『Mud Slide Slim and the Blue Horizon(’71)/James Taylor

『Mud Slide Slim and the Blue Horizon(’71)/James Taylor

70sのアメリカ音楽を代表するジェー
ムス・テイラーの名盤『マッド・スラ
イド・スリム』

優れたシンガーソングライターが次々に登場した70年代前半にあって、外せないアルバムは多々あるが、キャロル・キングの『つづれ織り』、ジョニ・ミッチェルの『ブルー』、ニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』と『ハーヴェスト』、トム・ウェイツの『クロージング・タイム』などと並んで、時代がいかに変わろうと決して色褪せない傑作がジェームス・テイラーの『スイート・ベイビー・ジェイムス』と『マッド・スライド・スリム』だ。今回は日本のフォークソングがニューミュージックへとシフトするきっかけともなった記念碑的作品で、彼の代表作でもある『マッド・スライド・スリム』を紹介する。

バッファロー・スプリングフィールドの
シンガーソングライター性

スティーブ・スティルス、リッチー・フューレイ、ニール・ヤングといったアメリカンロック界の大物たちが在籍したバッファロー・スプリングフィールドは、ボブ・ディランがフォークからロックへ転向したことに影響を受けて1966年に結成されたグループであった。ディランは真の意味でシンガーソングライター(自作自演歌手)であったが、ジャンルとしての“シンガーソングライター”サウンドとは微妙に違い、グループであったにもかかわらず、どちらかと言えばバッファロー・スプリングフィールドのほうが、より“シンガーソングライター”的な要素を持っていた。

それまでの多くのロックグループが、1人か2人のカリスマとそれを支えるバックメンといったスタイルをとっていたのに比べて、バッファローは自作自演歌手たちを集めたような変則的なロックグループだと言える。彼らのアルバムは、まるでシンガーソングライターのコンピを聴いているかのようなサウンドであった。しかし、60年代末のこの時点では、まだシンガーソングライター・サウンドは輪郭のはっきりしないぼんやりとしたイメージに過ぎなかった。

では、シンガーソングライター的なサウンドとは一体、どんな音楽のことを言うのだろうか。その答えは70年代の始めから続々とリリースされる自作自演歌手のアルバムにあった。

キャロル・キングの普遍性

例えば、バッファロー解散後にリリースされたニール・ヤングのソロデビュー作『ニール・ヤング』(‘69)やジョニ・ミッチェルの『青春の光と影』(’69)などは、最初期のシンガーソングライター的サウンドを持ったアルバムであろう。
この時代、世界的な変換を迫る大事件が毎日のように起こっていた。泥沼化するベトナム戦争や黒人差別を発端にした公民権運動、それに伴う権力(国家)と反権力(学生や労働者)の対立、そして快適な生活の影で大きな問題となっていた公害など、先進国と呼ばれる国々(日本も含まれる)は急激な工業化で多くの問題や軋轢を生み、世界は同じタイミングで精神的に疲弊しきっていたのである。同じ頃、カリスマロックスターたちもドラッグや荒れた生活から次々に亡くなっていく。例えば、70年にはジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンが、71年にはドアーズのジム・モリスンやオールマンブラザーズのデュアン・オールマンなどがそうだ。

そんな時、人々の心を癒やすかのように登場してきたのが、ジェームス・テイラーとキャロル・キングである。彼らはそれまでのロックアーティストのように大げさなことは何も言わなかった。サウンドもフォークやカントリーをルーツにした静かなもので、大音量を必要とする大きなフェスに登場するよりも、小さなライヴハウスで生音を中心に音楽活動を行なっていた。

特に、70年にリリースされたジェームス・テイラーの『スイート・ベイビー・ジェイムス』と、71年にリリースされたキャロル・キングの『つづれ織り』は、まさにシンガーソングライター的サウンドの完成品であり、この2枚のアルバムはロックの価値観や過剰な電化生活を根底から変える力を持っていた。パンクロックが動的なものであるなら、シンガーソングライターは静的なもので、しかしどちらも当時の若者の生活スタイルをも変えるほどのパワーがあったのだ。中でも、キングの『つづれ織り』の完成度は高く、人間の普遍的な精神性が歌われているだけに、今聴いてもまったく古くなっておらず、ロックの全歴史を通しても上位にランクされる名作中の名作である。

