ダニー・ハサウェイのプロデュースで
ファンク度を増した
コールド・ブラッドの『悪の極致』

『First Taste Of Sin』(’72)/Cold Blood

『First Taste Of Sin』(’72)/Cold Blood

60年代のサンフランシスコで、ロックを取り巻く環境を整備したのがビル・グレアムだ。特に彼が60年代の半ばにスタートさせたフィルモア・オーディトリアムは、サイケデリックロックやカウンターカルチャーの発信基地となり、ジェファーソン・エアプレイン、クイックシルバー・メッセンジャーサービス、ジャニス・ジョプリン、サンタナ、フランク・ザッパなどの多くのスターを生み出した。当初、フィルモアの出演者はサイケデリックロックのグループが多数を占めていたが、68年から出演し始めたタワー・オブ・パワーとコールド・ブラッドはホーンセクションを従えたサンフランシスコ独自のファンクグループで、その技術は他を圧倒していたと言えるだろう。今回取り上げるのは、今でも人気のあるタワー・オブ・パワーとは違って、すっかり忘れられているコールド・ブラッドである。本作『悪の極致(原題:First Taste Of Sin)』(‘72)はソウル界の才人ダニー・ハサウェイがプロデュースを手がけた彼らの3枚目のアルバムで、タイトで強力なファンク作品に仕上がっている。

ビル・グレアムの経営手腕

ザ・フーのピート・タウンゼントが「ビル・グレアムはロックの進化の道すじを変えた。彼がいなかったら僕もここにいなかっただろう」(『ビル・グレアム ロックを創った男』大栄出版、1994)と言うように、60年代中頃以降のロックの方向性はグレアムが提示したと言っても過言ではないだろう。グレアムが見い出してフィルモアに出演させたアーティストの多くがドル箱スターとなり、フィルモアはロックのメッカとして全世界に知られることになる。

しかし、フィルモアの出演アーティストの中には、大手レコード会社との契約がまとまらないこともあった。それがグレアムのお気に入りのアーティストの場合もあったので、彼は受け皿となるインディーレーベルを設立し、大手レコード会社に配給を依頼することにした。それがサンフランシスコ・レーベルで、このレーベルと最初に契約したのがコールド・ブラッドであった。実はアトランティックはコールド・ブラッドとの契約を考えていたのだが、グレアムに先を越されてしまっていたので、配給のみを担当することになった。

サンフランシスコ・レーベルは、続いてタワー・オブ・パワー、ハマー(L.Aエクスプレスのジョン・ゲランが在籍したグループ)、ヴィクトリア(サイケデリック・フォークシンガー)など、いくつかのアーティストと契約するのだが、グレアムは日々のホール運営に追われていたので満足にプロモーション活動ができず、どのアーティストも売れずじまいであった。結局、グレアムの経営手腕は空回りし、このレーベルは短命で終わってしまうことになる。

ベイエリア・ファンク

コールド・ブラッドはサンフランシスコ・レーベルからデビューアルバムの『コールド・ブラッド』(‘69)と2nd『シシファス』(’71)の2枚のアルバムをリリース、タワー・オブ・パワーもデビューアルバム『イースト・ベイ・グリース』(‘70)をリリースするものの売れなかった。売れなかった原因はプロモーション不足もあるだろうが、その最も大きな要因はどちらのグループもそれまでにない新しいジャンルの音楽を演奏していたからだ。

ふたつのグループの特徴は両方ともほとんどメンバーが白人で大所帯であること、ソウル、ジャズ、ファンク、ロックなどを融合させたサウンドであること、複雑かつキレの良いホーンセクションが存在することなどである。コールド・ブラッドとタワー・オブ・パワーの登場により、彼らの音楽は“ベイエリア・ファンク”とか“イーストベイ・グリース”などと呼ばれ、従来のファンクとは違う位置づけがされるようになる。

ベイエリア・ファンクのグループは、コールド・ブラッドとタワー・オブ・パワーのふたつのグループが中心である。コールド・ブラッドのリードシンガーはリディア・ペンス(白人女性)で、ジャニス・ジョプリンやボニー・ブラムレットばりのダイナミックでシャウトするヴォーカルが特徴だ。ジャニスはペンスのヴォーカルが好きで、ビル・グレアムにコールド・ブラッドのオーディションを行なうように進言していた。また、タワー・オブ・パワーはリード・ヴォーカルが黒人男性(70年代では)で、当然だが黒っぽさが特徴となる。ホーンセクションの一部のメンバーはこれらふたつのグループ(もしくはそれ以上)を掛け持ちしていたが、基本的には独自のキレを持つタワー・オブ・パワーのホーンセクションのみが、ロックやソウル(時にはカントリーも)のセッションに参加することも少なくなく、彼らが参加すると必ずサウンドが締まるのだからすごい。

OKMusic編集部

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