U2が地方のロックグループから
世界最高のロックグループへと
ジャンプアップした傑作
『ヨシュア・トゥリー』

『The Joshua Tree』(’87)/U2

『The Joshua Tree』(’87)/U2

1976年にアイルランドのダブリンで結成されたU2は、83年リリースの3rdアルバム『WAR(闘)(原題:War )』が全英1位を獲得、キレの良いリズムと表現力の豊かなヴォーカル、そしてメッセージ性の高い歌詞を持ち味に、硬派のロッカーとして活動していた。メンバー全員がパンクに影響されているのだが、アイルランドに拠点を置いていたために、イギリスで同時代に活動していた他のグループとは一線を画すサウンドであった。今回取り上げる6thアルバム『ヨシュア・トゥリー』(‘87)はロックファンなら誰もが知る彼らの代表作であり、ロック史に残る傑作である。本作はそれまでのビートの効いた若々しいサウンドから、自身のルーツを模索しつつ新たな段階へと踏み出そうとした真摯な記録であると言えるかもしれない。

アイルランドの地方性

アメリカで生まれたロックンロール、ブルース、カントリー、フォークなどのポピュラー(商業)音楽は、端的に言えばイギリス(アイルランドやスコットランドも含む)からアメリカへ渡った移民が持ち込んだ音楽と、アフリカからアメリカへ奴隷として連れてこられた黒人たちが持ち込んだ音楽が融合して生まれたものである。中でも、フォーク(イギリス移民からの影響が濃い)とブルース(アフリカ移民からの影響が濃い)はアメリカンポピュラー音楽の源流とも言える。

U2を生んだアイルランドではアイリッシュトラッドが連綿と受け継がれている。ポストパンクの文脈で登場したポーグス、有名アーティストとのコラボでアイリッシュトラッドを身近にしたチーフタンズ、アイリッシュトラッドをシンセサイザーと深遠なヴォーカルで表現するエンヤ、アメリカのソウルやR&B風の自作曲を歌いながらもどこかアイリッシュ臭を感じさせるヴァン・モリソンなど、みんなアイルランドの独特の香りを自分の音楽に忍ばせている。日本で言えば、青森県の津軽三味線、沖縄や八重山諸島の民謡などのような癖の強い音楽を想像してもらえばいいかもしれない。アイリッシュ音楽に使われるティン・ホイッスル、バウロン、ブズーキ、ボタンアコーディオンなどは、日本でもよく知られている楽器である。

ルーツ探訪

U2のメンバーはボノとアダム・クレイトンが1960年、エッジとラリー・マレン・ジュニアが61年生まれであり、物心ついた頃には既にロックに夢中であったのだろう。デビューアルバムの『ボーイ』(‘80)から3rdアルバムの『WAR(闘)』(’83)まで、ロックそのものが彼らのルーツであるかのような音楽性で、アイルランドを思わせる部分は感じられない。彼らの中でいつ自分たちのルーツを見極めようと思ったのかは分からない。しかし、『WAR(闘)』が全英1位になり、彼らを取り巻く環境が大きく変化したことがルーツ探訪へのきっかけになったことは間違いないだろう。ケルティックパンクと呼ばれたポーグスのデビュー(82年)や83年の初来日、84年の『バンドエイド』への参加なども、ルーツ探しのきっかけとなったのかもしれない。

ブライアン・イーノとダニエル・ラノア

デビューアルバムから3rdアルバムまで、スティーブ・リリー・ホワイトがプロデュースを担当していたが、メンバーたちはそろそろ次の段階に進むべきだと考え、次作の『焰(ほのお)(原題:The Unforgettable Fire)』(‘84)ではブライアン・イーノにプロデュースを依頼する。その理由は全員がイーノの現代音楽的なアンビエント作品をリスペクトしていたからである。しかし、イーノはU2の音楽に魅力を感じておらず、その依頼を何度も断っている。結局、メンバーの熱心な懇願に折れたイーノは、彼の弟子とも言えるダニエル・ラノアとともにプロデュースを引き受けるのだが、予期していなかったラノアとの出会いがU2の音楽の転機となる。

ダニエル・ラノアはカナダ人で、70年代はカナダ産のカントリーやフォーク作品でバックやプロデュースを務めていたが、イーノと出会い彼の教えを受けることでプロデューサーとしての才能が開花する。特に、深みを感じさせる独特の音響表現は大きく評価され、のちにはボブ・ディラン、エミルー・ハリス、ニール・ヤング、ウィリー・ネルソンなど、さまざまなアーティストのプロデュースを担当し、現在までに10以上のグラミー賞受賞を果たしている。

この4thアルバム『焰(ほのお)』はそれまでのシンプルでクリーンなビートではなく、奥行きの深さと芳醇なテイストを感じさせる大人っぽいサウンドに仕上がっていた。このサウンドの転換は失敗にはならず、収録曲の「プライド」の大ヒットもあって、アルバムは成功を収める。

OKMusic編集部

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