21歳のエルヴィス・プレスリーが
デビューアルバム
『エルヴィス・プレスリー登場!』に
宿らせたロックンロールの神通力

死後38年経った現在も多くのミュージシャンにとってインスピレーションを与えているキング・オブ・ロックンロールことエルヴィス・プレスリー。そのデビューアルバム『Elvis Presley(邦題:エルヴィス・プレスリー登場!)』は、あのザ・クラッシュがジャケットのデザインを拝借したことでも有名だが、そこに収められた曲の数々からは単純にオールディーズとは言えない魅力が感じられる。

「エルヴィス・プレスリーってただのロックンロールの人じゃないんですか」
そう言い放ったあの女を、僕は絶対許さない。その程度の認識の人間がこの業界にいることがそもそもおかしいだろう。あん時、ひっぱたいてやればよかった。大体、ただのって何だよ、ただのって。
 なぜ、死後38年経った今もプレスリーがキング・オブ・ロックンロールと言われるのか? それを考えれば、ただのなんて言葉は出てこないはず。なぜ、クラッシュは「1977」で“1977年にはエルヴィスもビートルズもストーンズも要らない”と歌いながら、名作の誉れ高い3作目のアルバム『ロンドン・コーリング』でプレスリーのデビューアルバムのジャケットを真似たのか? なぜ、ニック・ケイヴはソロデビューアルバムのタイトルに“The First Born Is Dead”と付けたのか?(プレスリーの双子の兄ジェシーは生後すぐに死んでしまった) なぜ、U2は“プレスリーとアメリカ”というタイトルの曲を作ったのか? なぜ、アークティック・モンキーズのフロントマン、アレックス・ターナーは突然、髪形をリーゼントにしたのか? なぜ、我らがザ・クロマニヨンズはシングル「エルビス(仮)」でエルヴィス・コステロではなく、明らかにプレスリーを連想させるフレーズを歌ったのか? 
 それはロックンロールがプレスリーから始まったからだ。もっとも、白人のカントリーと黒人のリズム&ブルースの…今風に言えば、ミクスチャーと言えるロックロールは、プレスリーがいなくても生まれていたかもしれない。しかし、白人であるプレスリーが黒人ミュージシャンの曲を歌ったり、ライヴパフォーマンスにおいてことさらに肉体の躍動をアピールしたりという当時、タブーとされていたことに挑戦しながら、時代の寵児になり得るカリスマ性であり、女の子たちを虜にするアイドル性を持った彼のような存在がいなければ、ロックンロールはその後、20世紀最大のユースカルチャーに発展しただろうか。プレスリーがいなければ、アメリカの南部に限定されたローカルカルチャーで終わっていたかもしれない。
 白人が黒人の曲を歌うことについても、セクシーなパフォーマンスをすることについても、今、僕らが何も不思議に思わないのは、今から60年前、プレスリーがそのタブーを犯すことに挑んだからだ。キリスト教文化に根差していることに加え、さまざま差別意識が残っていたアメリカにおいて、プレスリーの挑戦がいかに過激だったか。そして、彼の登場がいかにセンセーションだったか。それを実感するにはちょっと想像力を働かせる必要があるが、想像力を働かせたついでにデビューからわずか2年でメジャーレーベルに移籍したプレスリーが56年3月にリリースした、このデビューアルバムを聴いてみれば、彼のすごさはさらに伝わるはずだ。
 特筆すべきは、歌と演奏の速さだ。今聴いても、かなりアップテンポに聴こえるんだから、リリース当時は常識外れに速かったはず。例えば、オープニングを飾る「ブルー・スエード・シューズ」や「アイ・ガット・ウーマン」、そして「トゥッティ・フルッティ」の3曲を、それぞれカール・パーキンス、レイ・チャールズ、リトル・リチャードのオリジナルと聴き比べてみれば、プレスリー・バージョンがいかに速いかが分かると思う。ちょっと頭の中のネジの回転数がおかしいんじゃないかという気もするが、このスピード感があるからこそ、このアルバムは時間の流れを超えることができたんじゃないかなんて思ったりも。
 もちろん、聴きどころはスピードだけじゃない。何と言っても一番の魅力はクルーンヴォイスと狂おしいシャウトを使いわける、セクシーであると同時にワイルドでもある歌声だ。個人的なお気に入りはピアノが跳ねるR&Bの「ワン・サイデッド・ラブ・アフェア」(この曲もかなりアップテンポだ)とR&B調のバラード「お前が欲しくて」。特に前者はノリノリで歌うプレスリーの魅力が尋常ではないほどの生々しさとともに感じられ、ちょっと背筋がゾクゾクッとなる。何だろう、この感覚。ひょっとしたら、神通力なんて言ってみたい、そんな力にあやかりたくて…いや、自分のものにしたくて、多くのミュージシャンがいろいろなやり方でプレスリーに対するリスペクトを表現しているのかもしれない。

著者:山口智男

OKMusic編集部

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