ジェームス・テイラーの巧みなギターワ
ーク

テイラーの2枚目のアルバム『スイート・ベイビー・ジェイムス』も『つづれ織り』と双璧をなす名作で、この頃ふたりはお互いのライヴのバックを務めるなど親しい間柄でもあった。おそらく、自分たちのやっている音楽がエポックメイキングなものであることは認識していたであろう。

結果、この2枚のアルバムがシンガーソングライターというひとつのジャンルを作ったのである。「とりわけ大きな事件がなくても、自分の小さな体験や内面の思いを歌にすればそれで良い」という、誰もがチャレンジできるような音楽のジャンルが生まれたことで、かつてのフォークソングのように、ギター1本あれば音楽ができる喜びを多くの人に与えることになった。そんなシンガーソングライター・サウンドだが、実はそれは幻想であった。本当は誰にもできそうで、できない音楽なのだ。

キャロル・キングはソロデビュー前、プロのソングライターとして多くの大ヒット曲を書いていたし、ジェームス・テイラーも『スイート・ベイビー・ジェイムス』の前はポール・マッカートニーに認められ、68年にアップルレコードからソロアルバムをリリースしている。その頃、すでにジャズやボサノバ的なメジャーセブンス系コードを使った多彩なギタープレイをしており、一流のギタリストでありヴォーカリストでもあったのである。当時、彼のようなスタイルのギターを弾けるのはホセ・フェリシアーノぐらいではなかったか。そして、その巧みなギターワークが彼の音楽を創造する上で、大きな役割を果たすことになる。

本作『マッド・スライド・スリム』につ
いて

前作『スイート・ベイビー・ジェイムス』(‘70)は世界中で評価され、シングルカットされた「ファイア・アンド・レイン」は全米3位となり、日本でも大ヒットした。他にも「スイート・ベイビー・ジェイムス」「カントリー・ロード」など、彼の代表曲が収録された傑作である。

彼に注目が集まるなか、翌年の71年にリリースされたのが本作『マッド・スライド・スリム』である。本作と前作は甲乙付け難い出来で、両者を比べるべきではないという人は多い。どちらも超ハイレベルの作品だし、僕もそう思う。アルバムのバックを務めるのは、キャロル・キング、ジョニ・ミッチェルをはじめ、クレイグ・ダーギーを除く初期のザ・セクションの面々で、セクションはこの作品の後、ジャクソン・ブラウンやリンダ・ロンスタットなど、ウエストコーストロックを代表するサウンドを生み出す名ミュージシャンとして、数多くのセッションに顔を出すことになるのだが、それは言うまでもなく本作のセッションが素晴らしい出来であったからである。

収録曲は全部で13曲。何と言ってもキャロル・キングの「きみの友だち(原題:You’ve Got A Friend)」のカバーは白眉(全米1位獲得で、グラミー賞も受賞)だが、他にも「Long Ago And Far Away」「You Can Close Your Eyes」「Hey Mister, That’s Me Up On The Jukebox」「Machine Gun Kelly」など、名曲揃い。バックの演奏とテイラーのヴォーカルの一体感は相当なもので、歌を活かすためにバックミュージシャンはどう演奏すべきか…。この命題については本作に答えがあると言い切ってもいいだろう。テイラーの歌もバックの演奏も、全てが一級品だ。

彼のことを聴いたことのない人は、どのアルバムでもいいからぜひ聴いてみてほしい。フォークやロックだけでなく、ソウル、ジャズ、ラテン、クラシック、カントリーなどいろんなジャンルの音楽が隠し味として使われているし、何より彼の透き通るような歌声には、心が洗われるような気がするのだから、すごいよ。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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