アンビシャス・ラバーズの『グリード
    』は音楽が向かうべき先を決定付けた
    名盤!

    70年代後半、ノーウェイヴ派としてパンクのエッセンスを凝縮したすごいコンピ作『ノー・ニューヨーク』、80年代前半にはフェイクジャズというジャンルを生んだラウンジ・リザーズのデビュー盤、そして80年代後半に本作と、ロック史においての重要作3枚に関わったミュージシャンがアート・リンゼイだ。彼は単にミュージシャンという枠には収まらず、常にアーティスティックに音楽と向き合ってきた。今回は88年にリリースされた、アンビシャス・ラバーズ名義の大名盤『グリード』を紹介する。

    『ノー・ニューヨーク』の衝撃

    ロックの精神を取り戻そうと、70年代中期に登場したのがパンクロックだ。レコード会社が大企業化し、すっかり物分かりのよくなったロックを蘇生させたのが、パティ・スミス、ダムド、セックス・ピストルズ、ザ・クラッシュといったパンクロッカーたち。しかし、彼らもまたあっと言う間に大レコード会社に取り込まれ、若者たちの拠り所であった“パンクスピリット”も、単なる“パンクロック”というロックのジャンルのひとつになってしまうのである。
    しかし、インディーズで活動するグループのいくつかは、パンクスピリットをますます過激に凝縮させながらアンダーグラウンドで活動しており、78年にリリースされた『ノー・ニューヨーク』は4つのグループの演奏を収録した驚くべきアルバムだった。その4つのグループとは、ジェイムズ・チャンス&ザ・コントーションズ、ティーンエイジ・ジーザズ&ザ・ジャークス、マーズ、そしてアート・リンゼイ率いるD.N.Aだ。このアルバムのプロデュースはブライアン・イーノ(1)で、彼がどこまで関わったのかは分からないが、これら4グループを世に出したことで、彼の数多い仕事の中でもトップにランクするほどのマネジメントになったことは間違いない。
    このアルバムに参加した4組の中で、もっともパンクスピリットを表現しているのがD.N.Aで、その異常とも言うべき激烈なサウンドは、病的に肥大したロック産業を切り刻み、ロックが本来持っていたパワーや批評性を蘇らせることになった。このアルバムについては機会を改めて取り上げるつもりだ。
    D.N.Aはギター、ベース、ドラムの3人組で、ギター奏者のアート・リンゼイは、この頃ギターのチューニングすらも知らなかったのだが、このアルバムでのギター演奏は切れ味鋭く、今聴いても恐るべきプレイだと思う。この後、デビューアルバムのみに参加するラウンジ・リザーズでは、アートのカミソリのようなプレイに一層磨きがかかり、もはや誰にも真似できない芸術的な演奏に到達している。ギターが弾けなくてもギタリストになれるのかという問いには「アート以外ではムリだ」と答えるしかないが、彼はギターで音楽を演奏するというよりは、ドラマを演出すると言ったほうが近いかもしれない。彼のギターが如何にすごいかは、ラウンジ・リザーズのデビュー作1曲目に収録された「Incident On South Street」を聴いてみれば分かるので、ぜひ!

    アンビシャス・ラバーズ

    さて、80年代も後半になり、ニューヨークのインディーズシーンは、前衛的な音楽を世に出すことで知られるライヴハウス、ニッティング・ファクトリーでロックやジャズだけでなく、多くの新しい音楽を生み出した。これは『ノー・ニューヨーク』に始まる《ノー・ウェイヴ》(2)派アート・リンゼイの様々なプロジェクトが発端となって、音楽的成果として世界的に広がったことは間違いない。特にブラジル音楽や、90年代ファンクの人気はアートの尽力によるものだと言っても過言ではないだろう。
    アートはアメリカ生まれではあるものの、幼少期をブラジルで過ごし、ブラジル音楽(3)の素晴らしさを知っていただけに、84年にリリースしたアンビシャス・ラバーズ名義の第一作『Envy』では、自身のルーツのひとつであるブラジル音楽の要素をかなり取り入れている。ただ、デジタル機器の音作りがややチープ(当時としては新しかったのだが、まだまだ機器が開発途中だったため)になってしまっているのは否めない。
    話は前後するが、アンビシャス・ラバーズはアートとデジタル楽器のマエストロであるピーター・シェラーの二人組ユニットで、曲によって必要なゲストを迎えるというスタイル。この手法はデビューから解散まで変わることはなかった。

    アルバム『グリード』について

    そして、88年にようやく本作『グリード』がリリースされる。前作から4年経っているが、この間にアンビシャス・ラバーズの音楽性はほぼ変わっていない。相変わらずブラジル音楽だし、ファンクやアヴァンギャルド(4)音楽への追究である。しかし、この時期のデジタル機器の進化は凄まじく、以降の音源は今聴いても古くないぐらい充実したものになっていた。
    そして、グループを取り巻く人間関係も大きく変わった。本作に迎えられたゲスト(ジョン・ゾーン、ビル・フリゼル、ヴァーノン・リード、ナナ・ヴァスコンセロス、メルヴィン・ギブス)たちは、ファンク、ジャズ、ロック、ワールドミュージックなど、各界を代表する凄腕ばかり。
    ベースとドラムプログラミングは、ほぼ打ち込みによるものだが、とても重層的に仕上がっている。ピーターの才能がいかに抜きん出ているかがよく分かる緻密さである。アルバムに収録された全13曲中、ファンク系の曲がほぼ半分を占め、リビングカラー(黒人ロックグループ)のヴァーノン・リードのシャープなギターと、ナナ・ヴァスコンセロスの多彩なパーカッションが大きな役割を果たしている。
    残りの曲はブラジル音楽や前衛的なものになるが、どれもが素晴らしい。1曲目の「コピー・ミー」はアートにしては珍しくかなりポップな曲だが、これだけ秀逸な曲はなかなかないので、ぜひ聴いてみてほしい。この曲だけは打ち込みで良い結果が得られなかったのか、凄腕ベース奏者のメルヴィン・ギブスをゲストに迎え入れている。

    ロック史に残る重要作

    本作はアルバムとしての完成度が非常に高く、僕はリリース時からずっと聴き続けているが、未だに新しい発見があり、個人的にはロック史に残る重要作のひとつだと考えている。
    この後、サードアルバムの『ラスト』(‘91)を発表しグループは解散、アートはソロとなる。多くのミュージシャンのプロデュースをはじめ、自身のアルバムも数多くリリースするなど、いまでも精力的に活動している。なお、『ラスト』も本作と優劣を付けがたいほどの名盤である。

    著者:河崎直人

    OKMusic編集部

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