『ザ・クイーン・イズ・デッド』/ザ・スミス

『ザ・クイーン・イズ・デッド』/ザ・スミス

ブリットポップシーンに影響を与えた
ザ・スミスの名盤
『ザ・クイーン・イズ・デッド』 

たった5年しか活動していないバンドにもかかわらず、ザ・スミスが英国の音楽シーンに与えた影響は多大だった。最近では、体調不良が心配されていたモリッシーが久しぶりに本国でツアーを行なうことを発表。2014年に2ndソロアルバムをリリースしたジョニー・マーは元オアシスのノエル・ギャラガーの配信曲にゲスト参加しているが、ノエルが自分のギターヒーローと崇めるように、ザ・スミスの存在は1990年代のブリットポップ・シーンを語るのに欠かせないだろう。スウェードもレディオヘッドも少なからず彼らの影響を受けていると思う。そして、ザ・スミスの名盤と言えばやはり1986年にリリースされ、UKチャートの2位を記録した『ザ・クイーン・イズ・デッド』を一番に挙げたい。

孤独と疎外感をさらけ出したモリッシー

 ザ・スミスは1982年にマンチェスターで結成された。メンバーはモリッシー(Vo)、ジョニー・マー(Gu)、アンディ・ローク(Ba)、マイク・ジョイス(Dr)の4人。引きこもりの文学青年、モリッシーの詞の世界、ジョニー・マーのセンシティブでポップなメロディーの化学反応は、瞬く間に内向的な少年、少女たちに共感され、世界的ヒットとはならなかったものの、英国を中心に熱狂的な支持を得ることになる。バンド自体は、当時のレーベル、ラフ・トレードとのトラブルや、メンバー同士の不仲により、『ザ・クイーン・イズ・デッド』の翌年にリリースされた4thアルバム『ストレンジウェイズ・ヒア・ウィ・カム』を最後に解散。それ以来、再結成していないこともあり、ザ・スミスは今なお伝説として語り継がれている。
 なぜ、ザ・スミスはそんなに人々の心を捕らえたのだろうか。もちろん、ジョニー・マー(ザ・スミスの後に参加したThe Theもお勧め)の書くメランコリックなメロディーやギターの旋律もその大きな要素だとは思うが、モリッシーの社会的メッセージ、世の中に適応できない違和感、孤独感、情けない自分をさらけ出した歌詞を抜きには彼らのことを語ることはできない。80年代の英国は若者の失業者問題を抱え、不況にあえいでいた。階級社会であり、貧富の差が歴然としている中、モリッシーの出口が見えない自己憐憫に満ちた詩は多くの人の心の中を代弁していたのかもしれない。
 余談になるがザ・スミスが解散した翌年、初めてイギリスに行ったことは今でも忘れられない体験だ。重厚な建物、滅多に晴れないグレーの空、スーツをビシッと着こなしたいかにも裕福そうな英国紳士と赤い髪をツンツンに立てた女のコーー。その時はロックはかなりすたれていて、アシッドハウス全盛だったのだが、不況だったせいか(日本はバブルだった)、鬱屈した空気が全体に漂っていて、なぜこの国でパンクロックが爆発的人気を得たのかが分かるような気がした。そして、アマチュアバンドが多数出演する小さなライヴハウスに飛び込みで入ったら、出てくるバンド、出てくるバンドがザ・スミスのコピーバンドみたいで驚いたのを覚えている。それぐらい彼らの存在は大きかったのだ。

名盤『ザ・クイーン・イズ・デッド』

 女王を皮肉り、“陰気なこの国ともおさらばだ”と歌うタイトル曲「ザ・クイーン・イズ・デッド」は本作の中でもっとも緊張感と疾走感あふれるナンバー。モリッシーとジョニー・マーはザ・スミスの2トップだが、この曲のマイクのドラムとアンディのベースのフレーズのセンスひとつとっても、ザ・スミスがいかに多くのバンドにコピーされる存在だったが、窺い知れる。

 もちろん、ジョニー・マーのカッティングも超クールで6分以上ある曲にもかかわらず、一気に聴かせるパワー感がある。ここから場面はガラリと変わり、スカビートと英国民謡にも通じるメロディーが不思議な雰囲気を醸し出す「フランクリー、ミスター・シャンクリー」へ。ちょっと牧歌的な曲調ではあるが、歌詞の中身は特定の人物に宛てたと思われるシニカルかつ切実な内容だ。

 そして、どうしようもない悲しみが美しい旋律とともに言葉を超えて伝わってくる「アイ・ノウ・イッツ・オーヴァー」と、「ネヴァー・ハッド・ノー・ワン・エヴァー」で、すっかりザ・スミスの世界に連れていかれる。《ぼくはひとりぼっち ずっと悪夢からさめたことがない 誰とも仲良くなったことがない》と希望ゼロの歌詞を歌うモリッシー。なんとなくアメリカで、ザ・スミスがウケなかった理由がわかるような気がするが、前向きでエネルギーに満ちた歌だけが人を救うわけではない。
 この作品の中で一番好きな歌詞は、激しい憎悪の裏に愛を渇望する心を隠している少年のことを歌った「心に茨を持つ少年」だが、この曲にかかわらずモリッシーの歌の裏側から伝わってくるのは、死にたいと思う絶望感ではなく、逆に生きたい、愛されたいと思う気持ちだ。閉塞感の中でもがいていることを歌うことが人を癒すことも力づけることもある。そして、まさかそんなことを歌っているとは思わせない楽曲は時に清涼感すら感じさせる。このギャップもザ・スミスの魅力だ。ちなみにジャケットの人物は若き日の美しいアラン・ドロンである。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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