怒涛の16ビートが炸裂するタワー・オ
ブ・パワーの傑作『ライヴ・アンド・
イン・リビング・カラー』

世界には、ブルース、ジャズ、レゲエ、ロック、ファンク、ソウルなど、数々の音楽ジャンルが存在する。しかし、グループ名がそのままジャンルとなるケースはそう多くない。今回紹介するタワー・オブ・パワーは、まさに“タワー・オブ・パワー”というジャンルを創造した現存する化け物グループだ。1970年、サンフランシスコのベイエリアからデビュー、当時はコールド・ブラッドやサンズ・オブ・チャンプリンらと並んで“ベイエリア・ファンク”と呼ばれていたが、90年代には「好きな音楽ジャンルは?」「タワー・オブ・パワー」というやりとりが成立するほど、その音楽性は唯一無二であった。本稿ではタワー・オブ・パワーがもっとも輝いていた70年代中期のライヴ盤『ライヴ・アンド・イン・リビング・カラー』を取り上げる。

60年代後半のサンフランシスコ

ベトナム戦争の意味と黒人差別が全米中の問題となり、若者たちは既成の道徳や体制側の政治に大きな疑問を抱くようになる。それが1960年代という時代で、西海岸のサンフランシスコでは愛や平和をスローガンに、ヒッピー文化に代表される多くのカウンター・カルチャー(1)が花開いていく。それは当時のロッカーたちにも影響を与え、ジェファーソン・エアプレイン、クイックシルバー・メッセンジャー・サービスなどはフラワー・チルドレン(2)らの動きにも呼応し、大きなムーブメントとなっていく。
このムーブメントは自然回帰の運動とも同調し、グレイトフル・デッドをはじめサンフランシスコで活躍する多くのロックグループが、フォークやカントリーなどに影響された土臭いサウンドに転身する。しかし、黒人白人を問わず若者が集まる場所なので、ビートの効いた激しい音楽を要求する場合も多く、R&Bをベースにした白黒混合のグループも少なくなかった。その中で、ラテン風味を前面に押し出したサンタナや、ジェームズ・ブラウンとマイルス・デイビスを範にしたスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンらは、まったく新しいスタイルのダンサブルなロックを創造し、西海岸のリスナーを熱狂させていた。

フィルモア・ウェストの閉館

1960年代末になると大きなロックコンサートが開かれるようになる。世界中に知られた有名なフェスと言えば、東海岸で開催された『ウッドストック・フェス』だろう。他にも『モンタレー・ポップ・フェスティバル』(‘67)、バングラデシュのコンサート(’71)などもよく知られているのだが、ひとつだけ日本では忘れられてしまったコンサートがある。それは、ビル・グレアムがオーナーを務めたフィルモア・ウェストの閉館にあたって、71年夏に1週間ほど開催された『フィルモア最後の日』だ。
これは実際にはフェスとは違い規模も小さいが、サンフランシスコの人気グループが一堂に会するライヴであった。72年には日本でも劇場公開され、併せてサウンドトラックとして3枚組のLPレコード(函入りで豪華な仕様)も発売された。ただ、権利関係のトラブルがあったらしく、それから長い期間にわたって陽の目を見ることはなかった記憶がある。ようやく、アメリカでDVD化されたのが2008年(ただし日本盤はリリースされていない)であった。この作品が他のロック映画のように何度もリリースされていれば、サンフランシスコ界隈のグループにもっと注目が集まったはずなのだが、残念ながら熱心なファン以外には知られていないというのが現状だ。

『フィルモア最後の日』に出演したミュ
ージシャンたち

このアルバムに登場するのは、60年代から70年代初頭にかけて西海岸で絶大な人気を誇ったグループやシンガーで、グレイトフル・デッド、サンタナ、クイックシルバー・メッセンジャー・サービス、イッツ・ア・ビューティフル・デイ、マロ、コールド・ブラッド、タワー・オブ・パワー、ホット・ツナ、ボズ・スキャッグス、ニューライダース・オブ・ザ・パープル・セイジ、ラムなどであるが、現在の日本で記憶に残っているのは、サンタナとボズ・スキャッグス、そしてタワー・オブ・パワーぐらいかもしれない。

