テイラー・スイフトの『1989』は一段
階上の新たなステージに到達した傑作

90年代以降、なぜか日本ではカントリー歌手やグループは冷遇されてきた。これは“カントリー音楽”に対するイメージが良くないことが原因だと思う。未だにカントリー歌手は派手なウエスタンシャツを着て、馬に乗って登場する…みたいな。そんなカントリーに対するマイナスイメージを払拭したのがテイラー・スイフトだ。彼女はカントリーからポップスに転身したとよく言われるが、ヴォーカルスタイルやライヴでのステージングを見れば、カントリー界の王道を進んでいることは確かで、だからこそ、彼女の存在は重要だと僕は考えている。今回はグラミー最優秀アルバム賞にも輝いた最新作『1989』を紹介する。

世界におけるカントリー音楽の人気

カントリー音楽は、アイルランドやスコットランドの伝承音楽と黒人ブルースなどを混ぜ合わせたアメリカ独自のポピュラー音楽だ。昔から日本では演歌と似ていると言われることが多いが、実際にはJ-POPに代表されるポピュラー系歌謡曲のほうが近い存在かもしれない。そういう意味では、ロックという音楽もカントリー、ブルース、R&Bなどとの合体によって生まれたポピュラー音楽だってことを忘れてはいけない。
なぜか日本では人気がないが、世界中でカントリー音楽の人気は高く、ビルボードがまとめた2015年のミュージシャンの高額所得者の上位を見ると、1位はぶっちぎりでテイラー・スイフト、2位もこれまたカントリーシンガーのケニー・チェズニーだ。3位にご存知ローリング・ストーンズが入っているが、日本でケニー・チェズニーと言っても知っている人のほうが少ないかもしれない。チェズニーもスイフトと並んでアメリカではスーパースターで、ギャラが高すぎて日本に呼べないと噂されるほどのミュージシャンなのである。
世界で言えばイギリス、オーストラリア、フランス、オランダ、ドイツ、チェコなどでもカントリー音楽の人気が高く、アメリカのカントリー系ミュージシャンが多数訪問し、多くのライヴレコーディングを残している。中でもオーストラリア出身のキース・アーバンはアメリカに渡り大成功を収めたカントリーシンガーで、数年前には女優のニコール・キッドマンと結婚し話題となった。アーバンはエリック・クラプトンが主催する『クロスロード・ギター・フェスティバル』でその超絶テクニックのギターを披露(本職はシンガー)し、ギターフリークたちを唖然とさせたことがある。

ロック界とカントリー界のつながり

アメリカではロック界とカントリー界のジャンルの壁はあまりなく、ヒットチャートの行方なども見ながら双方のミュージシャンたちが行き来している。例えば、現在のディープ・パープルでギタリストを務めているスティーブ・モースはもともとカントリー系のギタリストだし、イーグルスやリンダ・ロンスタットといった70年代のスーパースターも、音楽活動の出発点はカントリーである。エリック・クラプトンの大ヒット曲「チェンジ・ザ・ワールド」は、カントリーシンガーのワイノナのヒット曲をカバーしたものだ。
また、ダニー・ハサウェイやドゥービー・ブラザーズの黒人ベーシストとして知られるウィリー・ウィークスは、現在ナッシュビルでカントリー系のセッションミュージシャンとして活躍、同じくドゥービー・ブラザーズの超絶ギタリスト、ジョン・マクフィーやドラマーのキース・ヌードスンは元CCRのスチュ・クックとカントリーのグループ、サザン・パシフィックを結成し、80年代にヒット曲を連発していたこともある。
他にもボン・ジョヴィは2006年にカントリー作品『Who Says You Can't Go Home』を発表し、ビルボードのカントリーチャートで1位を獲得、さらに2007年にはカントリーロック・アルバムの『Lost Highway』をリリースしている。フー・ファイターズやベックらもカントリー音楽へのリスペクトを表明するなど、海外ではロック界とカントリー界のコラボが当たり前になっているのに、日本だけがカントリーの魅力から置いてきぼりをくらっている感じがするのは僕だけだろうか…。

