『ラモーンズの激情』、偉大なるパン
    クの伝説はここから始まった!マイナ
    スをプラスに転じさせた奇跡の一枚!

    ラモーンズが76年にリリースした記念すべきデビューアルバム『ラモーンズの激情』がついに50万枚のセールスを超え、今年6月、ゴールドディスクに認められた。リリースから実に38年。その魅力はいまだ色褪せずに、これからも多くのロックリスナーを魅了しつづけることだろう。ラモーンズの伝説はまだまだ終わらない。

     正直に言えば、ラモーンズの魅力を理解するまでにはちょっと時間が必要だった。
    「えぇ、ラモーンズ? ラモーンズってただのロックンロール・バンドでしょ」。どの口が言ったのか。これは原宿の、とあるパンクのお店で、「ラモーンズは好きじゃないの?」と彼らのTシャツを薦めてきた店員さんに対して、当時10代だった筆者が言った言葉である。今思えば、恐ろしいことを言ったものである。ラモーンズのことを考えるたび、このことを思い出すのだが、それからン十年経った現在も、もしチャンスがあるならば、その時の店員さんに「私の認識不足でした」と謝りたい気持ちでいっぱいだ。
     ただ、パンクロックがワッショイワッショイとみんなで楽しく盛り上がれる音楽になった今とは違って、パンクがまだまだ過激な音楽だと思われていた時代の話である。その頃、すでに台頭しはじめていたディスチャージやGBHら、ハードコアパンク勢はもちろん、ラモーンズと同時代のバンドでありながら、ロックシーンにセンセーションを巻き起こしていたセックス・ピストルズやクラッシュと比べて、オールディーズ風のポップなロックンロールを歌っていた(ように思えた)ラモーンズが長髪、マッシュルーム・カット、革ジャンと破れたジーンズというルックスも含め、パンクに表層的な過激さを求めていたロックリスナー歴の浅いリスナーには、どこか時代遅れに見えてもしかたなかった。実際、当のラモーンズだって、『トゥー・タフ・トゥ・ダイ』(’85)、『アニマル・ボーイ』(’86)というアルバムではハードコアに接近していたんだから、本人たちにもこのままでは時代の流れに取り残されてしまうという危機感があったにちがいない。
     もちろん、最初からラモーンズが大好きだったというファンもたくさんいるだろうが、そんなわけで、筆者が彼らの魅力をようやく理解できるようになったのは、ラモーンズのメンバーが10代の頃、聴いていたような60年代のロックやポップスをひと通り聴いてからのことだった。
     最初に聴いたのは、この『ラモーンズの激情』ではなく、なぜか2作目の『ラモーンズ・リーヴ・ホーム』(’77)だった。その後、順番は前後しながら彼らのアルバムを聴いていったわけだが、何よりも驚きだったのは、このデビューアルバムを作った時点で、彼らがその後、“ラモーン・パンク”というパンクロックの一ジャンルを生むことになる唯一無二のスタイルを早くも確立していたことだった。
     60年代のヒットソングの影響を思わせるポップかつキャッチーなメロディー。スピーディーかつメタリックなギターロックサウンド。1曲3分に満たないショートチューン。そして、戦争映画、ホラー映画、コミックといったメンバーの趣味・嗜好をモチーフにしながら、街角にたむろする若者のライフスタイルを、若者特有の精神の混乱と不満とともに描き出した歌詞――彼らはワンパターンと言われながらも(もちろん、ワンパターンなどではない)、このデビューアルバムで提示したスタイルを、アルバムジャケットで打ち出したルックスも含め、96年に解散するまで貫き通したわけだが、現在、ラモーンズならではの魅力と言われているそれら全てがマイナスをプラスに転化させたものというところがいかにもパンク的で面白い。
     例えば、結成からわずか2年で彼らがラモーンズ印のサウンドを明確なかたちで打ち出せたのは、他のバンドの曲をコピーすることに時間を費やさず、最初からガンガン、オリジナル曲を作っていったからだが、それはコピーするには演奏技術が足りず、そんな自分たちでも演奏できるオリジナル曲を作るしかなかったからだ。お陰でデビュー前にラモーンズはアルバム2枚分のレパートリーを持っていたそうだが、起承転結の承と転を省いたような3分に満たないシンプルなソングライティングも複雑な構成の曲が書けなかったからだろうし、彼らの曲にソロらしいギターソロがほとんどないのもギターソロが弾けなかったからだ。また、ダンゴ状になって突き進むパンキッシュなリズムも起伏あるリズムを奏でることができなかったからだろう。そして、精神の混乱や不満を歌詞に綴ったのは、題材にしたいと思っても、彼らには車も女の子も手に入れることができなかったからだ。しかし、それがポップな曲調に暗い影を落とすという効果を生んだ。
     ジョーイ(ヴォーカル)、ジョニー(ギター)、ディー・ディー(ベース、ヴォーカル)、そしてトミー(ドラムス)――全員がラモーン姓を名乗るメンバーたちに狙いがあったとは思えない。持たざる者たちがそれでも音楽を奏でたいと願い、自分たちにできることを懸命にやってみたところ、ストリートに根差した表現が、「これなら俺たちにもできる!」とイギリスをはじめ、世界中にいる同じような境遇の若者たちに歓迎され、パンクブームに発展していったため、たまたまラモーンズと彼らのデビューアルバムはパンクの先駆けと謳われたということだろう(彼らにパンクロックバンドの素質があったとしたなら、それはメンバーに頑固者と偏執狂と癇癪持ちがいたことかもしれない)。
     パンクロックの第1号になったことは、ラモーンズにとっては名誉なことだったにちがない。しかし、彼らにとってはそれが全てではなかった。「ブリッツクリーグ・バップ」がベイ・シティ・ローラーズを意識した曲というのは有名な話。ラモーンズは誰よりもヒット曲を持つことを望んでいたバンドだった。だから、今回、このアルバムのセールスがリリースから38年を経て、50万枚を超え、ゴールドディスクに認められたことを、天国にいるメンバーたちは喜んでいるにちがいない。オリジナルメンバー最後の生き残りだったトミーもこのアルバムがゴールドアルバムに認められた1ヵ月後、62歳でとうとう逝ってしまったが、『ラモーンズの激情』はこれからもまだまだ、じわじわとセールスを伸ばしつづけるにちがいない。
     「ヘイ・ホー・レッツ・ゴー!」の掛け声でお馴染みの「ブリッツクリーグ・バップ」ばかりが一人歩きしているような印象もあるけれど、彼らのロマンチックな魅力が凝縮されたノイズポップの先駆けとも言える「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ボーイフレンド」、ラモーンズ流のサーフロック「ジュディ・イズ・ア・パンク」の他、「53rd & 3rd」「ウォーク・アラウンド・ウィズ・ユー」「トゥモロウ・ザ・ワールド」など、『ラモーンズの激情』にはその後、ライヴの重要なレパートリーになる曲の数々が少なからず収録されているのである。

    著者:山口智男

    OKMusic編集部

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    4コメント
    • nouser
      十数年ぶりにラジオで聴いたらやっぱり最高だったので、最近はまたラモーンズを聴いております。良く聴くとアナログの良い音だしアレンジも巧みだと感じました。
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