ユーライア・ヒープの名を世界に轟か
せた代表作『対自核』

ユーライア・ヒープは、1969年にイギリスで結成された最古参のハードロックグループのひとつ。若い世代には、彼らの名前すら知らない人が少なくないような気もするが、日本でも『Look At Yourself(邦題:対自核)』の大ヒットで、70年代初頭に一躍ロックスターとなったグループだ。その彼らが、この1月に『対自核"Look At Yourself 2016"Japan Tour』と銘打った公演を大阪と川崎で行うことになった。そんなわけで今回は、ユーライア・ヒープの代表作『Look At Yourself』にスポットを当ててみよう。

曲に付けられた邦題のでたらめさを楽し

ロックを聴き続けて半世紀近くになるが、僕が音楽を聴き続ける理由のひとつに“自分にとっての永遠の名曲”を見つけたいという欲求がある。残念なことに、多くの楽曲がすぐに飽きるし、2~3カ月気に入って聴き続けたものの、その後はまったく聴かなくなったというのも珍しくない。1年ほど経ってから聴くと、時代遅れになってたりするってパターンもある。リスナーにとって“名曲とは何か”を探るにあたり、メロディーがいいとか、歌詞が泣けるとか、ソロがカッコ良いなど…人それぞれの思いがある。それはそれで、もちろん正しい…正しいというか、それぞれの勝手な聴き方でいい。
一方、音楽とは無関係のところで、普通の曲が「名曲」や「駄曲」になる可能性もある。例えば、その曲が自分の思い出と連動しているような場合、良い思い出につながっている時は「名曲」になるが、悪い思い出につながっている時には、楽曲自体は良い曲でも「駄曲」扱いしてしまうことがある。これも、もちろん人それぞれだ。
では、邦題の付け方(原題とは違う場合)だけで、ある曲が「名曲」になる場合はあるだろうか…。「そんなことはあり得ない!」と言う人は、おそらく40代より若い世代だと思う。60~70年代(それ以降もなくはないが極端に減った)には、振り返ってみれば驚くような邦題が付けられていたものだ。
シングル作では、デル・シャノン「悲しき街角」(原題:Runaway)、ビートルズ「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ」(原題:A Hard Day's Night)、カーペンターズ「愛のプレリュード」(原題:We've Only Just Begun)みたいに、結構インパクトのあるものや、シンディ・ローパーの「ハイスクールはダンステリア」(原題:Girls Just Want To Have Fun)は、後にシンディ側からクレームがあって、原題をカタカナ表記に変更したというケースもある。デビューしたばかりのミュージシャンを売るのは難しいだけに、レコード会社は苦心する。悪く言えば、邦題のネーミングを派手にしてでも、売りやすいイメージを作りたいという営業的な苦肉の策なのである。

究極の邦題

しかし、そんな中にあってユーライア・ヒープのヒット曲に付けられた邦題は、究極であったと思う。それが今回のツアータイトルにも入っている『対自核』だ。この曲がラジオでオンエアされだした頃、DJが「次の曲はユーライア・ヒープの「対自核」です」と言った時、おそらくラジオを聴いていた全リスナーが「た・い・じ・か・く…?」とつぶやいたと思う。それぐらいインパクトがあったし、何より中学生には意味不明のタイトルであった(原題を知るまでは大人でも理解できなかっただろう…)。
すぐにレコード屋に行き、買わないまでもしっかりタイトルだけは目に焼き付けたロックファンは少なくなかったはずだ。今でこそ「Look At Yourself = 自分を見つめろ」を「対自核」と名付けたレコード会社の担当者はセンスが良いと思えるが、当時は意味が分からないという以上に、漢字3文字の字面が怖かった。そんなわけで、まだ珍しかったハードロックの曲調とこの邦題がぴったりマッチして、日本でも大ヒットしたのである。

ユーライア・ヒープ独自のサウンド

今、「対自核」を初めて聴いたら「なんだ、ディープ・パープルのマネじゃんか!」と言う人もいるだろう。しかし、この曲がリリースされた71年の時点では「ハイウェイ・スター」はまだリリースされていない。それより、ハードロックという言葉自体が、日本に定着するかしないかの頃であるということは知っておく必要がある。
ユーライア・ヒープは、ブラック・サバスやディープ・パープルと同様に、後のヘヴィメタルのグループにも通じる、様式美としてのハードロックスタイルを確立したことはもちろん、同時代の他のハードロックグループには見られなかった“コーラスを重視”したところに、彼らの最大の特徴がある。ソロ演奏の技術がそう高くない彼らにとって、ヴォーカルに厚みをもたせるというこの戦略は功を奏したと言える。だからこそ、メンバーチェンジを繰り返しているとはいえ、グループ結成45周年を迎えられるほど長期にわたって人気を保ち続けてきたのではないだろうか。逆に、華々しいスターの存在がいなかったからこそ、グループとしてのバランス感覚が優れているのだとも思う。

