新宿JAM

新宿JAM

1980年10月にオープンした新宿JAMが、ビルの取り壊しにより2017年12月31日をもって閉店。『the Homeground』の番外編として、37年間親しまれた新宿JAMとゆかりの深いアーティストから、新宿JAMへコメントを寄せてもらいました!

新宿JAM

住所: 〒160-0002
東京都新宿区歌舞伎町2-3-23 新宿セントラルビル
HP: http://jam.rinky.info/

■新宿JAM店長 石塚明彦

2005年の4月から2017年の12月まで、11年と10カ月を新宿JAMで人生を過ごしました。なんでもそうですが、過ぎてみれば全てが良い思い出に感じます。
「アホな子は可愛い」と言いますが、JAMはまさしくアホで、そして可愛かった。
ビルの取り壊しが決まってから数ヶ月たってるが、だんだん失恋したような気分になって来てます。まさに『去ってゆく君は美しい』。
いろんな思い出をありがとうございました。BYE BYE 新宿JAM。
see you again

■ザ・クロマニヨンズ 甲本ヒロト

新宿駅からJAMスタまで歩く道で、全ての季節を体感しました。
なにからなにまで、どうでもよくて、ただ、その道を行きました。
あの頃のこと。今もそこらへん、漂っています。

■ザ・クロマニヨンズ/ましまろ
真島昌利

ありがとう! ジャムスタ! ロックンロール!!

■ザ・コレクターズ 加藤ひさし

30年以上前の話だ。プロのミュージシャンになるには大手楽曲メーカーのオーディションで優勝でもするか、都内の有名ライブハウスで噂になるか。どちらかしか方法はなかった。
当時、有名だったライブハウスは新宿のルイードとロフト、それに渋谷のエッグマン。
どちらのライブハウスでも噂になるほど活躍できなかったけど、新宿ジャムは違った。
コレクターズが初めてワンマンライブをやった小屋。俺を熟成させてくれた地下室。
そして、俺はプロのミュージシャンになった。
そんなジャムが閉店する。一言言わせてくれよ。
サンキュー! 新宿ジャム!

■BUCK-TICK 樋口 豊

初めて東京でBUCK-TICKがLIVEをしたのが新宿JAM。
JAMから僕たちの歴史が始まりました。
当時、僕がブッキングなどをしていたので、
JAMのスタッフの方々には大変お世話になりました。
JAMの長い歴史に幕が降りると聞いてとても残念です。
これからもJAMに初めて立った気持ちを忘れずにステージに立ちたいと思います。

■氣志團 綾小路 翔

新宿JAM閉店の報せ。我々氣志團にとって数少ないホームと言えるライヴハウス。
思えば初めて所属したレーベルでもあった。
The塩、お♡ひ♡め、PONK、ロッティコリンズ、ヤング100V、テクマ!…変だけど、
他には絶対にいない、唯一無二のバンド達としのぎを削り合った愛しき日々。永遠に。
(2017年7月19日/Twitterにてコメント)

■ギターウルフ セイジ

新宿JAM閉店、ショックです。
オレの20代中頃に開催されていたダディオノブ企画バックフロムザグレイブは最高だった。毎回底抜けに楽しく、あれに出演したことが、今のギターウルフを決定しました。
それまでノルマを払い、知らない対バンとやるだけだったのが、JAMだけに集まってくる強烈な臭いを放つ癖のあるバンド達と触れあう事は、まるでロックの実験室にいるようで、そのせいか世界のロックの最先端にいるような錯覚すら持つことができ、あそこにいるみんなを浮かれさせてくれました。あの浮かれ具合が自分は今も続いています。
ありがとう新宿JAM、ロックの跡が染みついているようなあの外観や壁の汚さもすべて最高でした。

■キノコホテル マリアンヌ東雲

私にとって新宿ジャムとは、思い出がぎゅんぎゅんに詰まり過ぎて開かずの間になってしまったクローゼットのような場所。
イベントでキノコを焼いてフロアをもくもくにしようが、客なのに黙って裏口から出入りしようが、開口一番「飲んでってやー」と笑いながら飲み放題にしてくれたオトボケ店長・石塚さんには、会う度いつも「次はいつキノコ出てくれるんやー」とせがまれたものです。
今思えば、創業間も無いキノコホテルを最初に面白がってくれたのが新宿ジャムでした。
「地元」とか「故郷」と云う概念が希薄なまま生きてきた私にとって、ジャムはまさにそう云う場所だったのかも。
だからさよならは言わないわ。

OKMusic編集部

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