孤高のシンガーソングライター、
ローラ・ニーロの歌唱力が光る傑作
『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』
ある時は黒人のソウル歌手のようであり、ある時は白人のポップス歌手のようでもある。彼女は自分の体験したさまざまな音楽を咀嚼・再構成し、彼女自身の生き様を加味して真摯に創作する、まさにプロフェッショナルなアーティストである。中でも“大都市の孤独”のような感覚を表現するのは天才的だ。今回紹介する『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』は、彼女の愛する音楽(ノーザンソウル)をカバーした作品集で、彼女の作品の中ではもっともポップ性が高いのだが、高い芸術性も持ち合わせた稀有な傑作と言える。
シングルヒットを連発していた
フィフス・ディメンション
彼らは黒人グループなのにソウルではなくポップスのグループだったのだが、当時は小学生なので不思議だとも思わなかった。しかし、今から振り返るとフィフス・ディメンションというグループは画期的な存在だったのだ。彼らのような存在があったからこそ、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやサンタナのような白黒混合グループが生まれたのかもしれない。
スリー・ドッグ・ナイトと
ブラッド・スウェット・アンド・
ティアーズ
すると、フィフス・ディメンションの「ストーンド・ソウル・ピクニック」「ウェディング・ベル・ブルース」の2曲、そしてTDNの「イーライズ・カミン」とBSTの「アンド・ホエン・アイ・ダイ」は作者がローラ・ニーロという人だということが分かったのである。これが彼女との出会いとなった。
ローラ・ニーロのアルバム
今から思えば、このアルバムは彼女にとって2枚目にあたり、まだ20歳すぎの女の子のアルバムとしては考えられないぐらいの完成度である。彼女はニューヨーク出身で、当時のニューヨークといえばフォークリバイバルの真っただ中にあるはずなのに、その影響がまったく感じられないところに彼女の独自性があるのだろう。この『イーライと13番目の懺悔』を聴いているとブリルビルディング系のポップス、ジャズ、そしてノーザンソウルが彼女のお気に入りだったのだろうと推測する。
続いて69年にリリースされた『ニューヨーク・テンダベリー』は前作よりもはるかに内省的な内容で、大都会での孤独を感じさせる情念のようなものが全編を貫いている。もはやポップスという枠を超えてしまっており、リスナーに真剣に向き合うことを要求するような作品である。芸術性が極めて高く、彼女の早熟な天才ぶりが発揮された名作であることは間違いない。フィフス・ディメンションやTDN、BSTらのカバーヒットがあったせいか、『ニューヨーク・テンダベリー』は全米アルバムチャートで32位に、シングルカットされた「セイブ・ザ・カントリー」は5位になるのだが、これだけ非商業的な作品がチャートの上位にランクされることは稀である。
70年にリリースされた『魂の叫び(原題:Christmas And The Beads Of Sweet)』は、『イーライと13番目の懺悔』と『ニューヨーク・テンダベリー』の2枚をミックスしたようなアルバムで、歌声はより力強くなっている。ラストの7分にも及ぶ「クリスマス・イン・マイ・ソウル」の孤独感の表現は、戦慄さえ覚える名演である。
本作『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』
について
本作に収録されているのは、彼女が子供の頃から口ずさんでいたR&B・ソウルの大ヒット曲ばかりであるが、しっかりとローラ・ニーロのカラーを主張しているところがすごいところ。アルバムのクレジットはローラ・ニーロ・ウィズ・ラベルとなっており、ラベルとはアレサ・フランクリンと並ぶほどの女性ソウル歌手、大御所パティ・ラベルである。共演がラベルだけに、ローラ・ニーロも渾身の力を振り絞りながら楽しんでいる様子が手に取るようにわかる。その雰囲気もちゃんとアルバムに収められているところが本作を名盤に押し上げている要素のひとつだと思う。
スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、マーサ&ザ・ヴァンデラス、メジャー・ランス、ベン・E・キングなどの大ヒットナンバーが持つ有名曲そのものの魅力と、ローラ・ニーロという稀有の才能を持ったアーティストの魅力とが相まって、リリースされてから50年近くが経っているにもかかわらず本作は未だに古びていない。商業音楽が半世紀近くも鮮度を保つのは容易なことではないが、本作『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』はタイトル通り奇跡的なアルバムだと言えるのではないだろうか。
TEXT:河崎直人