チャカ・カーンのソロデビュー盤『恋
するチャカ』はソウル界だけでなく幅
広いジャンルへ影響を与えた名作

1970年代、ソウル界でクイーン・オブ・ソウルと言えばアレサ・フランクリンであった。エタ・ジェイムズ、ローラ・リー、キャンディ・ステイトンなどすごい歌手は他にも少なからずいたが、アレサほど飛び抜けた技術力と天性の表現力を持ったソウルシンガーはいなかった。そんな中、チャカ・カーンは70年代後半にソロデビューした歌手だ。アレサを超えるかどうかは別として、80年代の音楽シーンにおいて、しなやかに伸びる高音とジャズからポピュラーまで歌いこなせる幅広い音楽性を武器に大活躍、その後のシンガーにもっとも影響を与えたのがチャカであることは間違いない。5月には3年振りの来日が決定していることもあって、今回は彼女の記念すべきソロデビュー作『恋するチャカ(原題:Chaka)』を紹介する。

ディスコの流行

1977年、ジョン・トラヴォルタ主演の映画『サタデイ・ナイト・フィーバー』が公開された。日本では翌年の78年に公開され、映画はもちろん、ビージーズが手がけた主題歌も世界中で大ヒットする結果となった。日本でも映画のヒットを受け空前のディスコブームとなり、パチンコでもお馴染みとなった“フィーバー”という言葉は今でも使われているぐらいで、その人気がどれほどのものだったかがお分りいただけると思う。
爆発的なディスコの流行で、ポピュラー音楽(特にソウル)は変わった。それまでと比べ、ダンスに重点を置いたサウンドが主流となり、メロディーや歌詞、編曲よりも“踊れるかどうか”が重視され、ディスコ向きの曲(ソウルをベースにした軽いファンクのようなサウンド)をリリースすれば何でも売れた。質より量で勝負する、言わば音楽業界のバブル時代である。もちろん、シックやEW&Fなど良いグループもあったが、その多くはダンスのBGMとして消費されるためだけに作られた音楽だった。

白黒混合のファンクグループ、ルーファ

73年にデビューしたルーファスも、初期はディスコで消費されるようなダンス音楽をやっていた白人ファンクグループだった。ここに唯一黒人のリードシンガーとして在籍していたのがチャカ・カーンだ。はっきり言ってデビュー当時のルーファスはB級バンドで、チャカがいるから認知されていたと言ってもいいだろう。しかし、徐々にルーファスはバンドとしてまとまり、成長していく。グループ名を“ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン”(‘75)と変えた4枚目あたりからグループは格段に良くなったが、チャカのヴォーカルの存在感は圧倒的となり、ルーファスの影は薄くなるばかりで、彼女がソロアーティストになるのは時間の問題だった。ただ、チャカ自身はルーファスを気に入っていたようで、ソロになってからもルーファスとの活動を行なえるような契約を結び、グループが解散するまで、何らかのかたちで絡み続けていたことからもそれが窺い知れる。

ソロ契約

すでに、その類い稀なるヴォーカルテクニックで全米にその名を知られるようになっていたチャカのソロデビューは秒読みに入っていた。大手レコード会社の多くが彼女を獲得するために躍起になって動いていたのだが、結局フュージョン流行の仕掛け人で、ジョージ・ベンソン、スタッフ、アル・ジャロウらのアルバムを大ヒットさせたワーナーブラザーズの副社長ボブ・クラスノウに説得され、ワーナーブラザーズからデビューすることが決まった。

アリフ・マーディンというプロデューサ

記念すべき彼女のソロデビューにあたって、プロデュースはアリフ・マーディンが選ばれている。僕の個人的な意見では、チャカがワーナーと契約したのはクラスノウが「プロデューサーはアリフ・マーディンでいく」という話をチャカに持ちかけたからではないかと推測している。アリフ・マーディンといえば、アレサ・フランクリン、ジョージ・ベンソン、ラスカルズ、ベット・ミドラー、ホール・アンド・オーツらを手がけ大成功に導いている。彼は自分のやり方を押し付けるのではなく、アーティストの良さを極限まで引き出す手法で、アメリカでも1、2を争う名プロデューサーであった。ルーファスと似たイギリスのファンクグループ、アヴェレージ・ホワイト・バンドでも大きな成果を残しているだけに、マーディンがプロデュースを担当するとなればチャカも文句はなかったはずだ。彼は2006年に亡くなったが、最晩年の仕事として注目すべきはノラ・ジョーンズを発掘し、デビュー作のプロデュースを担当したことだろう。

アルバム『恋するチャカ』について

冒頭でも述べたが、本作が発表された78年はディスコブームであり、AORや産業ロックなどにも注目が集まるなど、バブル期を迎えていたポピュラー音楽界は、消費されるためだけのアルバムが多産されていた時代である。僕は当時、ルーファスの熱心なファンではなく、このグループ自体がディスコ音楽に便乗した消費物のひとつだと思っていた。それだけにチャカ・カーンへの良い印象はあまりなかったのだが本作『恋するチャカ』を聴いて、想像を超えるそのすごさにぶっ飛んだ覚えがある。
アルバムのバックを務めているのは、当時歌伴をさせたら最高のグループだったスタッフからリチャード・ティーとコーネル・デュプリーの2名、アヴェレージ・ホワイト・バンドからはスティーブ・フェローニ、ヘイミッシュ・スチュアート、アラン・ゴーリーの3名、ブレッカー・ブラザーズからブレッカー兄弟、ウィル・リー、デイブ・サンボーンの4名などで(他にも超絶テクニックを持ったアーティストたちが参加)、世界で最高のミュージシャンたちだ。
マーディンはアップテンポなものからバラードまで、曲によってメンバー配置を入れ替え、各曲に最適のミュージシャンを配置するという実に緻密なサウンドプロデュースを行ない、彼女のデビューに花を添えている。
サウンドとしては全編を通してポップソウル的なアプローチを中心に据え、ディスコ風のものやブラコン(1)のテイストを持った“売れ線”曲も収録されている。しかし、“売れ線”であってもクォリティーは極めて高く、伸びやかに駆け巡るような彼女のヴォーカルは文句なしに素晴らしい。また、本作に収められた10曲は、どれひとつを取っても捨て曲がなく、チャカ・カーンという稀有な才能を持ったヴォーカリストの魅力が最高に引き出されているのは見事と言うほかない。これからソウルを聴いてみたいと思っている人には、入門編として絶好のアルバムだと思う。

チャカ・カーンが影響を与えたシンガー

ホイットニー・ヒューストン、ローリン・ヒル、メアリー・J・ブライジ、ビヨンセなど、チャカが影響を与えたシンガーは数限りなく、逆に80年以降の女性ソウルシンガーで、彼女から影響を受けていない歌手などいないといっても過言ではないだろう。本デビュー作ではまだ披露していないが、以降のアルバムではジャズシンガーとしても活躍している。ポピュラーからジャズまで、これほど幅広く、どのジャンルにおいても最高の歌唱ができるシンガーはそうそういない。その面では流石のアレサでも太刀打ちできないかもしれない…。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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