ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの『スポーツ』

ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの『スポーツ』

ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースが
アメリカのロック界を蘇らせた
『スポーツ』

1980年代に突入するや否や、世界的にテクノやシンセポップの嵐が巻き起こり、打ち込みによるサウンドが日常的になってしまった。70年代のアメリカンロックやパンクロックの隆盛は陰りを見せ、気付いた時にはイギリスからの侵略が始まっていた。それがブリティッシュ・インヴェイジョン(第2次)であり、アメリカのヒットチャートはあっと言う間にイギリス勢が独占してしまった。確かにカルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、ユーリズミックス、ハワード・ジョーンズ、ポール・ヤングなどが世界を席巻したが、当時はデジタル機器が生まれたばかりで、質がいまいちであったためにチャートは似たような音ばかりになってしまっていた。しかし、82年頃になると70年代前半に見られたアメリカンロックのような音作りが戻ってくる。その代表的なアーティストが今回紹介するヒューイ・ルイスであり、本作『スポーツ』は現在までに900万枚以上を売り上げる会心のヒット作となった。

マウスハープの魅力

僕はマウスハープ(要するにハーモニカ)という楽器が大好きで、ブルースをはじめ、ロック、フォーク、カントリーなどでマウスハープが登場する作品があれば、ついつい買ってしまう癖がある。中学生の頃から結構集めていたのだが、特に好きなのはリトル・ウォルター、ジェームズ・コットンらのブルース勢や、チャーリー・マッコイ、ミッキー・ラファエル、ノートン・バッファロー(彼はブルースもやる)らのカントリー系、R&Bのデルバート・マクリントン(彼はジョン・レノンに吹き方を教えている)、ジャズのトゥーツ・シールマンズなど、お気に入りのマウスハープ奏者はたくさんいる。
ある日、レコード店でカッコ良いマウスハープが聴こえてきた。マウスハープには目がない僕なので、すぐにそのレコードを買って帰ったのだが、それはクローバーというサンフランシスコのロックグループであった。そのアルバムは当時、日本ではリリースされてなくて輸入盤だったけれど、内容が良くて結構愛聴していた。そのアルバムでマウスハープ&ヴォーカルを演奏していたのがヒューイ・ルイスという男で、その時ロック系にも良い奏者がいるのだと知った。実はこのクローバーには、後にドゥービーブラザーズに加入する凄腕ギタリストのジョン・マクフィー(矢沢永吉のバックも長く務めた)が在籍していたし、エルヴィス・コステロのデビュー作であり名盤の『マイ・エイム・イズ・トゥルー』(‘77)のバックを務めていたのも彼らなのである。結局、ジョン・マクフィーがドゥービーに引き抜かれクローバーは解散、ヒューイ・ルイスは残されたメンバー数人とともにヒューイ・ルイス&ザ・ニュースを結成することになる。

ヒューイ・ルイスの音楽

80年代に入り、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波が押し寄せ、冒頭で述べたようにブリティッシュ勢がアメリカや日本のチャートの上位に入るのが当たり前になっていた中、スタートしたばかりのMTVで70sアメリカンロックのようなビデオが流れていたのが82年のこと。ジョン・クーガー・メレンキャンプであった。骨太のしわがれた声と人力演奏による彼のシンプルなアメリカンロック・テイストは、シンセポップばかりの耳に心地良さが残った。
それから1年もしない間に、70年代のようなアメリカンロックが増えていった。ジョン・クーガー・メレンキャンプをはじめ、ZZ・トップ、ブルース・スプリングスティーン(彼は70sロックの生き残り派だ…)、スティーヴィー・レイ・ヴォーン(デビッド・ボウイのアルバムに起用されデビューしたブルースマン)、カナダのブライアン・アダムスなどが登場し、ブリティッシュ・インヴェイジョンはあっけなく終焉を迎える。そして、ジョン・クーガーやスプリングスティーンらと同じようなアメリカンロック・スタイルの「Do You Believe In Love」(‘82)がMTVでかかるようになったが、画面を観て驚いた。ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースとなっていたからだ。クローバー解散後、5〜6年が経過してリリースした最初のヒットとなる。ヒューイ・ルイスのことなんてすっかり忘れていたから、慌てて調べてみたら、この曲はザ・ニュースとしての2枚目のアルバム『Picture This』(’82)に収録されていること、デビュー作『ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース』は80年にリリースされていたがまったく売れなかったことなどを知った。
そんなわけで、ザ・ニュースのアルバム2枚をゲットして聴いてみたのだが、ルイスの天真爛漫なしわがれ声と人力演奏が心地良いアメリカンロックであった。クローバー時代と違うのは、収録曲がポップであることとシンセを適度に使用していることである。さすがに70年代そのままのアメリカンロックでは80年代には通用しないと考えたのだろう。そして、その柔軟さが80年代にザ・ニュースのブレイクへとつながることになるのである。

本作『スポーツ』について

ザ・ニュースは1曲目の「ハート・オブ・ロックンロール」(全米チャート6位)からロックンロールで爽快に飛ばす。“元祖アメリカンロック”と言いたいところだが、シンセのピコピコ音も入っていて時代に媚びる姿が頼もしい(これ嫌味じゃなくて良い意味だからね)。曲の後半では名マウスハープ奏者の面目躍如たるプレイが聴けるし、それまでにないアメロク感が素晴らしいのだ。このスタイルは、ヴァン・ヘイレンやボン・ジョヴィらに相当な影響を与えたのではないかと思う。
他にもハードな「ハート・アンド・ソウル」(全米1位)や、映画『ゴーストバスターズ』で使われ大ヒットしたタイトル曲の元ネタとして知られる「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」(全米6位)、ロッカバラード「いつも夢見て(原題:(If This Is It))(全米6位)など痛快なアメリカンロックがぎっしり詰まっている。最後を締め括る曲はクローバー時代の盟友ジョン・マクフィーを迎えて、ハンク・ウィリアムスのカントリーナンバー「ホンキー・トンク・ブルース」をロックンロール・スタイルでカバーしている。若者からおじさんたちにも受けようという魂胆がみえみえだが、笑顔で演奏している姿が目に浮かぶような、楽しい作品に仕上がっている。
このアルバムは全米1位に輝き、そしてこの後、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(‘85)の音楽を担当する大役を任され、主題歌の「パワー・オブ・ラブ」が爆発的に大ヒット、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースはアメリカを代表するロックグループとなるのである。結局『スポーツ』は前述の映画のヒットもあって、83〜85年までの長きにわたってチャート内にとどまるロングセラーとなる。もし彼らの音楽を聴いたことがないなら、元気が出ることは間違いないので、ぜひ聴いてみてください。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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