中納良恵の快作『窓景』の音楽的背景
とは? EGO-WRAPPIN'とソロのキャリ
アを振り返る

(参考:巨匠・大野雄二が語る、日本のポップスの発展と成熟「ジャズの影響力は、実はものすごく大きい」)

・特異なルーツミュージックとJ-POPの融合

 EGO-WRAPPIN'といえば、ジャズや昭和歌謡、ブルース、スカ等をルーツとした独特の音楽センスを誰もが思い浮かべる。EGO-WRAPPIN'が全国的な注目株として急浮上したきっかけとなったミニアルバム『色彩のブルース』(2000)から、音楽誌等で絶賛された2ndフルアルバム『満ち汐のロマンス』(2001)、ドラマ「私立探偵 濱マイク」の主題歌に採用された楽曲「くちばしにチェリー」(2002)までのメジャーデビュー期における快進撃は、音楽ファンのみならずお茶の間にもEGO-WRAPPIN'の名を轟かせた。

 バンドが前述のような濃厚で特異な音楽の影響下にありながら、コンスタントにタイアップを獲得し続けるなど、中心とは言わずともJ-POPシーンにおける確かな存在感を持つに至ったのは、快挙としか言いようがない。実際、EGO-WRAPPIN'やクレイジーケンバンドが中心を担って昭和歌謡ブームが生まれ、筒美京平前田憲男といった音楽家に当時の若い世代が注目したのは、J-POP史上でも特筆すべきムーブメントに数えられるだろう。

 EGO-WRAPPIN'のルーツであるジャズとは、一般的に参照されることの多いモダンジャズのみならず、戦前のビッグバンドや、ビートルズ旋風以前の洋楽をすべてひっくるめた呼称としてのそれである。名曲「色彩のブルース」は往時のキャバレー音楽を彷彿とさせ、まるで昭和のダンスホールのような東京キネマ倶楽部でのワンマンライブは、バンドの世界観を余すところなく表現しきっていた。

 メンバーの中納良恵と森雅樹は洋楽受容から自らの音楽性を構築してきた世代に含まれ、サンプリングも含めた編集的観点を当然のように備えていることは容易にうかがえるが、そうした感性と手法で昭和歌謡にアプローチしたことは改めて特筆に値する。例えば中納良恵の歌唱法は、西田佐知子いしだあゆみらの妖艶でアンニュイなテイストから、和田アキ子弘田三枝子のようなパンチの効いた歌唱まで変幻自在に取り入れているが、過去のアーカイブから必要な要素をサンプリングする感覚は、まさに90年代以降ならではのものである。EGO-WRAPPIN'が参照したかつての昭和歌謡の世界は、ほぼ完全な分業体制であり、洋楽受容の機能を担うのはいわゆるバンマスの役割であった。歌手はバンマスのビジョンのもとに自己の歌唱法を確立していったのだが、中納良恵はこのバンマスと歌手を同時にロールプレイしたのである。このように新世代のセンスと手法で昭和歌謡をリバイバルさせ、J-POPシーンに新風を吹き込んだEGO-WRAPPIN'の功績は、もっと評価されていい。

 後年、中納は「ルパン三世のテーマ」を歌うことになるが、ジャズとポピュラー音楽の融合では先駆的存在であるバンマス・大野雄二の仕事と自らのキャリアがシンクロしたとき、彼女は「答え合わせ」をしたような手応えを得たのではなかろうか。

・ヴォーカリスト中納良恵の圧倒的な才能

 もちろん、EGO-WRAPPIN'のキャリアを評価すべきなのは、センスの優れたルーツミュージックへの着眼点だけではない(この点で言えばいわゆる渋谷系人脈のほうが特筆されるべきだろう)。

 EGO-WRAPPIN'が本当に評価されるべきなのは、そうしたきわめて記号性の強いアプローチを採用しながらも、決して「好事家御用達アイテム」として消費されなかったことにある。音楽的な独自性の強さはともすれば「コンセプトありき」に陥りやすく、シーンの起爆剤にはなり得ても継続的な支持と評価を得ることは困難な場合が多いが、EGO-WRAPPIN'は常に芸術性とポピュラリティを両立した良質の作品を世に問い続けた。

 何がその困難なことを可能にしたのか。それはひとえに中納良恵のヴォーカリストとしての才能であり、他に比べるもののない声そのものである。

 EGO-WRAPPIN'は盤においては特にアダルトな雰囲気を感じさせる曲が多いが、ライブにおいては中納の天衣無縫なパフォーマンスが際立っている。彼女は間違いなくJ-POPシーンでも屈指のヴォーカリストであるが、上手さよりも声そのもの・発音そのものがすでに音楽として成立するような歌い手であり、何より表現者として優れている。中納のヴォーカルが単にスキルフルなだけのものであれば、EGO-WRAPPIN'の濃厚な世界観はいちサブカル的記号と化し、「はいはい、そういう感じのね」と、めまぐるしいシーンの中で流されていったかもしれない。

