XTCらしいデフォルメされたポップが
満載のアルバム『ブラック・シー』

まだまだパンクの嵐が吹き荒れていた78年、『ホワイト・ミュージック』でデビューしたXTC。そのサウンドはビートルズにパンクをミックスしたような、歪んだニューウェイヴ感覚にあふれていた。メンバーのアンディー・パートリッジとコリン・モールディングのソングライティングは、キャッチーなメロディーに捻りを加えた癖のあるもので、それまでのポップスやロックを研究しながら生まれた奥深さを持っている。今回は彼らのそんな特徴がよく出た初期の傑作である4thアルバム『ブラック・シー』を紹介する。

70年代後半に登場した癖のある新人たち

メジャーやインディーズを問わず、パンクのミュージシャンが雨後の筍のように現れてきた70年代後半、その話題性を利用しつつ真の才能を持った新人たちが登場するという奇妙な時代でもあった。逆説のようだが、ポリス(78年デビュー)やエルビス・コステロ(77年デビュー)らは、デビュー時にはすでに揺るぎない音楽性やテクニックを持っていたにもかかわらず、一見パンクロッカーのような風情を見せていた。彼らは自らの活動を通して、実際はパンクスでないことを徐々にリスナーに認識させていったのだ。例えて言うなら、司馬遼太郎がライトノベル作品でデビューするような感触のようなものだ。これは僕だけの思い込みではなく、2ndや3rdアルバムをリリースする頃になって「あれ、なんかパンクロックと違うぞ」みたいな感じを味わった人は少なくなかった。ポリスにしてもコステロにしても確信犯だったわけだが、XTCは新人ながらその香りを漂わせていたのである。

XTCの歪んだポップス感覚

アンディー・パートリッジとコリン・モールディングが中心となってデビューしたXTCは、1stの『ホワイト・ミュージック』(‘78)こそ、パンクロック〜ニューウェイヴっぽさを醸し出していたが、2ndの『GO2』(’78)では既にデフォルメしたビートルズのような歪んだポップス感覚と、深い音楽性が見え隠れしていた。
特にアンディー・パートリッジの書く曲は、決してストレートを投げないピッチャーのようなというか、変化球のみで勝負するという偏執的な信念を持っているように見えた。彼はアメリカとイギリスのロックをかなり研究した上で、70年代末の時代感覚を表現しようとしたのだと思う。3作目の『ドラムス・アンド・ワイアーズ』(‘79)では、ピーター・ガブリエルの傑作『ピーター・ガブリエル(IIIともいう)』で重要なサウンド・プロデューサーを務めたスティーブ・リリー・ホワイトとヒュー・パジャムを起用し、かなりアーティスティックで知的な音楽を提示している。

スティーブ・リリー・ホワイトの音作り

スティーブ・リリー・ホワイトは、70年代後半から80年代前半にかけてはもっとも多忙だった名プロデューサーだ。前述のピーター・ガブリエルやビッグ・カントリー、シンプル・マインズなどのアルバムにおいて、特にドラムの録音で革新的な手腕を発揮した名指揮者である。ホワイトとヒュー・パジャム(1)が編み出したゲートエコーのサウンドは、80年代に入って多くのミュージシャンが使うようになり食傷気味になったが、ポリス、ガブリエル、ビッグ・カントリーなどのドラムサウンドはいま聴いても斬新で素晴らしい。
話を元に戻すと、3rdの『ドラムス・アンド・ワイアーズ』ではベースとドラムの輪郭がくっきりしているものの、ホワイト&パジャムの特徴が出ているようなプロデュースはされていない。おそらく、パートリッジの要請で、ドラムのみが前面に出ることがないように、ホワイトに依頼したのだと思う。時代の特徴的なサウンドが前面に出てしまうと、10年経過するだけで音楽が古くなってしまうことをパートリッジは認識していたに違いない。曲は粒ぞろいだし、時代性のある凝ったプロデュースがされていないだけに、普遍的な魅力が引き出されていて、この作品は秀作だと思う。『ドラムス・アンド・ワイアーズ』をXTCの代表作に挙げる人が少なくないのも理解できる。ただ、僕としては全体がすっきりとまとまりすぎているような気がするのである。デビュー時のスピード感のあるパンキッシュな部分が削り取られているし、何よりパートリッジの歪んだポップ感覚が影を潜めているところに物足りなさを感じてしまうのだ。

本作『ブラック・シー』について

そして、時代は80年に突入し、次に彼らがリリースしたのが『ブラック・シー』である。本作でもホワイトとパジャムのプロデュース&エンジニア・チームは継続して担当している。曲によってはドラムの音やギターのエフェクトが強めに出ているが、プロデュース・ワークは前作とさほど変わらず、割合おとなしい仕事ぶりである。今回はパートリッジの曲作りの比重が大きくなり、全11曲中(現在のCDは14曲収録されている)、モールディングの手になるのはわずか2曲のみだ。
このアルバムは、デビュー直後のパンキッシュな部分を持ちつつ、デフォルメされたポップ感覚が研ぎ澄まされているので、デビューから3枚目までの良い部分が集大成されたような高い充実度がある。その上、パートリッジのソングライティングが冴え渡っており、やはり本作が初期の代表作だと言い切ってしまってもいいだろう。というか、80年代の英ロックを代表する一枚だと言える傑作だ。
アルバムの根底を流れるのは、極めてイギリス的なポップロックサウンドで、これは言い換えればビートルズ的だということでもある。ただし、パートリッジは直球を投げないので、ビートルズ的なメロディアスな素材にパンクやビートバンドの要素をミックスし、XTC独特の世界観が構築されているのはさすがと言うほかない。90年代になって登場してきた、オアシスやブラーに代表されるブリット・ポップ(2)に近いサウンドも見え隠れするが、それはXTCがブリットポップに多くの影響を与えたということなのである。

デュークス・オブ・ストラスフィアー

本作リリース後もXTCは2枚組の大作『イングリッシュ・セツルメント』(‘82)をはじめ、アメリカの音楽オタクであるトッド・ラングレンをプロデューサーに迎えた名作『スカイラーキング』(’86)などをリリースし、イギリスのロック界で確固たる地位を確立する。
しかし、パートリッジのラングレンに負けないぐらいのオタク度を披露したのが、XTCの変名ユニット、デュークス・オブ・ストラスフィアーがリリースしたミニアルバム『25 O’Clock』(‘85)とフルアルバム『Psonic Psunspot』(’87)だ。60年代のサイケデリックロックやガレージバンドっぽいサウンドが満載で、ストーンズ、ピンク・フロイド、ホリーズ、ビートルズなどなど、いかにパートリッジが60‘sロックを緻密に研究していたかがよく分かる。ここまで凝ると、もうパロディー作とは言えず、本物の60’sグループとしか思えないほどの真剣な作品だと思う。彼の偏執的ポップ感覚がどうやって生まれたのか、これを聴くと理解できるし、想像以上の勉強家であることもわかった。今の正直な気持ちを言えば、XTCは解散してもいいが、デュークスは新作を出してほしいと、僕は心から願っている。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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