【藤川千愛 インタビュー】
どの曲もシングルカット
できるくらいの気持ちで作った
もっといい歌を歌いたい気持ちが、
より強くなっている
では、ここまでの話も踏まえた上で、今作の新曲について話しましょう。まず1曲目の「愛の歌」はTVアニメ『マイホームヒーロー』のオープニング曲ですが、アニメサイドから曲調や歌詞などの要望はありましたか?
いえ、“お任せします”という感じでした。もともと私は『マイホームヒーロー』という作品がすごく好きで…急に話が変わりますけど、犬と人間って時間の流れが違っていて、3歳のワンちゃんは人間だと27~28歳とかなんですね。私の知り合いの愛犬家の人がワンちゃんは自分よりも先に年老いて、いずれ旅立ってしまうということにすごく悩んでいて。その姿を見て“愛と死”ということについて考えていたタイミングで、『マイホームヒーロー』の主題歌のお話をいただいたんです。『マイホームヒーロー』を読んだ時、主人公がやっていることはどれだけ歪んでいても、それは愛からきていると思ったんですね。そのことと愛犬家の人のワンちゃんに対する想いがリンクした感覚があって、自分が一番大切にしているものを奪われる恐怖とか怒りとかをリアルに表現したいと思って「愛の歌」の歌詞を書きました。
「愛の歌」は陰りと力強さを併せ持っていることが印象的ですし、そんな楽曲のテイストを増幅させるシリアスかつ硬派なヴォーカルは本当に魅力的です。
ありがとうございます。この曲のサビは私にとってはある意味、挑戦であり、叫ばずに“叫び”を表現したかったんです。何て言うんだろう? 生を奪われることに対しての魂の葛藤みたいなものを、叫ばずに、それでもまるで叫んでいるように聞こえたらなと思っていて。サビを普通に歌ってしまうと自分がイメージしているところに届かないんですよ。なので、サビはもうどれだけ歌わないかということを意識していたのですが、それが一番私にとって難しくて何回も録り直しました。あと、アカペラ始まりが自分の曲では初めてなので、そことサビとの対比も意識しましたね。
サビのイメージが明確だったことが分かります。Bメロも音程差のあるメロディーで、なおかつリズムを出さないといけないというのは難易度が高いような気がします。
そうかもしれないです。でも、歌っている時は曲や歌詞の世界観に入り込んでしまうので難易度を意識することはほとんどないです。難易度よりは物語の主人公が憑依するくらいの気持ちで没頭して、感情を音に乗せることや感情の変化を意識しています。この曲だと繰り返しになりますが、サビでの叫びというか、葛藤の感情を伝えることに集中していたので、逆に難しさを意識する余裕がなかったのかもしれないです。
叫ぶといっても本当に叫ぶわけではなくて、叫んでいるように感じさせる歌ということですので、歌唱力の高さを改めて感じます。2曲目の「君の匂いは鎮静剤」はブラックミュージックに通じるアダルトな雰囲気が魅力的ですし、ボサノヴァやヒップホップなどのテイストをBメロに入れ込むというアレンジも秀逸です。
この曲は歌詞が私にしては珍しく、甘々な純粋ラブソングなんですよね。なので、あまり甘々な歌詞の世界観には引っ張られすぎないようにしたくて、作家の近藤世真(Elements Garden)さんにいろいろアレンジの面を相談させていただきました。
おおっ! Bメロは藤川さんの意向が活かされたわけですね。
はい。私は歌詞が先なので、サビ前にとぼけた感じのサックスが入っていたりするのも歌詞がもとになっているんです。そういう作り方をして面白い曲になったと思いますね。
アレンジャーに丸投げするのではなく、アーティストのセンスが反映されているというのはリスナーにとって本当に嬉しいことです。そして、「君の匂いは鎮静剤」はおっしゃるとおり甘い歌詞で、そこも見逃せません。
