名曲「青い影」だけではない
プロコル・ハルムの傑作アルバム
『ソルティ・ドッグ』
閑話休題 アビーロードでの
レコーディング
驚くべきことに、プロコル・ハルムの『ソルティ・ドッグ』は時を同じくして(3月〜)、しかもビートルズと同じEMI-アビーロードスタジオで録音をスタートしているのである。もちろん、スタジオの部屋は違うのだと思うが、それでも廊下や洗面所、他で4人とすれ違ったり、一緒になったことがあるのではないか。ジョン・レノンなどは1967年当時、発売されたヒット曲の中でも群を抜く傑作だと「青い影」を誉めていたという。スタジオでもしブルッカーたちと出会っていたら「やあ、君たちかい、あれを作ったのは」と、そんな声掛けシーンを想像してしまうではないか。そして、メンバーたちは混迷を極め、意地を張り合い、それでも次々と傑作を生む、あの4人の姿を目にしたかもしれない。いや実際、出会いはあったのだと思う。
ゲイリー・ブルッカーはビートルズ解散後、ジョージ・ハリスンのあの大傑作『オール・シングス・マスト・パス』のレコーディングセッションに呼ばれている。アビーロード・スタジオで知り合ったのではないだろうか。また、4作目以降、クリス・トーマスがプロコル・ハルムのプロデュースを担当するようになる。トーマスは1969年当時、アビーロード・スタジオでジョージ・マーティンのアシスタントプロデューサーを務めていたのだ。
それ以上に、アビーロード・スタジオを使うということに、何かブルッカーやフィッシャーたちの並々ならぬ決意のようなものを感じてしまうのは考えすぎだろうか。何と言ってもあのビートルズの牙城とも言うべき、特別なスタジオなのだから。
※アビーロード・スタジオはビートルズらが利用する以前は主にクラシックのレコーディングに使われることが多かったそうである。
3月にスタートしたレコーディングをブルッカーたちは短期で終えると、早くもアルバムは5月にリリースされる。異例の早さと言える。既に別のスタジオで大枠は仕上げ、最終をアビーロードで、という流れだったのか、詳細は明らかになっていない。いずれにせよ、前作同様、このアルバムでも大々的にストリングスを導入し、そのオーケストレーション(オケ・アレンジ)はブルッカーとフィッシャーが担当している。楽曲の質は粒ぞろい。ロックバンド然としたアグレッシヴな演奏がある一方、アコースティックな曲、ブルース・ベースの曲、クラシカルな美しいメロディーの曲など、メリハリのある構成も見事だ。エンディングの「巡礼者の道(原題:Pilgrim’s Progress)」は、「青い影」を連想させる曲で、フィッシャーのオルガンが美しい。
持ち味というのか、このアルバムに限らず、彼らのどの曲からも、いかにも英国らしい哀愁が漂って来るところには感心させられる。それを生み出す巧みなソングライティング、アレンジ力はもっと評価されていいし、憂いを掻き立てるブルッカーの歌唱の見事さはぜひ多くに知られてほしいところだ。
また、作風などから、彼らもプログレッシブロックの枠に入れられたりする。だが、同時代のそれらのバンドと異なり、彼らは70年代に入ってもいわゆるシンセの類を一切使わないところなど、サウンドへのこだわりがあったのだと思う。キングクリムゾンやイエスといったプログレの人気バンドがストリングス効果をシンセやメロトロンといったキーボードに頼ったのに対し、彼らはオーケストラを使うことをためらわなかった。シンセのような安っぽい音に頼っていられるか、と思ったのかもしれない。それを可能にしたのも、冒頭で触れた、「青い影」による収入があったからではないか?
この後、彼らはカナダの交響楽団と共演した『プロコル・ハルム・ライヴ ~イン・コンサート・ウィズ・ザ・エドモントン・シンフォニー・オーケストラ』(’72)など発表する。ハードロックバンドのディープ・パープルに似たようなオーケストラとの共演作があるが、この種の試みの中ではプロコル・ハルムのアルバムは秀作とされている。ひとえにブルッカーの曲の良さとオーケストレーションの才による成果だろう。
TEXT:片山 明