全世界にその存在を認識させた
ロバータ・フラックの名作
『愛のためいき』

『Feel Like A Makin’ Love』(’75)/Roberta Flack
ニューソウルの旗手と黒人ポップス歌手
しかし、『What‘s Going On』が出る2年前の69年にリリースされたロバータ・フラックのデビュー盤『First Take』は、黒人音楽というよりは、歌い回しにジャズやクラシック的素養が明らかに感じられるポップス作品であった。彼女のやさしく伸びやかな歌声を中心に、ソウル風、ジャズ風、フラメンコ風、カントリー風のナンバーを8曲収録したアルバムで、不思議なテイストのポップス感覚を持っていた。レイ・チャールズやレス・マッキャンのように“R&B寄りのジャズ”みたいな中道派ソウルジャズのアーティストを多く抱えるアトランティックからのリリースだけにそれもありかと思ったが、少なくとも黒人音楽ではなかった。おそらくデビューアルバムは、彼女の素晴らしい歌声を最大限に生かすための仕掛けがなされたのだろう。
僕が『First Take』を初めて聴いたのは高校生の頃で、その頃はブルースや泥臭いサザンソウルが好きだっただけに、フラックはダメだと決めつけていたものだ。今から思えば、偉大なニーナ・シモンの路線を踏襲していたのだと思う。
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全米1位獲得とグラミー賞受賞
日本人なら誰でも知っている
「やさしく歌って」
「やさしく歌って」は74年のグラミー賞で2年連続となる最優秀レコードを獲得しただけでなく、最優秀女性ヴォーカルにも選ばれることになった。フラックの代表曲をひとつ挙げろと言われたら、僕はこの「やさしく歌って」か5枚目のアルバム『愛のためいき』収録のタイトルトラックのどちらかを挙げるが、どちらにするかは、なかなか決めかねる…。
本作『愛のためいき』について
まず、リズムセクションとして参加しているドラムのアイドリス・ムハマッドやアル・ムザーン、ベースのアンソニー・ジャクソンやゲイリー・キングらの演奏はタイトで、めりはりのつけ方が強力だ。レオン・ペンダービス、リチャード・ティー、ボブ・ジェイムスといったアメリカを代表するキーボード奏者や、ギタリストのデヴィッド・スピノザやヒュー・マクラッケンらも、それぞれソロアルバムをリリースするほどの猛者揃いで、バックヴォーカリストではデニース・ウイリアムス、パティ・オースティン、ラニ・グローブス、ウィリアム・イートンといった豪華な布陣が脇を固めている。
収録曲は何と言ってもタイトルトラックの「愛のためいき(原題:Feel Like A Makin’ Love)」の出来が素晴らしい。このあと、雨後の筍のようにカバーが登場するが、そのどれもが本盤のアレンジをもとにしていて、本家(正確には本家ではないが)の貫禄はさすが。対抗できているのはマリーナ・ショウぐらいではないだろうか。また、スティーヴィー・ワンダー作の「I Can See The Sun In Late December」は13分にも及び、後半の6分はインストで、独立したフュージョン作品となっている。これまでのフラックのアルバムは、あくまでもポップスアルバムとして制作してきたので、こんな実験的なことはやっていないのだ。この1曲だけをとっても、彼女が新しい何かを生み出そうとしていることが分かる。他にもキャロル・キングやカーリー・サイモンを彷彿させる部分があるなど、本作は単なるポップス作品ではなく、彼女のロックスピリットをビシバシ感じる都会派のシンガーソングライター的作品だ。
本作の次に出た6thアルバム『愛の世界(原題:Blue Light In The Basement)』(’77)は参加メンバーの豪華さでは本作を上回るが、ブラコン風のポップス作品となっており、ロックスピリットが感じられずに残念な気持ちになった。結局、僕にとってのロバータ・フラックは『やさしく歌って』と『愛のためいき』の2枚に尽きるのかもしれない。
TEXT:河崎直人