私は匂いに敏感みたいなんですよ。プルースト現象ってあるじゃないですか。ある匂いを嗅いだ時に昔の情景や感情が蘇る現象のことを言うみたいなんですが、私の周りだと音楽を聴いて記憶が蘇るって経験はみんなそこそこあるっぽいんですが、匂いを嗅いで感情やエピソードが蘇るって経験は案外少ないみたいなんですよ。ところが私はこれがめちゃめちゃ頻繁にあって。なので、香りに関する曲をいつか絶対に作りたいと思っていたんです。ただ、匂いがテーマになっても甘いだけのラブソングとかにはにはしたくなかったんです。
その辺りのバランス感覚もさすがです。さらに、大人っぽい歌でまとめつつ出だしはセクシー、Bメロはアンニュイというように細やかな表情の使い分けをしているヴォーカルは本当に聴き応えがあります。
それは近藤さんのアレンジに引っ張られたのかもしれないですね。曲の世界に入り込んで歌ったら自然とそうなったという感じです。アンニュイな表現とかも昔はできなかったんですよ、全然。なので、アンニュイに感じてもらえたなら嬉しいです。やっぱり自分も変化してきているので、それが音楽にも出てきていることは感じますね。
ご自身の変化もあるとは思いますが、やはり真摯に歌と向き合っているからこそという気がします。今作を聴かせていただいて、歌うことが本当に好きなことが伝わってきました。
そうだとしたら、すごく良かったです。私は歌がなければ生きていけない人間なので。もっといい歌を歌いたいという気持ちは昔からあったけど、より強くなっていて。最近はライヴが終わると、いったんはファンのみんなと楽しい時間を過ごせた余韻に浸るんですけど、浸り終えたらライヴの同録を聴いています。前まではやらなかったんですけど、最近は毎回聴いて改善点を全部書き出していて。それって本当に死にたくなるくらいツラい作業なんですよ。
分かります。現実を思い知らされるのが嫌で“一人反省会”をしない方も多いみたいです。でも、自分の課題に目を向けるか向けないかで…
大きく変わってきますよね。なので、本当にツラいけど、目を背けないようにしています。
ツラいとは思いますが、そうあってほしいです。続いて、バラードの「リゲル」。この曲は切なさと抒情性を湛えた曲で、単にウエットなだけではない世界観が印象的でした。
これはシンプルなバンド構成にしたかったので、ライヴで映えそうな曲になったと思いますね。未だに忘れられない人を思う曲で、タイトルの“リゲル”は星の名前なんです。星の名前をタイトルにしたかったけど、別に“リゲル”である必要はなかったんですよ。でも、リゲルはオリオン座の左足のところにある1等星で、将来的に爆発すると言われているみたいなんです。その足と爆発が“捨てられないスニーカー”というイメージに派生して、“リゲル”というタイトルにしました。
《あの日二人で買ったスニーカー》や《君が好きだったあの漫画》といったワードを入れ込むことで、歌詞にリアリティーが生まれていて。
この曲は具体的な言葉を入れたいと思ったんです。より情景が浮かびやすい歌詞にしたい想いがあったから。
男性目線とも、女性目線とも取れる歌詞になっていることも含めて、多くのリスナーが自身の想いを重ねられる曲になっています。そして、「リゲル」のヴォーカルも秀逸で、切なさとさわやかさがない交ぜになっている心情を見事に表現されています。
確かにさわやかかもしれないですね。でも、難しいところで、さわやか青春ロックに偏るのは嫌で、意図して声にザラザラとしたニュアンスを織り交ぜたり、単に悲しいというだけの歌にならないように、引っかかりのようなものは意識しました。
ヴォーカルの表情や温度感などはいろいろ試して決め込んでいくのでしょうか? それとも、わりと最初にイメージできるタイプでしょうか?
最初に自分の直感で感覚的に歌っています。そこからヴォイトレの先生やプロデューサーなど第三者に聴いてもらって感想をもらいます。当然ですが聴く人によって意見は違うのが面白いです。そこから改めてニュアンスとかを詰めていくということを、どの曲でもやっています。ニュアンスを詰めていく中で、新しい引き出しを見つけたり、知らなかった自分を見つけられたときは“ヨシ!”ってほくそ笑みます。いろいろなことにチャレンジしても、なんだかんだ最終的には自分の直感を一番大切にしちゃいますね。