テイラー・スイフトの活躍

さて、テイラー・スイフトだ。彼女のようなスターはこれまでにも存在したのかというと、70年代に登場したオリヴィア・ニュートン=ジョンと、90年代にヒット曲を連発したシャナイア・トゥエインに少し似ているかもしれない。どちらもメガヒットを連発しているし、美しい容姿という意味でも確かに似ていると思うのだ。
しかし、スイフトが彼女たちと決定的に違うのは、歌手であると同時にソングライターであるということ、大手レコード会社ではなく新興レーベルから登場していること、ギターが上手いということ、SNSで自分の情報を発信し続けていること、自分のセンスでファッションを決めるということの5点である。これがスイフトの大きな強みであり、特に日本で人気を集めたきっかけとなったのは、彼女のファッションセンスであったと思う。日本の若い女性ファンはカントリー音楽に興味があるわけでなく、彼女の可愛さやそのファッションからファンになったのである。そして、音楽を聴いてみるとテレビやラジオではあまりオンエアされない、カントリーの新鮮な魅力にも惹かれていったのだろう。
彼女のデビューアルバム『Taylor Swift』(’06)は、400万枚以上を売上げたが、新興レーベルからリリースされた新人のアルバムとしては異例中の異例であった。これはプロモーションのために全米各地を自分で回り、服装選びも自分、それらのアーティスト情報をSNSを使って自分で発信するという新しいスタイル(零細企業スタイルとも言える)が功を奏したことは間違いない。彼女がまだ16歳であったからこそできたのもかもしれないが、優れたソングライティングと人並み外れた歌唱力の才能を持っていたことが、やはり成功の最も大きな理由であろう。
次作の『Fearless』(’08)は前作よりもヒット、史上最年少(20歳)でグラミーの年間最優秀アルバム賞を受賞している。それからは日本でも彼女の動向はよく知られるようになり、世界中でファンが増え続けていく。その後にリリースした『Speak Now』(’10)と『Red』(’12)の2枚も爆発的なセールスを記録している。

本作『1989』について

5作目となる本作は、彼女にとって2度目のグラミー年間最優秀アルバム賞を受賞した記念すべき作品だ。2度目の受賞は女性ではグラミー史上初めての快挙であり、未だに彼女の才能が枯れていないことを証明していると思う。
収録曲は全部で13曲(デラックス・バージョンは19曲)。シングルカットされたのは7曲で、うち3曲がチャート1位を獲得しているという恐るべき内容である。アルバムタイトルの“1989”は、言うまでもなく彼女の生年を表しているのだが、ここに彼女の本作に対する思い入れというか執着というか、これまでの殻を脱ぎ捨てて新しいスタートを意識していることがしっかり伝わってくる。
アルバム全体の印象はシンセや打ち込みを多用した、ダンサブルな曲が多いこと。ヴォーカルの録音にはかなりのこだわりがあるようで、さまざまな電気処理を施した彼女の声を多重に録音し、かなり複雑に絡ませている。おそらくヴォーカルだけを取り出して聴いてみるだけで、かなりのグルーブ感が味わえると思う。このあたり、これまでの4枚のアルバムにはなかった感覚で、時代に即した新しいサウンドを狙っているようだ。似たようなスタイルの曲が多いのは、アルバムをじっくり聴かせるというよりも、明らかにインターネットのダウンロード数を増加させるための方策なのだろう。
ただ、新しいことにチャレンジするということは、過去の良かった点を犠牲にすることでもある。僕はアルバムとしての仕上がりは間違いなく前作『Red』(’12)のほうが優れていると思うが、本作ではアルバムという概念を壊そうとしているような気もするし、次作のリリースによって初めて、『1989』の真の意図が明確になるのかもしれないと考えている。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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