タワー・オブ・パワーの圧倒的な存在感

さて、僕がこの3枚組アルバム『フィルモア最後の日』を友達に借りて聴いたのは中学3年生の時。余談であるが、その_頃、日本では大々的なブルースブームがきていた。少し後の74年にはロバート・ジュニア・ロックウッド、スリーピー・ジョン・エスティス、ジ・エイシズなど玄人受けのするブルースマンを呼んで東京と大阪で『第1回ブルース・フェスティバル』が開催されている。僕の通っていた中学校でも、マディ・ウォーターズやアルバート・キングといったミュージシャンに人気が集まっていて、アメリカ西海岸の白人グループを聴いていると非難されることすらあった時代である。
それでも僕は密かにこのアルバムを聴いて、そのすごさにぶっ飛んでいたのだ。特に、当時はブラスロック(4)にカテゴライズされていたタワー・オブ・パワーに惹かれ、日本盤で出たばかりの彼らの3rdアルバム『タワー・オブ・パワー』(‘73)を購入し、そのカッコ良さに酔いしれる日々を過ごすのだ。ただ、ブラスロックと呼ばれることには違和感を感じ続けていたのも確かである。
その後しばらくして、日本でもタワー・オブ・パワーがブラスロックの範疇から外され“ベイエリア・ファンク”という肩書きに変わったと思う。ここでようやく僕の感じていた違和感は消え、彼らの音楽にちゃんと向き合えることになった。しかし、そうは言っても、彼らの音楽がシカゴやBS&Tらに代表されるブラスロックと比べて、根本的に異なっていることまでは理解できても、どう違うのかについては、まだよく分からなかった。
タワー・オブ・パワーも、スライのグループやサンタナと同様に白黒混合グループで、ヴォーカルとオルガンのふたりが黒人だった。彼らの音楽について、後になって認識できたのは、それまでのブラスロックが、ホーンセクションをメロディーのアクセントとして使っていたのに対して、彼らはホーンをリズムセクションの一部としても使い、独特で圧倒的なグルーブ感を生み出していたことである。
そして、彼らのアルバムは次々にリリースされ、僕にとってはどれもが名盤であり傑作であった。特に、印象的なホーンセクションだけでなく、ベースのフランシス・ロッコ・プレスティアとドラムのデヴィッド・ガリバルディの卓越した技術には心を奪われたものだ。未だに僕は彼らのアルバムを聴くたびに鳥肌がでまくるのだが、これはファンなら誰しもが間違いなくそうだと思う。中でも、前述の3rdアルバム、4thの『バック・トゥ・オークランド(原題:Back To Oakland)』(‘74)、5thの『オークランド・ストリート(原題:Urban Renewal)』(’74)、6thの『イン・ザ・スロット』(‘75)までの4枚は甲乙付けがたい秀作揃いで、彼らの代表作群として今も多くのファンに愛されている。

本作『ライヴ・アンド・イン・リビング
・カラー』について

さて、僕が18歳になった1976年、この時期は世界的にパンクロック、AOR(3)、フュージョンが流行し出した年。雑食性の僕はパンクもフュージョンもAORも聴いていたが、一部のパンクを除いて「ロックの骨太さみたいなものが欠如しているなぁ」と感じたものだ。そんな時にリリースされたのが、ライヴを収録した本作『ライヴ・アンド・イン・リビング・カラー』(‘76)であった。
収録曲は全5曲。LP時代はA面に4曲、B面に1曲のみというかなり攻撃的な配置である。この5曲は全て既発曲で、デビュー作の『イースト・ベイ・グリース』(’70)から2曲、2ndの『バンプ・シティ』(‘72)から2曲、3rdの『タワー・オブ・パワー』(’73)から1曲セレクトされている。
1曲目の「ダウン・トゥ・ナイトクラブ(バンプ・シティ)」と3曲目の「ホワット・イズ・ヒップ」は彼らの代表曲中の代表曲であり、スタジオ録音ヴァージョンは何度も繰り返し聴いている。要するに、ファンなら知り尽くした曲なのである…が、このライヴを聴いてみるとスタジオ盤よりもはるかに演奏技術が高く、タイトさやグルーブ感も相当増していて、間違いなくこの頃が彼らの全盛期であることが分かる。
その2曲に挟み込むように配置された2曲のバラードも彼らのヒット曲として知られ、都会的な香りのするフルートやトランペットを効果的に使用するなど、独特のソウルテイストも彼らの持ち味である。
さて、アルバムのハイライトは、何と言っても23分にも及ぶラストの「ノック・ユアセルフ・アウト」だ。最初から最後まで息も付けないほどの緊張感で、その濃密で圧倒的なパフォーマンスは、ポピュラー音楽史上に残るほどの出来だと言っても良い。特にレニー・ピケットの長いサックス・ソロは、ジャズ界でも一目置かれるほどの出来栄えで、途中の循環ブレスを使ったロングトーンをはじめ傾聴すべき点は多い。また、長時間の演奏にもかかわらず、ベースとドラムのコンビネーションはまさに神技だ。ベースのロッコが16ビートのフレーズを弾き続けるだけでもびっくりなのに、ガリバルディはロッコを煽りながら正確無比のプレイで応酬する。後半で1カ所だけガリバルディが拍を間違える場面があるが、そんなことはまったく問題にはならない
このアルバム、僕の中ではオールマン・ブラザーズ・バンドの『アット・フィルモア・イースト』、ザ・バンドの『ロック・オブ・エイジズ』と並ぶ、完璧なライヴ盤の一枚である。何百回聴いても(大袈裟ではなく)、その度に鳥肌が立つ音楽なんてほとんどないだけに、このアルバムと出会えて本当に幸せだったと思う。彼らの音楽は、ロックでもファンクでもジャズでもない。極上のロックスピリットを持った“タワー・オブ・パワー”という唯一無二のジャンルなのである。
もし、タワー・オブ・パワーを聴いたことがないのであれば、今からでも遅くない。どれでもいいから、彼らのアルバムを聴いてみてほしい。必ず何らかの収穫があるはずなので…。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

新着