 EGO-WRAPPIN'の神髄は、表層に見える強烈な記号性や濃厚な世界観ではなく、それらを打ち出しながら音楽の本質、具体的には楽曲の良さと圧倒的な歌の力で勝負し続けたことにあるのだ。

・『ソレイユ』のナチュラルな魅力

 EGO-WRAPPIN'の世界観もたまらなく好きだが、中納良恵のヴォーカルを“素”でも堪能してみたい――意識的であれ無意識的であれ、エゴファンの間ではそういった願望が募っていたかもしれない。また中納自身も、シンガーソングライター然とした自らの打ち出し方を模索していたようだ。

 2007年にリリースされた中納良恵1枚目のソロアルバム『ソレイユ』は、ポストロック的なフレーバーで仕立てられているものの、キャロル・キングや矢野顕子大貫妙子といったSSW系作家を彷彿させ、フェアーグラウンド・アトラクションのようなトラッド感までをも纏った傑作で、中納良恵のヴォーカルを無添加で味わい尽くせる待望の作品であった。

 そして改めて際立っていたのが中納のソングライターとしての力量で、向井秀徳など個性の強いミュージシャンを随所に起用して十分に刺激的な音響を実現しながら、「うたもの」アルバムとして10年は軽く聴き続けられる普遍性をも『ソレイユ』は獲得している。

 私も『ソレイユ』を聴いた時、あまりの素晴らしさに無人島ディスク級の感動を覚えたが、そこには多分に驚きも含まれていた。『ソレイユ』で見せた中納良恵のたおやかな表情が、バンドでのそれとあまりにも異なっていたからだ。しかしよくよく聴いてみると、EGO-WRAPPIN'とソロは確実に地続きの関係にある。多彩なルーツを消化しオリジナルな表現に結実させる彼女の才能に、改めて感服した。

・驚くべき『窓景』の豊潤さ

 だから『ソレイユ』から実に7年ぶりのソロアルバム『窓景』に対する期待は、とてつもなく大きなものがあった。またあの絶品ポップスが聴けるんだ!――実際先行してMVの公開された「濡れない雨」は、時代を超越したスタンダードナンバーに仕上がっている。そのエバーグリーンな力は、映画『風立ちぬ』の主題歌として再び注目された荒井由美「ひこうき雲」にも匹敵するのではなかろうか。

 ところが『窓景』を通して聴くと、『ソレイユ』のバージョンアップという期待は見事に裏切られる。ここには普遍的ポップスも収められているが、実に多種多様な曲が工夫を凝らしたアプローチで表現されている。全11曲がそれぞれ見事に屹立し、広く深い音楽的滋養を感じさせるのだ。曲の良さだけでなくサウンドそのものに徹底的にこだわり抜いた音像は、「良質なうたものアルバム」の枠を大きくはみ出している。

 『窓景』には音響系、ヒップホップ的なアプローチ、シンプルな弾き語りなどかなりのバリエーションの楽曲が収録されているが、不思議と散漫な印象はなく、統一感のある作品に仕上がっている。これは全曲セルフプロデュースという体制の恩恵も大きいと思われるが、中納良恵の歌、いや声そのものが、すべてを貫く軸として存在しているからだろう。EGO-WRAPPIN'同様、彼女のヴォーカルが作品世界を束ねているのだ。

 ところで中納はその圧倒的な才能とは裏腹に、パーソナリティを前面に押し出すタイプのアーティストではない。それは『窓景』でもそうで、とりたてて彼女のファンでなくとも深くコミットできるであろう作品世界は、自意識系アーティストが全盛のJ-POPシーンにあって相対的に貴重なものに思えた。オリジナリティにあふれていながら押しつけがましさのない、純粋にアーティスティックなあり方は、USインディ界の鬼才セイント・ヴィンセントとの共通性を感じさせる。

・芸術性と普遍性を追求するブレないアーティスト

 たとえば「濡れない雨」のようなポップソングをそろえて『ソレイユ』路線をさらに推し進めることも、彼女の才能をもってすれば選択肢としてあり得ただろう。だが『窓景』で中納良恵が見せた表情は、ソロでも、もちろんエゴでも見せたことのない新たな一面であった。

 常に新しい芸術性を追求しながら同時に普遍性をも獲得する――考えてみれば中納が『窓景』でとった姿勢は、EGO-WRAPPIN'含め彼女が一貫してきたものである。この先も彼女は、『窓景』で到達した地点からさらに芸術性と普遍性をともに追求していくだろうし、今度はそれがエゴ作品にフィードバックされるに違いない。

 まったく中納良恵は、至極まっとうでブレない表現者である。(佐藤恭介)

リアルサウンド

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