名曲揃いのアルバム『Look At Yoursel
f』

日本でも先行リリースのシングル「対自核」が大ヒットしたため、彼らの3rdアルバムとなる『Look At Yourself』が日本でもリリースされることになった。もちろんアルバムの邦題は『対自核』だ。ジャケットを見ていただくと分かるが、LP時代は結構お金の掛かるデザインが施されていたと思う。このジャケットのおかげで、ようやく“対自核 = 自分を見つめ直せ”っていう意味であることが中学生にも理解できる仕掛けとなっていた。
全7曲で構成されたアルバムの冒頭を飾るのは、出世作「対自核」。ハモンドオルガンを前面にだすのはディープ・パープルの『イン・ロック』からの影響を感じさせるし、ギターソロのパートではディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」に逆影響を与えたようにも思える。また、プログレの要素もあって、このへんはイエスの影響が大きいだろう…とまぁ、いろんなバックボーンは見え隠れするものの、この曲がロック全体の中で、上位に位置する名曲であることは言うまでもない。当時、こういうスタイル(ハードロックの王道とでも言えばよいか)の曲は珍しく、先見性に優れたサウンドプロデュースがなされている。その意味で、特にソングライティングとキーボードを担当したケン・ヘンズレーの役割が大きい。
続く「I Wanna Be Free」はコーラスワークが美しく、ツインリードやスライドギターの部分ではアメリカのサザンロックグループ、オールマン・ブラザーズ・バンド(1)を手本にしている。曲想もどことなくアメリカっぽさを感じるなど、彼らの勉強熱心なところが窺える。
3曲目の「July Morning」は10分を超す大作で、ヒープの最高傑作とも言える名曲。哀愁を帯びた曲調と繰り返されるシンプルなリフは、日本人好みのウェット感があり、今シングルカットしても売れると思う。後半には当時流行のシンセサイザー、モーグ(当時は“ムーグ”と呼ばれていた)が登場、ソロが延々と続きフェイドアウト…。 LP時代はA面ラストの曲だったので、感動の余韻に浸りながらレコードをひっくり返す作業をした人は多い。
4曲目の「Tears in My Eyes」(LP時代はB面1曲目)は、前半ハード~中盤アコースティック〜後半ハードというナンバーだが、これも2曲目と同様、オールマンの影響がある。こういうアメリカ的な土臭いスタイルで演奏するのは、当時のハードロックグループにしては珍しい。
続く「Shadows of Grief」も8分を超える曲で、こちらはハードロックグループの面目躍如たる重厚なサウンドだ。イギリスならではの緻密な音作りで、プログレっぽいオルガンは初期のイエスのようだ。本アルバム中、最もハードな曲。ロバート・プラントやイアン・ギランみたいなハイトーンヴォーカルも聴ける。
6曲目の「What Should Be Done」は、静かで美しい作品。前の「Shadows of Grief」が超ヘヴィなナンバーだけに、この曲はここに配置するしかないと思う。ワウを効かせたギターが効果的に使われている。
アルバム最後の「Love Machine」は「対自核」と同タイプのハードロックナンバーで、ミック・ボックスのキレの良いスライドが素晴らしい。

録音時のメンバー

本作が録音された時のユーライア・ヒープのメンバーは、デビッド・バイロン(ボーカル)、ケン・ヘンズレー(キーボード、ギター、ボーカル)、ミック・ボックス(ギター)、ポール・ニュートン(ベース)、イアン・クラーク(ドラムス、パーカッション)で、グループの中心となるのは、バイロン、ヘンズレー、ボックスの3名である。初期ヒープの名曲の数々はケン・ヘンズレーの手になるものが多いが、残念ながら彼は1980年に脱退している。

ロック史上に残る名盤

本作『Look At Yourself』…いや『対自核』は、ユーライア・ヒープの代表作というだけでなく、ロックの名盤として語り継がれるべき名盤である。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルと同時期に活躍した彼らが、なぜ今では忘れられているのか? これはなかなか難しい問いだが、やはり一番の理由はスター選手が存在しなかったことが大きいと考えられる。しかし、グループとしてのまとまりは抜きん出ているし、美しいコーラスワークも大きな魅力だと思うので、ぜひ今回の日本公演で、彼ら(オリジナルメンバーはミック・ボックスのみではあるが…)のサウンドをチェックしてほしい。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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