仏コメディ映画の愛すべき鬼才、
ジャック・タチの世界を彩った、
楽しさあふれるサウンドトラック

観る者をみな幸せにしてしまう
映像とその音楽

映画を観たあとで、このサントラを聴くと、場面が次々浮かんでは再生される。その音楽も映画同様に愛らしく、オシャレでセンスのいいものばかり。ただ、「可愛い!」と簡単に片づけられないような、一度聴いただけで胸の奥にとどまってしまうような奥行きを感じさせるトラックが多く、サントラだけでも楽しめてしまうほど、内容はバラエティーに富んでいる。作曲家、アレンジャーもジャック・タチのことを理解しているのだろう。ドンピシャなのだ。その音楽だがフランス映画とはいえ、シャンソンの類いではない。ちなみに『ぼくの伯父さん』の主題歌(インスト)を担当しているのはアラン・ロマンという作曲家である。
お聴きいただくと分かるように、この曲に通底しているのはジャズである。なんでも第一次大戦後の、狂乱の時代といわれた20年代にセントルイスから19歳で渡仏した黒人女性エンターテイナー、ジョセフィン・ベイカーと交流したり、マヌーシュ・スウィングの創始者とも言うべきギタリスト、あのジャンゴ・ラインハルトと仕事をしていたという人らしい。

可愛らしく、サラリと軽妙、洒脱なセンスを感じさせ、それでいてクールなスウィング感を持ったこのテーマ曲。ギター、アコーディオン…と異なる楽器がソロを回していくところなど、ライヴでカバーしたら楽しいだろうなと思わせる。これは逸品だと思う。

もう1曲、ジャック・タチの最高傑作、あるいは問題作とする人も多い映画『プレイタイム』から1曲聴いてみよう。
こちらは幾分シャンソンっぽいが、じっくり通して聴くと、こちらも根っこにはジャズがありそうだ。そう、今作を問題作としたのは、この作品が大コケしたからだ。ジャック・タチは巨費(総製作費1000億円!)を投じて建物どころか、なんと街並みまで大掛かりなセットを組んで撮影をしたものの、興行収益は惨憺たる結果に終わり、生涯返済不能なくらいの負債を背負ったという。結果、映画監督としては徐々に活動も縮小され、以降は目立った仕事を残せなかった。だが、このジャック・タチのこだわりの全てが詰まった映画は、今もマニアから最高傑作の賞賛を得ているわけである。とりわけ近年になって映像がレストアされ、クリアな画質でセットのディテールが楽しめるようになってから再評価の声が高まり、同時に若い世代にジャック・タチの存在が再びクローズアップされるようになった作品とも言われている。確かに、もう、並んでいるクルマの配列、通行人の現れるタイミングまで、こだわりが見て取れる。きっと、建物の色、看板のタイポグラフィまで監督の指示が入っているのではないか?と思わせるほどに、その各シーンが意味ありげであり、さらに“適材適所”と言わんばかりに効果音、楽曲が配されているというわけだ。

ちょっと面白い偶然というか、今回取り上げたサウンドトラック集には入っていないのだが、これもオススメの一曲だ。
1971年作の映画『トラフィック』のサントラからの一曲なのだが、バンド編成のサウンドで、ハモンド・オルガンの響き、パーカッション、エッジの効いたエレキ・ギターの響き。何か聴いたことがあるような…と頭を巡らした結果、これがどことなくスティーブ・ウィンウッドとエリック・クラプトンがバンドメイトだったあのブラインド・フェイス('69)に似ているではないか。作曲したのはシャルル・デュモン(Charles Dumont)という人で、この人はあの伝説のシャンソン歌手エディット・ピアフに楽曲提供をした人なのだそうだ。1929年生まれのデュモンがロックのアルバム、とりわけブラインド・フェイスのアルバムを聴いたとはにわかに信じがたいし、あくまで個人的に感じただけなのだが、他のトラックはサイケ色も濃厚で、ロックミュージック台頭をデュモンとジャック・タチは意識していると思えてならない。おまけに、前述のスティーブ・ウィンウッドが率いていたグループはトラフィックである…とこれは偶然だろうか。ちなみに映画『トラフィック』は監督ジャック・タチ扮するユロ伯父さんがキャンピングカーを駆ってモータショーに向かう珍道中というもの。これまたクルマの動き等など、これまたクスクスと笑いを誘ってしまう、オシャレなコメディ作品だ。

OKMusic編集部

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