ビートルズ解散後、ポール・マッカー
トニーの最高傑作がウイングスの『B
and on the Run』だ!

ビートルズ解散後、『McCartney』(’70)『RAM』(’71)と立て続けにアルバムをリリースし、セールス的には大きな成功を収めるものの、ファンや評論家からは不評を買うことになったポール。その後、新バンドであるウイングスを結成することで大いに注目されたが、そのデビュー作となる『Wild Life』(’71)は大コケ。“ポールはもうだめだ”と言われる中、シングル「My Love」(’73)が全米1位に、映画のタイトル曲「Live and Let Die(邦題:007 死ぬのは奴らだ)」(’73)も全米2位を獲得するなど、大いに注目された。同年、ウイングス名義での3作目『Band on the Run』がリリースされ、全米・全英で1位となる。ポールの天才ぶりを存分に発揮した、ロック史上に残る名盤がこれだ。

ポールの非カリスマ性

 ロック界でビッグスターになるには、優れた音楽性やルックスだけでなく、絶対的なカリスマ性が求められると思う。例えば、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソン、デビッド・ボウイ、ジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)などなど、すごいインパクトの持ち主ばかりだ。ビートルズなら、もちろんジョン・レノンであろう。では、ポールはどうかと言えば、“カリスマ”と言うよりは、几帳面で端正な職人というほうが当てはまるのではないか…。僕は、彼に職人気質は感じても、ロックのカリスマ像とは程遠いキャラクターではないかと思っている。そして、ポールの“非カリスマ性”が、ビートルズ解散後の評価に大きな影響を与えているような気がする。

 ビートルズの解散が発表されたのは1970年4月10日のこと。直後の4月17日に、ポールは初のソロアルバム『McCartney』をリリースする。解散後すぐということもあって全世界で大きな話題となり、セールス的には大成功を収めた。しかし、ポールがほぼひとりで宅録(多重録音)で作り上げたロー・ファイ(http://ja.wikipedia.org/wiki/Lo-Fi)な内容に、評論家や各メディアから痛烈に批判されることになる。この批判の裏には“ポールならもっと良い曲が書けるはずだ”という含みがあり、ポールにカリスマ性が備わっているのなら“天才ポールだから、こういう作品があってもおかしくないよね”という結論にならないだろうか。これは穿った見方であるかもしれない。しかし、ジョンがヨーコと一緒に作った難解な前衛作品(『Unfinished Music No.1: Two Virgins【邦題:「未完成」作品第一番 トゥー・ヴァージンズ】』(’68)『Wedding Album【邦題:ウェディング・アルバム】』(’69)など)について、ポールのソロに向けられたような激しい批判はなかったと記憶している。このことからも“ジョンはビートルズのカリスマだから、難解な作品もありだよね”みたいなことを世間は考えていたのではないか、と思うのだ。

過大な要求に押しつぶされそうになって
いた、初期のソロ時代

 ビートルズ時代のポールは「イエスタデイ」「ヘイジュード」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」など、華麗なソングライティングで天才の名を欲しいままにしたが、ファンやメディアは、ポールがソロになっても、それまでと同じようなビートルズっぽい曲を要求していたのは間違いない。要するに、ビートルズのメンバーの中で“メロディーメイカー=ポール”“ロックスター=ジョン”という図式が、暗黙の了解として成り立っていたのだ。おそらく、ビートルズ在籍時から続くポールの感じるプレッシャーは、想像を絶するものだっただろう。彼が『McCartney』で表現したかったのは“ポール・マッカートニーはビートルズではなく、ポール・マッカートニーという一人のミュージシャンだ”という意思表示だったのかもしれない。

 次作の『RAM』はリンダとの連名作品で、ゲストミュージシャンも交えて(これがウイングス結成へとつながる)、ポールらしいソングライティングを見せている。しかし残念なことに、このアルバムもセールス的には成功するが、評論家筋からは酷評される。当時、ロック界で権威となっていたローリングストーン誌では、最悪の評価しか得られなかった。確かに、この頃(70年代初頭)のロック界では、歴史に残る作品が次々と発表されていたし、ジョージ・ハリスンの3枚組(LP時代)大作『オール・シングス・マスト・パス』(’70)やジョン・レノンの『ジョンの魂』(’70)『イマジン』(’71)など、ビートルズのメンバーによる、ロックスピリットにあふれた力作がリリースされてもいた。明確に“ロック”を感じさせる作品でないとダメという時代の中において、ポールらしい優しいサウンドを持った『RAM』の発表時期が悪かったと言えないこともない。
 付け加えておくと、今では『RAM』はかつての悪評がすっかり覆り、これこそポールの最高傑作だと言う人も少なくない。時代の感覚って怖いものだなって思う。

ウイングスの結成

 この後、念願だった新バンド結成へとポールは動き、リンダの他、ムーディー・ブルースにいたギタリストのデニー・レイン、ドラムのデニー・シーウェル(『RAM』のセッションに参加)らと共にウイングスを立ち上げる。そして、たった2週間ほどで作り上げたのが、デビューアルバムの『Wild Life(邦題:ワイルドライフ)』(’71)である。この作品は繊細なポールらしくなく(当時、世間一般が持っていたイメージ)、全体的に荒削りなサウンドで、その時点でのポールの考える“ロック”を表現したと言ってもいいだろう。ところが、前ソロ2作と違ってチャート結果が振るわず、これまた評論家からの低評価もあってまったく認められなかった。僕の周りにいたポールの熱烈なファンでさえ“ポールは終わったな”と言ったぐらいであった。この後、新たに、グリースバンドで活躍していたヘンリー・マッカロクをギタリストとして迎え、不評を吹き飛ばすかのようにハードなツアー活動を続けていく。

