ロック史における偉大な発明の
ひとつに数えられるべき
ジーザス&メリー・チェイン衝撃の
デビュー作『サイコキャンディ』

凶暴なノイズギターと甘美なポップメロディーの融合が世界中に衝撃を与えた。ジーザス&メリー・チェイン(以下、ジザメリ)が85年にリリースした、このデビューアルバムがなければ、その後のロックシーンはずいぶん違うものになっていたかもしれない。マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ダイナソーJr.、ブラー――「ローラーコースター・ツアー」と銘打った91年のツアーに帯同したバンドの顔ぶれがジザメリの影響力の大きさを物語っている。

ノイジーなギター×甘いメロディー

ジーザス&メリー・チェイン(以下ジザメリ)が『サイコキャンディ』のリリース30周年を記念して、同アルバムの全曲再現ライヴをやると聞いた時は、あの衝撃から30年も経つのか、はーと思わずため息をついてしまった。30年って何だよ、30年って。はぁ。
轟音ギター、あるいはギターの轟音ノイズなんて言葉が音楽を語る時、普通に使われるどころか、ノイズポップなんてジャンルがロックの世界に定着している今となっては、ノイジーなギターとポップメロディーの組み合わせなんて、もはや珍しいものではないかもしれない。しかし、30年前、UKインディチャートでNo.1になったデビューシングル「アップサイド・ダウン」と、その1年後にリリースされたこの『サイコキャンディ』で、ジザメリが奏でたギターの轟音ノイズは、それまで誰も聴いたことがない驚くべきものだった。彼らはそれを60年代のポップソングを思わせる甘いメロディーとともに轟かせたのだが、そんな連中、それまでいなかった。いや、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやラモーンズがいたかもしれない。しかし、彼らよりもさらにノイジーにギターを鳴らしたという意味で、ジザメリは新しかった。
テクニックがなかった当時の自分達が誰もやっていないようなことをやるにはそれしか方法がなかった――。そんな理由から彼らが鳴らしたチェーンソーが唸っているようにしか聴こえないノイズギターがどれだけ衝撃的だったか。それが珍しいものではなくなってしまった今となっては、その衝撃の大きさを伝えることは難しいが、学校からの帰り道、毎日、輸入レコード店に通い、やっと入荷した『サイコキャンディ』を早速手に入れ、初めて家のステレオでかけた時、いきなりギーギーと鳴り出したステレオの前で、放心している息子を見て、「この子はぶっ壊れたステレオの前で一体何をやっているんだ?!」と両親が慌てたと書けば、彼らが鳴らしたノイズがどれだけ常識外れのものだったかが、ちょっとマヌケで微笑ましい親子関係とともに分かってもらえるかもしれない。

アルバム『サイコキャンディ』

学校卒業後、今風に言えばニートとして失業保険で食いつないできたウィリアム(Gu&Vo)とジム(Vo&Gu)のリード兄弟が退屈と虚無の果てにシャングリラス(60年代のガールズ・コーラスグループ)みたいな曲とアインシュテュルツェンデ・ノイバウテン(ドイツのインダストリアル/ノイズミュージックバンド)のサウンドを融合するというコンセプトの下、83年頃、始めた曲作りがやがて4人編成のバンドに発展したことがジザメリの始まりだった。真面目すぎたためリード兄弟とそりが合わなかった初代ドラマーが抜けた後、じゃあ僕がやるよとドラマーを買って出たのがその頃、すでにプライマル・スクリームのフロントマンとして活動を始めていたボビー・ギレスピーだったことは有名な話。そりゃ大歓迎なんだけど、そもそもドラム叩けるの?という兄弟の問いに、“あぁ、タムタムとスネアでね”と平然と答えたボビーは本職のドラマーではなかったが、結果、立ったままタムやスネタを打ち鳴らす、ボビーによるグルーブを無視したドラムプレイはリヴァーブを効かせたサウンドメイキングとともに底知れない虚無を持つジザメリ・サウンドを特徴づけることになった。彼らが求めるギターの轟音が理解されず、メンバーが席を外している間にボリュームが下げられてしまうなど、最終的に『サイコキャンディ』のエンジニアを務めたジョン・ローダーと出会うまで、レコーディングは難航したというエピソードも彼らの斬新さを物語るものだ。
もちろん、『サイコキャンディ』の聴きどころはギターの轟音だけに止まらない。デビューアルバムを作った時点で、リード兄弟が類稀なるポップソング作りの才能を開花させていたことも忘れられない。ノイズとポップという本来、相反するふたつの要素が互いを引き立てている。その才能はノイズがすっかり鳴りを潜め、世間を驚かせた次作『ダークランズ』で改めてアピールされるわけだが、ノイズとポップという本来、相反するふたつの要素が互いを引き立てあうという奇跡が起きたのは、リード兄弟が誰にも書けないような極上のポップソングを書いていたからだ。
うっかり“ノイジーなギターとポップメロディーの組み合わせなんて、もはや珍しいものではないかもしれない”なんて書いてしまったけれど、ポップソングの世界では排除されるべきものだったノイズを聴きどころにするという『サイコキャンディ』におけるある意味、発明はリリースから30年経った今もまだ十二分に衝撃的かつ刺激的でカッコ良い。『サイコキャンディ』全曲再現ライヴを、今年(14年)11月、ロンドン、マンチェスター、グラスゴーの3ヶ所で計5公演行ったジザメリは来年2月、「Psychocandy 2015」と銘打ち、全曲再現ツアーを今度は英国全土で行なう予定だが、その評判しだいによってはイギリス以外でもやる可能性もあるそうだ。日本公演もぜひ実現させてほしいものである。

著者:山口智男

OKMusic編集部

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