これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!

アメリカが誇る大音楽家、
ランディ・ニューマンの傑作中の傑作
『セイル・アウェイ』

『Sail Away』(’72)/Randy Newman

『Sail Away』(’72)/Randy Newman

80年代以降は映画音楽の作曲家として知られるランディ・ニューマン。ロックからクラシックまで、多岐にわたって才能を発揮する彼のような音楽家は、世界中を見渡してみても坂本龍一を除いては、そうはいない。最近で印象に残っている仕事としては、アカデミー歌曲賞を受賞した『モンスターズ・インク』『トイ・ストーリー』をはじめとするピクサー作品、もう少し前に遡るなら『レナードの朝』『ナチュラル』『マーヴェリック』などの優れた映画音楽がある。今回紹介するのは、彼がシンガーソングライターとして輝いていた72年にリリースした4thアルバム『セイル・アウェイ』。本作は彼の全キャリアを通じても上位に数えられる傑作中の傑作である。

今年のMLBワールドシリーズ

ヤフー・ニュースでドジャースとアストロズのワールドシリーズについての記事を読んで驚いた。スポーツライター・菊田康彦氏による10月31日付の記事だ。タイトルは『ワールドシリーズ第6戦で「アイ・ラブ・LA」は再びスタジアムに響き渡るか?』というものだった。「アイ・ラブ・LA」がランディ・ニューマンの曲であることをファンの僕は知っているのに、スタジアムに響き渡るという意味が分からなかったのだ。記事を読んでみると、「アイ・ラブ・LA」は、NBA(プロバスケットボール)のレイカーズとMLBのドジャース(どちらもロサンゼルスが拠点のチーム)のチーム曲だと書いてある。他にもサッカーとアイスホッケーのチームがこの曲をチーム曲にしているそうだ。もう1度言うが、これには驚いた。
少なくとも2000年以降、ランディ・ニューマンは大ヒット映画の音楽を手掛けたり、毎年のようにアカデミー賞にノミネートされたりしているので一般にも知られるようになったが、シンガーソングライターとして活動していた80年代の楽曲が広く知られているなんて、いくら本場と言えどもないと僕は思っていた。それに「アイ・ラブ・LA」って実はロスの賛歌なんかじゃなくて、ロスの能天気さを小馬鹿にした歌なのだ。アメリカ人(特に西海岸在住の人)って歌詞をストレートに受け取る才能があるのではないかと思いつつ、この記事に触発されて今回はランディ・ニューマンを取り上げることにしたというわけである。

ランディ・ニューマンのシニカルな作風

ランディ・ニューマンのことを最初に知ったのは中学生の頃。当時、僕はニルソン(日本でも「ウイズアウト・ユー」が大ヒットした)が好きで、彼の『ニルソン・シングス・ニューマン』(‘70)というアルバムを手に入れた。そして、この作品はニルソンによるランディ・ニューマンのカバーアルバムだということを知り、ランディ・ニューマンに興味を持ったのが始まりだ。ただ、ニューマンのアルバムは地元のレコード店にはなく、しばらくは忘れてしまっていた。
それから2年ほど経って、彼の新作『セイル・アウェイ』(‘72)が地元のレコード店に入荷していたのだが、当時は金欠のブリティッシュロック少年だったため、イエス、ピンク・フロイド、クリーム、レッド・ツェッペリン等々に散財し、結局、高校生になるまで聴けずじまいであった。高校生になるとハードロックやプログレ熱も収まって、ザ・バンド系やシンガーソングライター系をよく聴くようになり、高校1年の時に『セイル・アウェイ』を購入する。
話はちょっと脱線するが、ランディ・ニューマンの歌詞はシニカルというか悪ふざけとも思えるようなものが少なくない。自分は真逆であるにもかかわらず、人種差別する側や身体的特徴でいじめる側の視点に立ってものを言う、一風変わった音楽家なのだ。彼にしては珍しく全米2位になった「ショート・ピープル」(‘77)では背の低い人間は生きる価値がないとか言い出すし、他にも金が全てとか、同性愛恐怖症とか、キリストが嫌いなど、とんでもない歌詞が目につく。彼の歌を聴き続けている人なら、彼のシニカルなスタンス(なるべく嫌な奴のことを、その嫌な奴の目線で歌詞にする)を面白く思えるのだが、一旦ヒットすると曲は勝手に一人歩きしてしまうだけに、大きな誤解を生むのである。それまで彼は売れる作品とは無縁であったのだが、前述の「ショート・ピープル」がヒットしたことで、ランディ・ニューマンはとんでもない奴だと批判にさらされたこともあった。

本作『セイル・アウェイ』について

話をもとに戻す。僕は購入した『セイル・アウェイ』を聴いてみて、ハードロックやポップスとはまったく違う音楽だなと思った。高校生には少し早かったかもしれないと今では思う。最初に聴いた時はピンとこない部分もあったが、彼の音楽は年齢を重ねるにつれてますます好きになっていくからだ。若い時には大好きだったのに、何年か経って聴いてみると、どこが良かったのか分からないってことは誰でもあると思う。ところがランディ・ニューマンの音楽はその逆のパターンで、若い時は分からなくても歳を取ってから聴くと間違いなくその良さがしみじみ分かるのだ。そういう音楽は流行や時代とは無縁だけに、ヒット曲としては成立しないものだ。ヒットこそしないが、人生を通してずっと聴き続けられるのがランディ・ニューマンの音楽なのである。
収録曲はストリングスをバックに歌われるもの、ピアノだけのもの、バンド形式でロック的なものなど複数のスタイルが混在しているが、彼の朴訥なヴォーカルがまとめ役となって散漫な印象はない。まるで1本の映画を観ているかのような豊穣な気分が楽しめる。ノスタルジックなアメリカの風景のような味わいがある一方で、70sロックスピリットも感じる不思議なテイストだ。全12曲、捨て曲は1曲もなく、全てが驚くべき完成度を持った名曲ばかりである。
本作のプロデュースを担当したのはレニー・ワロンカーとラス・タイトルマンのふたり。彼らはアメリカのポピュラー音楽界に多大な貢献をした名プロデューサーだ。もし彼らがいなければ、アメリカのポップスやロックはまったく違ったものになっていただろう。彼らが最高のプロデューサーであることは、本作の素晴らしい出来によってはっきりと証明されている。
そして、アルバムのバックを務めるのは、ライ・クーダー、ジム・ケルトナー、ウィルトン・フェルダー、アール・パーマー、ミルト・ホランドなど、アメリカ西海岸のジャズとロックの名プレーヤーばかりだ。2曲のストリングスの指揮はランディの伯父エミール・ニューマンである。ランディはそもそも作曲家ばかりの家系に育ち、特に映画音楽に関して親戚たちは多大な貢献をしているのだが、そのあたりの話はまた別の機会ということで…。
さて、この駄文を書いている間にドジャースとアストロズとの勝負がついた。ワールドシリーズを制したのはアストロズ。今年は残念ながら、ドジャースタジアムで「アイ・ラブ・LA」の大合唱はお預けになったようである。

TEXT:河崎直人

アルバム『Sail Away』1972年作品
アルバム『Sail Away』

OKMusic編集部

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