱で重いヴォーカルは、パンクのアーティストとは対照的に内省的で、ポストパンクのカリスマ的な存在として注目を集めることになる。
しかし、人気が出ることでツアー生活が続くと、カーティスのてんかんや鬱病が悪化、女性関係のもつれもあって80年5月に首吊り自殺する。彼はまだ23歳で、グループ初の全米ツアー直前のことであった。遺作となったシングル「Love Will Tear Us Apart」と、カーティスの死後リリースされた2ndアルバム『Closer』は大ヒットし、残されたメンバーはカーティスの穴を埋めることは不可能だとは分かっていたが、グループの存続を決めた。

カーティスの影響からの訣別

ジョイ・ディヴィジョンは、絶望・混沌・疑惑・恐怖といった感覚をサウンド化したようなグループであったが、これはカーティスの潜在的な気質であり、彼の亡き後にジョイ・ディヴィジョンの音楽を継続することが間違いであることは、メンバーの誰もが分かっていた。ところが、ニュー・オーダーとなってリリースしたデビューアルバム『Movement』(‘81)は、カーティスの影響から脱することができず、この時点ではジョイ・ディヴィジョンの亜流でしかなかった。
このあと、82年にスティーヴン・モリスの公私にわたるパートナー、ジリアン・ギルバートがキーボード奏者として加入、新たな音楽を生み出すための模索が始まる。ドラムマシーンやシンセサイザーなどを全面的に導入するなど、グループとしてエレクトロポップへの道を選択することになる。そして83年の3月、ロック界に大きな影響を与えたシングル「Blue Monday」をリリースする。この曲はインディーズチャートだけでなくポップスチャートでも30週間以上ランクされるなど、彼らの名前が全世界に知られる大ヒットとなった。
特に、全米クラブチャートでは5位となり、世界のクラブ(当時はディスコ)シーンで圧倒的に支持されたことは、今後のアプローチへの大きな示唆となった。このシングル作の成功で、ようやくカーティスの幻影から抜け出すことができたと言えるだろう。このシングルにはジョイ・ディヴィジョン的な部分は微塵もなく、ニュー・オーダーという新しい個性を持ったグループの記念すべきマイルストーンとなった。

本作『権力の美学』について

「Blue Monday」の2カ月後、2ndアルバムの本作『権力の美学』がリリースされるとすぐに大ヒット、インディーズのアーティストだったニュー・オーダーとファクトリーレコードは世界的に認められることになる。
アルバムの全編を貫くのは、打ち込みを中心にした無機質でダンサブルなリズムと、情感あふれる人間的で温かいヴォーカルとの融合だ。メロディーはシンプルで美しく、どちらかといえばアーシー(土臭い)な風合いなので、ドラムマシーンの音とは相性が良くない。だから、違和感があって当然なのだが、なぜか調和が取れている。このあたりの絶妙なバランスが、ニュー・オーダーの真骨頂と言えるかもしれない。
サウンド面ではヒップホップの要素も感じるし、ハウス(5)やダブ(6)のような実験的なことにも積極的だ。そして、核の部分ではドアーズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドに近いものを感じる。おそらく、もう少し生きていればルー・リードやジム・モリソンのようなカリスマになったであろうカーティスを亡くし、残されたメンバーはカーティスに追いつき超えるために、必死でロックの方法論や歴史を勉強したのだろうと思う。その努力が実を結び、本作以降たくさんの傑作をリリースしている。

10年振りの新作と来日公演

これまで、彼らは40年近くにわたりグループを続けているが、その間に活動を停止したり休止したりすることもあった。決して順風満帆に活躍し続けているとは言えないが、最近は精力的に活動していて、昨年10年振りにリリースされた9枚目のアルバム『Music Complete』は、日本も含め世界的にヒットしている。今月25日と27日には29年振りの単独来日公演も予定されているので、興味のある方はぜひ足を運んでもらいたい。

最後に…

『権力の美学』がLPで発売された当初、イギリス盤と日本盤には「Blue Monday」は収録されなかった。それは「Blue Monday」が先行シングル作品だから当然のことなのだが、アメリカ盤にはボーナストラックとして追加されている。個人的にはアルバムの流れが変わってしまうので、これからニュー・オーダーを聴こうという人に、アメリカ盤はあまりオススメしない。
現状出ているCDでもっとも優れているのはRhinoから出た2枚組だと思う。ディスク1に英オリジナル盤(8曲入り)が、ディスク2には「Blue Monday」や「Confusion」(これもヒットした)などの12インチシングルバージョン(8曲入り)が収録されている。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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