 そして、ここからポールの巻き返しが始まる。まずはシングル「マイラブ」(’73)のリリースである。僕の記憶でも、テレビやラジオはもちろん、近所の商店街まで、至るところでかかっていた。もちろん、僕も貯めていた昼ご飯代で、すぐに買いに走り、レコードがすり減るまで聴いた。そんなこともあって僕は、今でもこの曲が、ウイングス時代では一番好きだ。ともかく、ウイングスの活動を通して、ポールの模索していた“自分にとってのロック”という問いへの答えを見つけた1曲が「マイラブ」ではないかと思う。推測だが、ポールにとって“ロック”とは、端正で美しいメロディーを持つポップス的なもの(「イエスタデイ」「ヘイジュード」など)だと、この時に再認識したのではないだろうか。
 続いて、シングル「Live and Let Die(邦題:007 死ぬのは奴らだ)」(’73)や、2ndアルバム『Red Rose Speedway』(’73)で、セールスだけでなく各メディアからの高い評価を受け、完全復活を遂げる。

『Band on the Run』のリリース

 さて、ようやく本題である。ここまでのウイングスの活動を通して、自分の成すべき“ロック”のかたちを掴み直したポールに、もはや怖いものなどなかったのではないだろうか。“バンドはライヴ活動を続けることで成長する”というポールの信念のもと、ツアーを精力的にやっていたウイングスであったが、軌道に乗りかけた時、大きなトラブルに巻き込まれる。次作のレコーディングは、ナイジェリアで行なうことに決まったのだが、その直前、ヘンリー・マッカロクとデニー・シーウェルがポールに脱退を伝え、アフリカ行きを投げ出してしまうのだ。急な話だったので、今さら新メンバーを入れることもできず、結局、残されたポール、リンダ、デニー・レインの3人のみがアフリカへ飛び、アルバム制作がスタート。ポールはキーボード、ドラム、ベース、ギターなど、多くの楽器を担当することになった。
 しかし、前述したように、メンバーがいなくなったぐらいで、ポールの軸がぶれることはなく、自分の思い描いたサウンドを具体化するために、アルバム制作をストイックに遂行していくだけだ。そして完成したのが、ウイングスの3rdアルバム『Band on the Run』である。

『Band on the Run』について

 73年の終わりにリリースされた本作は、全米チャートで1位となり、イギリスでも1位を獲得している。当初のリリース時(LP時代)はイギリス盤とアメリカ盤では内容が違い、アメリカ盤にはシングル作の「Helen Wheels(邦題:愛しのヘレン)」が追加されている。なお、No Words」のみポールとデニー・レインの共作で、あとは全てポールの作詞作曲だ。
 急にメンバーが脱退し、慣れないアフリカの地でレコーディングしたというエピソードが嘘のように感じられるほど、本作の完成度は高い。1曲たりとも置いた曲(捨て曲)はない…どころか、最初から最後まで、ポールの底なしの才能にひれ伏すしかない、レベルの高い曲が用意されているのだ。

 「Band on the Run」と「Jet」については、こちら(http://okmusic.jp/#!/news/38443)でチェックしてほしい。この冒頭の2曲は、ポールの長いソングライティングのキャリアの中でも、最高ランクだと言ってもいい仕上がりをみせる。どちらもライブでは必ず演奏され、大いに盛り上がるナンバーである。3曲目の「Bluebird」と6曲目の「Mamunia」は静かな雰囲気で、この味わい深さは、ポールのビートルズ時代から続く持ち味のひとつだろう。4曲目の「Mrs Vandebilt」は、今後のポールの進む道を予言するような新鮮なテイストがある。繰り返される不思議な掛け声は、アフリカを意識したのかもしれない。 ビートルズの香りがする5曲目のロッカバラード「Let Me Roll It」と7曲目の「No Words」は、どちらもギターのフレーズが印象的なナンバー。9曲目の「Picasso's Last Words」は牧歌的でディキシーランド・ジャズっぽいアレンジを取り入れているが、曲の途中で「Jet」をはじめ、アルバム収録曲がコラージュとして用いられるなど、驚くほど斬新な展開をみせる。僕はこれがアルバム最高のナンバーだと思う。アルバム最後の「1985」は、アグレッシブなピアノのフレーズにのせて、組曲のように展開していく。壮大なスケールで、聴く者を圧倒する。エンディングで、かすかに「Band on the Run」がフェイドイン~アウトする。最後の2曲にポールの天才ぶりが凝縮され、リスナーは最高の満足のうちにアルバムは幕を閉じる。いやぁ、やっぱり何回聴いても感動するなぁ。

 本作は、アルバムチャートに半年以上もランクイン、ビートルズのメンバーが出したどのアルバムよりも大きなセールスを達成する。ポールはこのアルバムを発表することで、本来の自分を取り戻すことができたのではないだろうか。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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